がびのテラス - 軽妙にして辛辣、独断にして優雅に

ビューティフル・ボーイ (2003)

今回いつものように山のような郵便物を開いていたら、新しい日本のDVDショップの号外が入っている。さっそく、邦画と韓国映画にひとつだけタイ映画を入れて、まとめて注文してみた。日本のDVDショップなら、タイ映画も日本語字幕つきだ。
英語タイトルは「Beautiful Boxer」。なんで「ボクサー」を「ボーイ」にしなきゃならなかったのか、邦画の題名にはいつも理解に苦しむ。ボクサーの話なんだからそのままにしときゃいいのにねえ。

とにかく、この「ビューティフル・ボーイ」は、九十年代末から新世紀にかけてタイでかなり有名だった、ムエタイ選手ノン・トゥームの話だ。
厚化粧をしてリングに上がり、勝つと相手選手に「ごめんね、痛かったでしょ」と頬にキスすることでも有名だった。計量のときに、裸になりたくない、と泣いちゃったこともある。要するに、ちょいとキワモノ的な名声のほうが先になってしまったが、彼ははっきり言って強かった。出てきたばかりの十代のころはほとんど全戦全勝、その後ホルモン投薬を始めたあたりから弱くなっちゃたけど。

だから、日本の東京ドームで女子プロの選手と試合をしたあたりは、人気が下降線をたどっていたころだ。

タイ映画には、普段「どうしようもないコメディー」か「どうしようもないホラー」しかないので、こんなふうにマットウな映画が出てくると正直感心してしまう。そりゃあ、苦笑してしまうようなヤラセの場面もあるが、本筋はあくまでも真摯に「オンナになりたかったキックボクサー」を追う。

映画自体は、彼の幼少時代から性転換手術をして女になるまでを、手術直前のインタビューで語ったという形をとっている。タイ北部の映像はとても美しいし、ムエタイの試合もかなり迫力があって怖いくらいだ。
しかし何よりも、強靭な肉体を持つ百戦錬磨のボクサーが「オンナになること」を夢見て戦うという大いなる矛盾。この矛盾をどのようにして共存させ、やがて心と身体を矛盾なきまで変化させるか、ということにわたしは興味があった。しかし、万人受けをねらったためか、あるいは美しい映像を損なわないためか、ところどころに入る彼のナレーション(インタビューという形をとっているためだ)も、苦悩を深く掘り下げはしない。どちらかというと、「なるほどねえ、かわいそうにねえ」というコメントで終わるようなさらりとした告白だ。なんでナレーションだけ英語なんだよ、という疑問も残る。
ノン・トゥームを「有名になるためにオカマちゃんのフリをしたキックボクサー」と思っていたひとたちを感動させ、あらためて彼の強さとその内面の葛藤を振り返らせるには、確かに意義のある映画だと思ったが。

何年か前に、彼女(手術後なのでもう「彼」ではなかった)の実際のインタビューを読んだことがある。そのとき、「もし生まれ変われるなら、男と女とどちらを選びますか」という質問があった。彼女の答えは驚いたことに「やっぱり男がいいです」。
「ただし、今度は心も身体も男になりたいです」と付け加えたのが、大変印象的だった。

 

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