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事故っちゃった

いつものような朝。
珈琲を保温カップに入れ、弁当を作り、猫たちに朝ゴハンをやり、猫トイレの掃除をし、33度にも上がる気温にため息をつき、家を出た。

家を出てから5分ほどたち、そろそろ車の増えてきた時間帯の大通りで青信号に発車し、前方の車にならってソロソロと流して200メートルほどさきで停止。これから橋を渡るまで徐行だなあ、と思っていた矢先。

どん、と後ろからぶつけられ、その直後にわたしも前の車に突っ込んだ。珈琲がひっくり返り、学校の書類と弁当を入れたバスケットが宙に舞う。え。何が起こったのかわからず、茫然。

前の車の女性たちが降りてきて、血相を変えて怒鳴りながらわたしの車を通りすぎて後ろに歩いて行ったところで、初めて自分が事故に遭ったことに気づいた。自分も降りて外に出てみると、後ろの車の女性も出てきている。わたしの前の車にいた女性が「けが人もいないようだから、取りあえず脇に寄せましょう」と言ったので、皆自分の車に戻り路肩の芝生に縦に並んで停めた。

全部で5台。わたしが真ん中の3台目だ。1番後ろの男性が突っ込んできたので玉突き事故になったらしい。ただし、彼の前にいた4台の車は全て青信号を渡ったところで停車中だった。つまり、彼が青信号を渡ってそのままスピードをゆるめずに前方の車にぶつかったため起きた事故だ。その点は初めからハッキリしていたし、彼も非を認めていたので警察沙汰にはなっていない。

全員保険に入っていたので保険会社に電話をし、状況を説明していた。誰も怪我をしていないのはラッキーと言うほかない。

さて、わたしも携帯を使って保険会社に電話をしたが、いや、これが長い。全員の名前と住所、車のナンバー、免許証、車の種類と色を言わねばならず、そのたびにスペルを言わされ、大通りの騒音の中で聞こえなかったり繋がりが悪かったり、途中で何回も待たされ、全て終わったらもう1時間以上たっていた。最後のほうでは、さすがにわたしもウンザリとした声になった。

わたしの前の車の中にいた、小学校低学年らしい小さな女の子はシクシクと泣いて母親にしがみついている。わたしの後ろの車にいた若い女性は今日が26歳の誕生日で、「オフィスにケーキを持っていくところだったの」とため息をついた。幸いケーキといってもマフィンなどの小さなものだったので、大きなタッパーの中のカラフルなケーキたちは全て無事だ。
そのうちに、レッカー車がやってきた。それぞれの保険会社が送ったものだ。

1番前の車は後ろのかすりキズだけだったので、そのままドライブを続けることになったが、わたしの車と前後の車、さらに1番後ろの元凶の車は、すべてレッカー移動でそれぞれの保険会社の審査センターに向かった。

一応写真を撮った。そんなにひどいわけではないが、よく見ると車の前は押しつぶされて蓋がきちんと閉まらず、中が見えるほどだ。後ろはもちろんバンパーが壊れた。まだ2年にもならない車だ。
しかし、車の前方写真は壊れた部分(つまり蓋がきちんと閉まらない押しつぶされた部分)が全然撮れていない。やっぱり動転しているんだなあ。

mazda01

 

mazda02これはわたしに追突された前の車。小さい車なのでやはり塗装どころか穴まで空いた。こういう安い車の外装は弱い。「家のガレージでぶつけて、昨日修理してもらって塗装までしたのよ」と言う。いやはや。

hyundaiこちらは、わたしに追突した後ろの車。
バンパーにヒビが入っている。

fordさて、手続きが全て終わり、レッカー車がわたしの車を引いていった。ぽつんと残されたわたしは、友達に電話をかけて送ってもらえることになったのだからラッキーだ。元凶の車を運転していた男性は200メートルほど歩いてバスに乗った。インドからの移民で、先週南オーストラリア州から引っ越してきたと言う。ナンバーはまだその南オーストラリア州のものだった。

学校ではもちろんすでに1時間目が終わっている。2時間目の用意をして、同僚に状況の説明をしていたら、突然涙が出た。手も震えてきた。あららら。事故のショックというものは、その場では出ないものらしい。保険の手続きやらで気が張っていたせいだろう。その手続が終わって、さて日常生活に戻るという段になって「あら、やだ、わたしって事故っちゃったのね」という事実に改めて気づいたんだな。

そんなわけで、「帰りなさい、ベッドで横になりなさい、昼寝しなさい」と言われ、また件の友達に迎えに来てもらって帰宅した。授業はまだふたつ残っていたが、まだ新学期第1週なのでなんとか自習にできたのは不幸中の幸い。
交通事故は生まれて初めてで、ショックというものがしばらくたってから戻ってくるとはこんなトシまで知らなかった。

 <追記>
金曜日2月8日に保険会社から電話。契約している修理センターに運ばれたと言う。遠いじゃん、と言ったら「こちらで自宅からセンターまでのタクシーは支払いますので」。なるほど。ちなみに、修理にかかる日数は2週間。ということは2週間の間、友達が使っていないオンボロ車を借りて(ラッキーなことにオートマチック車)通勤しなければならない。わたしの車、キレイになって帰ってくるといいなあ。

 

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  1. ガビさんこんにちは。
    久しぶりにきてみましたが事故ですか、お体大丈夫ですか?

    私も(親切と思っているタイプ)おせっかいですので、ちょっとコメント残しますね。
    1年半前に同じような追突を生まれて初めて直ぐ後ろの車からされました。女子大生の子で自分の娘とタブリましたし、バンパーの修理だけね・・・と思い警察沙汰にしませんでした。

    でも後に大変なことに発展し体に不調が1週間後?位からでました。whiplashです。
    (本当は即不調があったかもしれませんが生まれて初めての事で、whiplashすら知らなかったので自分個人の不調と流したと思います)→ 可能ならGPに即かかってください。→これが後に万一賠償請求を起こす時に重要です。痛い、気持ち悪いと言って申し出てください。

    私は1週間後に(いくらなんでも変だ・・)という症状がでましたが、丁度時期を同じくして日本へ滞在で行った日が熱帯夜で、(寒暖の差、そのせいだ)と一時は思いました。
    滞在中(事故後1週間~4週間=合計3週間滞在)8日めの朝は急に起きれなくなりました。
    たとえると、ひっくり返った亀、体が硬直、運動会後の筋肉痛みたいなのが一度に来て、階下にいる家人に「助けて~」と叫んでも来ない・・・オイオイ。
    じたばたしてやっとベッドから下りて、壊れたロボットのような歩き方で数歩歩いた途端に又ベッドへ逆戻り。吐き気、頭痛、筋肉硬直?のようなのが押し寄せてきました。
    それでもwhiplashを知らない私は夏バテ?と思って疑わないので一度だけマッサージに行きました。

    こちらへ帰宅して偶然日豪新聞で事故弁護士が「whiplashで泣き寝入りしないように」みたいなのコラムを出していたのです。
    読んで「これだ!」と即、弁護士へ内容確認しました。事故後既に1ヶ月経ってました。

    今後万一の時に重要なのは下記です。まとめておいて損はないと思います。
    1. 直ぐにGPアポで行く。→日本帰国中で結局1ヶ月後にGPに行った私は軽度と最終診断されました。
    2. 弁護士はレントゲンを進めますのでアポりを取り行きます。
    (場合によってはMRIがいいかもしれませんが高いです。→ 弁護士へ(賠償金)へ進むことになれば全額請求可能です) 
    3. 直ぐにポリス窓口へ申請(後に万一弁護士へ頼むことになれば、弁護士がしてくれます)
    4. 痛み止め、吐き気止めなど、全部の処方は薬局で買ってレシート保管(パナドールでも薬局がいいです)。
    5. 日記をつけます(デイリーの案件、時間(いつからいつ)、かかった時間(何時間)、大体の距離、早退などの記録、レシート、などなど)
    6. 人間は67才までを(人間としての機能価値ですって・・失礼ね~)計算に使用されます。
    7. ただし、67才以降も良い収入がある職、高給取り(プロ、医者、弁護士など)などはその後も計算されてかなりの賠償金をもらえます。カジュアル低所得の私でも数万ドル。
    8. ガビさんは、7.の67才以降もに入りますたぶん。
    9. 早退した日時、症状など全部細かく書きます(ブログでも可)。
    10、持病、収入などの情報開示義務が発生しますが、本当にムチウチで苦しくなったら当たり前に「開示どうぞ」の気分になりますよ。それくらい被害者には日々+将来の影響が出る可能性あります。

    色々ありますが、そんなところです。
    修理代は加害者の保険からですが、賠償金は加害者の車両保険会社からですので加害者は知らないまま賠償金はすすめられます。
    被害者4人?が連絡をとり合って全員whiplashを同時に加害者の車両保険会社に起こしてもいいんです。
    それくらいしても加害者は知らないままで、加害者の車両保険会社担当者が?「・・チっ!」と思う位でしょうがそれだけ儲かっている車両会社からもらえるものはもらって当たり前です(苦笑)。

    経験後に一番私が言いたいのは、
    whiplash自体を知らない(私だった)→その症状すら知らないがゆえに(私だった)→自分の更年期のせいとか、季節のせいとか、自分の不調のせいとか(私だった)→何となく泣き寝入り(新聞読むまでは私だった)してしまうことです。

    小さい子供さんがおられる(特に小・中)母親は毎日が「マミータクシーです」私もそうだった。大変です。
    そのマミータクシーが不調になったり、夕食が作れなくなったり、「ごめん、今日マミーは駄目だ・・寝る」となったらもうwhiplashですから我慢しないで、と言いたいのです。

    私場合は、骨折はないものの、第4と第5のディッシュ(首の骨と骨の間?)がナロウになってました。45度左後ろからぶつかられたので、右の首と肩の間がいつも痛くて後方確認できなくなり、今も天気が悪いとダメです。助手席の旦那は何も被害を受けてません。
    理由は、斜め左後ろ45度から、斜め右前(=運転手の私の席へもろに)に追突のショックが吸収されたからです。私の体が全部受けたのと同じです。真後ろからの追突なら、運転手、助手席は同時の半分づつショックが伝わり、両者ともwhiplashになった可能性ありです。

    どうか、今日もガビさんが美味しい物を食べて平穏でありますように祈ってます。

  2. 詳しいお話を本当にありがとうございました!
    ムチ打ち症というのはその日に出るものではないというのは、他のひとたちからも聞きました。なんだか、怖いですね…。わたしは今のところ実際になにもないのですが、体の故障が出たらすぐに医者に行こうと思います。
    しかし、災難というのはどこにころがっているのかわからないものですね。まさか普通の日の普通の通勤路でいきなりこんなことが起こるなんて。

  3. がびさま

    恐い思いをしてしまいましたね、もうだいぶ落ち着かれたでしょうか。
    本当に、どんなに用心深い人でも思わぬことでコロッと逝ってしまうこともある人生です、毎日普通に過ごせたことに感謝して、悔いのない人生を生きたいと改めて思いました。

    ひとまずご無事で何よりでした。タイトルを見てビックリしてしまいました。ひどい後遺症など出てこないよう、本当に祈ってます。お大事に。

  4. yukiさま

    ありがとうございます。もう、普段のワタクシに戻っています。
    なにが起こるかわかりませんねえ、ホント。今のところ、全く症状もなく(つまり首も肩もどこにも痛いところがなく)様子を見ている状態です。このまま、なんにもなければいいんですけど。

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