おや、ゆきちゃんが鳴かないなあ、と思ったらバンコクだった。目が覚めてみるとエアコンが回っている。あまりに寒いのでそれを止めて窓を開けたら、湿度の高く熱い空気が、車の騒音と屋台の呼び声を伴って、どっと部屋に流れこんできた。
昨日の飛行機が遅れたために、家にたどり着くとすでに2時だった。スーツケースを開けたり土産物を取り出したりして、結局寝たのは3時過ぎである。疲れと、猫の「目覚まし時計」がないせいで、大層ネボウしてしまったことに気がついた。
バ タバタと支度をして、オフィスに出てから挨拶と多少のおしゃべりを済ませると、もう仕事である。大量の雑用書類がすでにデスクに置かれているし、珈琲まで 「砂糖なしミルク大さじ2」でその横に鎮座している。こういう二重生活を始めてもう2年以上になるが、豪州で子供相手の教師をしていることがなんだか夢の ようでもある。もちろん、10週間に一度の帰国では大したビジネスもできないので、それ以来「雑用」のみをこなしているわけだが、それでもやることは山の ようにある。隣の部屋でこちらを窺っている秘書は、いまだにわたしにとってコワイ「目の上のタンコブ」だし、働き者であるがゆえにわたしがノンビリしてい ると歯がゆくって仕方がないというふうだ。やれやれ。
夕食は、久しぶりのタイ料理。パースでも食べたことはあるが、正直言って「まず い」。辛さが中途半端だし、何しろ砂糖が効きすぎている。ハーブ類が十分ではないということも致命的だ。その点、このバンコクの自宅から5分ほどの場所に ある老舗のレストランは、どれを食べても美味しい。皿はプラスティックだし、スプーンやフォークは、ちょっと力をこめたらヒン曲がりそうなシロモノ。イン テリアも凝っていないし、従業員も華やかな衣装というわけではない。だが、料理は手を抜いていない。たとえ英語のメニューを置いていようとも、辛いものは あくまで辛く、バジリコとミントの葉もたくさん盛られている。もっとエレガントな店のように、骨なし鶏胸肉なんて使わない。多少食べにくくとも、タイカ レーには骨付きぶつ切りである。砂糖なんぞで、味を隠したりもしない。そして、潔く安い。