英語圏における必修外国語としての日本語

今年から始まった10年生(15歳)対象の外国語必修制度は、うまく軌道に乗っているとはとうてい言えない。
第 一に、どこの学校でも今のところ半年という期間のみの「必修」だから、必然的に後期半年のほうに当たってしまった生徒は、ほとんどその言葉を忘れてしまっ ている。わたしが今担当している商業日本語必修コースの生徒は、そんな子供たちである。第二に、「日本語なんかダイッキライ」と思いながら8年生、9年生 の2年間の外国語必修を過ごしてきた彼らに、今更何を教えられるのか。英語を母国語とする彼らには、どんなに口をすっぱくして外国語の必然性を説いてもま るで理解できないのだ。そういう子供たちに限って、もっと能率よく速くなんでも習える才能が持ちたい、なんぞという調子のいい「将来の希望」を書いたりす る。

半年の商業日本語コースでは、最初の3ヶ月間、簡単な挨拶そして仕事の面接、履歴書の書き方を勉強する。残りの3ヶ月は、日本からの 観光客に対する基本的な案内など。日本に行くとか日本の文化を知るというより、オーストラリアにいながら日本語への接触を目的とする授業だ。宿題はない。 日本語には、全てローマ字がふってある。資料、ワークシートなどは各自にファイルブックを与え、クラスで保存している。だから、生徒は週に2時間そのファ イルに接するだけである。家に持って帰れば、紛失するのが目に見えているからだ。
バラエティに富んだ生きた資料やインターネットでの資料集めな ど、興味を繋ぎとめるものなら全て満載にしてある「つもりだった」。しかし、やる気を起こさせるまで行っていない。さすがに8年生9年生のように、おしゃ べりが多いというわけではないが、「いろと言うから、ここにいるまでさ」という態度をくずさない。なにしろ、最低2年間(小学校から始めていた子供たち は、すでに5年間)ひたすら外国語に対して敵意を燃やしてきた連中だから手ごわい。

しかし、ここまで「やりたくなーい」と全身で表現している生徒たちに、とってつけたような半年が一体どんな意味をもつのか。まだ始まったばかりのこの制度、理想はとても高いのだが、どうも現実はとほうもなく離れたところにある。
——————————————————————–

今 日はさっぱりと魚の蒸し物。例によって、アルミホイルに包んでオーブンにぶちこむだけという、いたって簡単な料理だが、ショウガをきかせてあり合わせのも のを乗せれば結構美味しく出来上がる。これに、週末作ったかぼちゃの煮物を解凍し、ゆでブロッコリのオカカまぶしを添える。このところ昼ごはんを楽しむ余 裕はないので、夕食くらいはゆっくりと、が理想。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA