熱もようやく下がり、鼻みずも咳も前ほどではなくなった。鼻はまだ生々しくもマッカッカで、声もしゃがれているが、とにかく熱がない。明後日の月曜日はもうバンコクに戻るのに、買いたい本やその他もろもろが山ほどある。さあこそ外出だと思っていたのに、雪ならぬ雨がじゃんじゃん降っているではないか。もう。
それでも傘を手にお勝手の戸を開けようとしたら、母に首っ玉をつかまれて引き戻された。
「病み上がりに、そんなカッコで出かけちゃイケマセンッ」
改めて、セーターの下には暖かい下着が追加され、わたしの半身を覆うほどデカイ毛糸のストールがコートの首から巻きつけられ、最後にマスクが渡される。い、いやだ、マスクなんかー。
「そんな痰混じりの咳をしていたら、回りのひとから嫌がられるでしょ」と母は言うが、まるでわたしが伝染病患者みたいではないか。日本以外には、こんな真っ白なマスクをかけているひとなんぞ見たことがない。般若のような形相で睨まれたので、仕方なくマスクをかけ、まるで風船のように着ぶくれたわたしはやっと外に出た。
向こうから隣のオジサンが歩いてきた。挨拶をしたが、いぶかるように見つめるだけ。「あのう」とストールをかき分けてマスクをおろしたら、やっと「なんだよ、がびちゃんじゃないか」と気づいてくれた。変装しているわけじゃないのだが、メガネにマスクをかけた顔は半分ストールに埋まっている。誰も気づかないよなあ、これじゃ。
しかし、近所の商店街には、結構マスクをかけた買い物客が多い。別に風邪をひいていなくても防寒の意味もあるらしい。久しく見なかった「日本の冬とマスク姿のひとびと」をすっかり忘れていた。
この風景から、いきなり明後日はバンコクの暑い南国風ごちゃごちゃへ、そしてそれから1週間で、パースだ。