納豆はわたしの大好物だが、滅多に食べたことがない。オーストラリアでは日本食品を扱う小売店で買えるだけだし、とんでもなく高い。スイスに住んでいたころは自分で作ったりもしたが、さすがにそこまでせずとも生きていけると思うようになった。
ところが、バンコクは違う。日本人の多さも手伝って、ほとんど日本に住んでいるのと変わらない食材が、モノによっては日本より安く手に入るのだ。どうやら、タイで製造して日本に輸出する食品が、日系スーパーで扱われているらしい。納豆、こんにゃく、豆腐、漬物から刺身、最近ではお弁当やおにぎりまで売るようになった。
ネバネバの好きなわたしは、だからバンコクに戻るとこの日系スーパーに走る。納豆を買い、和風ねぎを買う。オーストラリアに、日本で売るようなねぎはない。もっと太くて短いリークと呼ばれるねぎか、スプリングオニオンと呼ばれるわけぎのような細いものだけだ。
うちに帰ってキッチンで納豆を混ぜ始めると、喜怒哀楽が全て顔に出る(そして口にも出る)わたしのメイドは、天を仰いでキッチンを離れる。こんなに美味しいのに、もう。
東京の実家に帰ったら、そりゃあ毎日納豆だ。
冷蔵庫から出したパックを引きちぎり、あの変に甘ったるい「たれ」とママゴトの道具のようなからしをゴミ箱に放り込み、醤油をたらしてカシャカシャと粘りが出るまで混ぜる。小口切りにしたねぎを加えて、また混ぜる。
「モロヘイヤ入れると、もっと美味しいよ」と、母が後ろから声をかけた。
でもあれは冬野菜じゃないけどね、と「得意そうに」付け加えた母は、冷凍庫から茹でて一食分ずつパックしてあるモロヘイヤを出して来る。安いときに大量に買って冷凍しておいたらしい。
荒く切ったものを納豆に加え、また混ぜる、混ぜる。最後に鰹節をちょんとのせて、ふわふわと糸をひきながらわたしの朝食が始まる。