がびのテラス - 軽妙にして辛辣、独断にして優雅に

老犬介護をする母

ゆうちゃんは今年十八歳になる。人間の年齢ではすでに百歳以上になる老犬だ。

名前を呼んでも聞こえないし、目も見えない。鼻も利かなくなっている。足腰さえ弱くなっているので、オシッコをするときにも腰を支えていてあげないと尻餅をついてしまう。歩く姿はよろよろとおぼつかなく、すぐにころぶ。そして、ゴハンのときと排泄のとき以外はほとんど寝ている。

去年里帰りをしたときには、まだ餌ボウルの前で立ったまま食べることができた。だが、今年はもう鼻さえ利かないので、ボウルまでたどり着くのが容易ではない。鼻先まで持っていってやると、顎だけ上げて頭ごとボウルにつっこんで食べ始める。力の入らない足は、うつぶせ大の字に開いたままだ。
オシッコは、もう自分ではどこでやっているのかわからないようだ。だからほとんど自分のハウスのそばでやってしまう。周りに厚く新聞紙が敷き詰められているのはそのためだ。

そのゆうちゃんの世話をするのは、喜寿のわたしの母だ。餌をやり、新聞紙を取替え、医者に目薬と栄養剤をもらいに行き、一ヶ月に一度は美容院にも連れて行く。手作りの寝床はダンボールをきれいに貼り合せたもので、天井には電気毛布がサカサマに貼り付けてある。昔使っていた犬用ハウスは大きすぎて寒いらしい。

何ヶ月か前には、「安楽死させてやったら」という伯母(母の姉)の言葉に怒り、いい年してものすごい姉妹喧嘩をしたらしい。よぼよぼにはなっているが、ゆうちゃんはまだ歯もしっかりと全部あるし、心臓も強い。亀のような姿勢で食べるが、食欲も旺盛なのだ。「病気で苦しんでいるわけじゃないのに、世話がかかるからってコロセとは何よっ」まあまあ、お母さん。

しかし、父の死後、ひとりと一匹は寄り添って十年間生きてきたのだから無理もない。わたしたち子供はすでに家を出ていたし、たったひとりで残された母はゆうちゃんがいなければひきこもりの生活に入ってしまったからもしれないのだ。「ワンワン」と鳴けば「うるさいわねっ」と小言を言い、「クンクン」と甘えれば「なあに」と撫でてやる。そんな日常が、ささやかではあるが母を支えてきた。今ではもう甘えることもなくただひたすら寝るだけだが、ゆうちゃんはそれでも母の大事な家族なのだ。

お茶を飲んでいると、ゆうちゃんがくぐもった声で「ワンワン」と吼えた。寝ていたと思っていたので、びっくりしてハウスを覗いてみる。
「夢見ているみたいよ」と母が言う。「時々、寝ながら前足と後ろ足を両方動かして、走っているみたいなカッコもするのよ」
「若くて、まだ全速力で走れて大きな声で吼えていたときのこと、夢みているんでしょうねえ」
ため息をついた母の姿も、ずいぶん小さくちぢんでしまったことに気づく。

(写真は、母に抱かれた去年のゆうちゃん shot by 弟)

4 COMMENTS

MAO

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父が元気な頃、小倉の田舎で庭の広い戸建てに両親が暮らしていたのですが、ぼくが東京の大学へ行ってから犬を飼い始めた。
大きなコリー犬を飼うのが父の夢だったようで、友人から子犬を分けてもらったのが最初のドリス。それからその友人が転勤で犬が飼えなくなったのでドリスの母親も引き取り。さらにブルーマールという珍しい毛色のコリー犬種もやってきた。その時にシェルティもついて来て、これが母の気に入り、その後はシェルティが増えることに。
毎年の帰省のたびに犬屋敷化していく実家に驚いたものです。
一番多いときでコリー、シェルティが二十頭近くいましたから。
身長が150センチもない背の低い母が、コリー2〜3頭を連れて散歩するのは近所でも評判で、犬を散歩させているのか、犬に引かれているのかわからんな、といわれていたようです。
当時、家に迷い込んできたセキセイインコも飼っていましたが、これが賢くって、言葉をかなりたくみに喋るようになった。
大学三年の夏だったか、帰省した時に暫くぼくが世話したのですが、なにかの弾みに「お金ちょうだい」って覚えてしまって、暫くそればかり喋っていたので赤面。
すっかりなついたので母が肩に留めて庭に出ても逃げることもなくなったある日、突然シェルティが駆け寄ってきて激しく吠えたものだからインコもびっくりして飛び去り、それっきり帰ってこなくなった、……などなど昔のことを思い出しました。
子どもが離れた寂しさをそうやって紛らしていたのだなあ、と今になってわかるようになった。
今は母一人で老人マンションですからペットは飼えないのですけど、ベランダの草花が友だちですね。

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がび

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二十頭というのは、すごいですね。食事代だけで人間の食費を上回りそう。
うちの母は、美容院に行く回数はゆうちゃんのほうが多いと言っていました。はは。

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i-i

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旦那の実家に御年19歳のマリリン♀がいます。
年とってボケの出方が、人間と同じ。
自分にとって都合のいい話だけ聞こえる。
食事したことを忘れて 何度も食事をねだる。
この間、お尻から血が出た・・と言って
重病!??と心配してたら、翌日ピタリと止まったので、
「1日だけ、生理だったんやねぇ」・・と、義母。(えぇ???)
夫を昨年亡くした義母にとっては
ゆうちゃんと同じく、大きな心のつっかえ棒になってるようです。

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がび

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19歳ですか!いや、ゆうちゃんなんかまだまだですなー。
しかし、老犬介護も大変です。「今度犬の美容院に行ったら、オシリ剃ってもらってオシメあてるようにしないとねえ」と、母がこぼしていました。ゆうちゃんは長毛種のシーズーです。

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