あ、アイスバインだ、と思ったのはわたしが初めてタイの屋台でこの料理を見たときだから、もう10年以上前のことだ。
それ以前にヨーロッパではす でに見たことも食べたこともあった。ドイツ語を話すスイス人を含むゲルマン民族は、このサッカーボールほどの大きさのデカイ豚足ローストを1本、一人前と して皿に盛る。真ん中にかなり太い骨があるので、「サッカーボール」はその骨を取ると半分くらいになるが、それでも特大胃袋の持ち主でないかぎりココロし て注文したほうがよいドイツ料理である。日本ではあまり見かけないので、これをタイで見たときにはびっくりしたものだ。どうやって食べるのだろう、とおそ るおそる注文してみたら、皿ご飯のうえにちょんちょんと細切りにした肉を乗せ、ふたつに切った味付け卵、そしてパッカートドーンというタイのすっぱい野菜 の漬物を添えて、煮つめた煮汁をかけてくれた。八角の香りがして、とろとろに煮込んだ豚足は、皮も脂も柔らかく美味しい。タイ料理というと大変辛いものば かりだと思いがちだが、この「カオ・カームー」のように優しい味の甘辛煮込みもある。屋台のテーブルには、もっと辛いのが好きなひとのために緑の唐辛子 (これが一番辛い)が深皿の中で待っている。
一度、バンコクの老舗ドイツレストランに行ったとき、隣のテーブルでタイ人のグループが「ドイツ風」 豚足を注文したのを見たことがある。カオ・カームーのようなものを期待していたらしく、運ばれてきた「サッカーボール」を見て、皆口をぽかんと開けたまま しばしの沈黙。そして大爆笑になった。初めてそれを見たタイ人の驚きはわかる。胃袋の大きさが違うと、食べ方も違ってくるものなのだ。