2日間姿を消していた丸焼き用チキンがバンコクの肉屋に戻ってきた。クリスマスが終わったのだから当然だ。他の材料はすでにクリスマスのときに揃えてあるので、背中を押されるように大きな鶏を1羽買い求めた。
家に帰ってさっそく包みを開けると…ぎゃ。目をつぶった頭も長い首も爪のある足までたたんでついているじゃないか。ガイジン用スーパーではきちんとロースト用に頭も足も切ってあるものが売っているのだが、今回のは全部くっついている。困った。実はわたしは意気地なしなので、こういうものをちょん切るだけの勇気がない。
ダメなのは、他にもある。生きている泥蟹、足の動いている海老やイカ。まだビジネスをしていたころ、新潟の料亭で新鮮なイカ刺しをつつこうとしたら、吸盤が箸にからみついてきた。あまりにビックリして、顧客の前でテーブルひっくり返して逃げ出したくなったこともある。
スイスに住んでいたころは、生のウサギが丸ごと艶かしくもおしりを並べて肉屋のウィンドウに並んでいるのを見て立ちすくんだ。ウサギの煮込みは好きだったのに、どうしてもあれをそのまま買うなんてできなかった。が、後でそれを肉屋のほうでブツ切りにしてくれることがわかったので、もちろん秋の晩ゴハンの食卓に出せるようになったけれど。
さて、今晩の鶏は包丁を握ったこともないヤツがガシガシと頭と足を切ってくれたので、何とかローストにこぎつけた。
詰め物は、玉ねぎ、セロリ、マッシュルーム、タイム、ローズマリー、ニンニクを炒めたもの。ご飯は「ロンググレインライス」と呼ばれる、西洋料理の付け合せに使われる長い米を使い、ついでにわたしの大好きなワイルドライスを別に炊いて合わせた。この黒いワイルドライスは実は米ではなく「実」だ。スイスにいたときにはこれの混ざった米を買うことができたが、タイにはない。炊く時間が長いので、米とは別々に炊かなければならず少々面倒だが、味も風味も歯ざわりもよくて、わたしの大好きな付け合せのひとつだ。
「きゃー頭がついてるー」と騒ぎ立てたせいで、今晩のローストディナーは8時半を過ぎてしまった。でも、じっくりと焼いたローストチキンは、肉が骨からほろりとはずれる柔らかさ。ワインに舌鼓を打ちながら、1日遅れのクリスマスローストの晩は更けていく。