豚肉の味噌漬けステーキ

土曜日に買った豚肉ロースを昨日味噌漬けにした。
4枚入りを買ってしまったので4食分、加工しなかったらもったいない。

味噌漬け用のタレは自己流だ。味噌2に対してみりんは1。そこに酒はざざっとたらす。砂糖は適当に。わたしは人工甘味料を使ってしまうが、砂糖だともっと照りが出る。料理用語では「煮切る」というが、つまり酒とみりんのアルコール分を飛ばすわけ。小鍋を中火にかけて、フツフツと泡が出てきたら弱火にし、とろりとするまで気長に時々混ぜてやる。

冷めたタレを豚肉に塗りたくり、ジップロックのビニール袋に入れて空気を抜き、一晩冷蔵庫で寝かせる。

今晩は、その豚肉から味噌をこそげとって焼いただけ。付け合せはカイランまたはガイランと呼ばれる中国野菜とマッシュルームをショウガとナンプラーソースで炒めた。ガイランはオイスターソースでさっと炒めても美味しいのだが、豚肉が味噌漬けなのでちょっと味がかぶるかなと思って、さっぱりとナンプラーに。

残りの豚肉は味噌を拭き取ってから一枚ずつ小分けにして、冷凍庫に入れた。こうしておけば、食べたいときに一枚ずつ解凍できる。

料理と言うのもオコガマシイほどの簡単な一皿だが、平日の晩ゴハンなんて時間をかけていられないからこんなものだ。豚肉は味噌タレとあわせておいたおかげで柔らかく、味もしみていて美味しい。

ギリシャ風サラダで簡単ランチ

お昼のギリシャ風サラダ。
…などと書いているが、実は冷蔵庫の残り物だけで作れる。材料は、焼いた残りを冷凍しておいた自家製塩鮭、フェタチーズ、キュウリ、トマト、赤パプリカ、サラダ菜。普通は玉ねぎも入れるが、わたしはあの生のツンとくる匂いがあまり好きじゃないので入れない。赤玉ねぎかまたはエシャロットは大丈夫だけれど、今のところ切らしているし、普通の玉ねぎを水にさらすのもめんどくさい。つまり、お腹がすいているから早く食べたい。

ドレッシングはいい加減だけれど、オリーブオイルを1としたらレモン汁はその半分。そこにほんの少しハチミツを加え、塩コショウ。あとは庭のバジルとオレガノを刻み、ニンニクをひとかけつぶす。これをよく混ぜてからサラダにたらし、ざっと混ぜたら出来上がり。

実は明日から11年生と12年生の期末試験が始まるので試験監督業務があり、しかもその生徒たちが個人的に練習した作文などを持ってくる。つまり、かなり忙しくなる予定だ。ただし今日はまだ日曜日なので、映画を観たり読書をしたりとのんびりしたグータラ時間を満喫している。

先週あたりからぐんと冷えてきた秋のパースだが、今日はことのほか天気が悪くて出かける気がおきない。

ああこういう日に欲しいのはコタツだなあ、と無い物ねだりをしてみる。

懐かしい母のカレーライス

妹が母の介護のため正社員の職を辞した。
フルタイムの夕方からの仕事をしながら、昼間は母の病院へ付き添い、毎晩夕食をつくってから出社し、週末は母を風呂に入れ、ケアマネージャーと話し合い、様々な手続きと書類を提出し、睡眠時間は毎日5時間を切っていた。わたしはずっと彼女の身体のほうが心配だった。

そんな妹がよくつくっていたのがカレーライスだ。これなら、温めるだけで母も食べることができる。

先日も「カレーライスをつくったよ」と電話(Facetime)で話し、そう言えば和風のカレーなんてここ何年も食べていなかったな、と気づいた。本格的なインド料理店には足を運ぶが、和風カレーはちょっと違うのだ。

母も昔はよくカレーをつくった。乱切りの玉ねぎ、ジャガイモ、ニンジンに、角切りの豚肉。バーモントカレーの板チョコのようなブロックを、少しずつ折りながら最後に加える。わたしが東京に住んでいた10代のころは、まだそうしたインスタントカレーのCMもテレビではさかんに見られた。いつごろから、そうしたCMが全く出なくなってしまったのだろう。

さっそくアジア食品店でバーモントカレーを見つけ、中辛を買い求めた。

ひとくち口に含むと、懐かしい味が広がる。中辛だというのに、激辛タイ料理やインド料理に慣れた今のわたしの口には、甘くて優しい。
ご飯はカレーに使うバスマティ米ではなく、いつも食べている自作五穀のカリフォルニア米。日本のカレーにはこちらのほうが似合う。

母がよくつくってくれたもので覚えているのは、このカレーライスと豆腐入りの豚肉生姜焼き、そしてハンバーグ。とっておきのご馳走はちらし寿司かあんまり甘くない稲荷ずし。子供のときの母の料理は今でもよく覚えていて、そうだ、あのころは母とわたしたち姉弟4人で食卓を囲むことが多かったっけ。亡き父はあのころ毎晩遅くまで仕事か、または飲んで帰ってきていた。

母はもう今では指があまりよく動かなくなってしまい、料理は電子レンジで何か温めるぐらいしかできない。昨日食べたものも忘れることが多くなった。でも昔のことはハッキリと覚えているので、次の1時帰国では「お母さん、今日はお稲荷さんにしようよ。分量を教えてくれれば、わたしがお母さんの味でつくるから」と言ってみよう。

もうひとくちカレーを口に運んだら、昔の食卓とわたしたちに背を向けてカレーをつくっている母の姿がはっきりと目の前に浮かんだ。懐かしさで手が止まってしまった。

母はあと5日で88歳になる。