成田から乗った飛行機は混んではいたものの、3人席の真ん中は空いていた。正月の海外渡航シーズンが終わったのがわかる。
ひとつ置いて通 路側に座ったのはインド系の男性、食前の飲み物用に渡された煎餅の小袋が気にいらないようだ。「僕はベジタリアンだから、海草は食べられないんだ」と言っ ているらしい。なんで海草が「動物性食品」なのかわからないが、海苔のついた煎餅はナッツだけの袋に取り替えられた。
わたしは隣でずっと本を読んでいたのだが、気になる。
飲 み物が終わると、ポケットからなにやら小さな袋をふたつ取り出した。手のひらに少しづつあけて、そのふたつの粉のようなものを混ぜ合わせている。すると、 そこから何ともいい香りが立ちのぼり、わたしの鼻をくすぐったのだ。カルダモンか? ガラムマサラか? まるで、パースのインドスパイス屋に入ったときの ような強い香りである。粉を口に放り込むと、男性は席を立ってトイレに行った。
「口直し」だろうか。インド料理レストランに行くと、日本の焼肉屋のチューイングガムのように、粒カルダモンが出口に置いてあることが多い。本場のひとたちは、それを口に放り込んでから出て行くのだ。それかな。
それが2回続き、3回目に彼が袋を取り出したときに、じいっと見つめていたわたしに彼が目を上げた。「それはなんですか? いい香りですねえ。」とすかさず言ったら、「これは噛み煙草なんです」と流暢な日本語が返ってきた。
そう言えば、昔のアメリカ野球映画などで、選手がベンチでぐちゃぐちゃと噛んではぺっと吐き出しているのを見たことがある。
「煙 草の葉の他に、ホンモノの銀の粉とサフランと色んなスパイスがはいっています。これをまたスパイスミックスと合わせて、噛むんです。飛行機の中は禁煙で しょう。でもこれなら、トイレで噛むことができます。」それで何度もトイレに行っていたのだ。下痢をしていたわけではないらしい。
少しもらってみると、なるほどスパイスに混じってほのかに煙草の匂いもする。
初めて見たのでへええと感心してしまったが、自分で試してみるのはやめた。
甲 府で15年以上貴金属の商売を営んでいるそうで、バンコク経由でデリーに出張という。「宝石のギョーカイは1億2億じゃないですから。フツウは10億20 億のショーバイです。だからわたしは、山梨ではユーメイジンです」とのこと、羨ましいかぎりだが少々胡散臭くもあり、饒舌な彼がまたトイレに立ったのを機 会に毛布にくるまって目を閉じた。
短い東京滞在だったが、今年はもう一度くらいなんとかして戻りたい。そして母の喜ぶ顔が見たい。