オフィスで使っている運転手は30代後半のタイ人男性だが、彼はランカムヘン大学で数学を専攻し、なおかつ数学と英語の中・高校教員免許を持っている。2 年ほど教師として働いたが、その食べていくのがやっとという給料の安さにヘキエキし、外人用運転手業に手を染めてしまったわけだ。そりゃあオーストラリア の教師だって低賃金に耐えているが、20歳くらいの外資系オフィスレディよりははるかにましなので、タイとは比べものにならない。
普通「運転手」 といったら、正規の運転免許を持ち車の運転ができ、なおかつバンコクの道もまあまあ知っており、暇なときは「シートを倒して昼寝」が日課の職業である。タ イ語の読み書きさえままならないひとも多い。そんな中で、オフィスの雑用から英語での電話応対までこなせる彼は、大変重宝なスタッフなのだ。
とこ ろが、数学専攻であったくせに彼は「計算ができない」。普通の計算ではなく、「金の計算」のことだ。給料の前借りはもとより、あちこちから金を借り、それ どころかわたしのメイドからもいくばくか借りているらしく、一体いくら借金があるのか見当もつかない。ニッチもサッチも行かなくなると、わたしが自分の財 布からこっそりと幾らか出すこともある。だから、年に何回か田舎の実家に帰るたびに、わたしにお土産を買ってくるのかもしれない。地元の郷土工芸が主なも のだが、今回は観葉植物の隣に合う象のレリーフだった。薄い土色に浮き上がる象の姿は素朴でいて、力強い。お礼を言うと「もう少しで、お返しできると思い ます」というすまなそうな言い訳も渡してくれる。そして、全くそれを信じていないわたしは、手の中の象にウキウキしながらも心の中でため息をつく。これだ けが彼の欠点なのだが、まあ完璧な人間などどこにもいないのだ。甘いと言われようが、7年以上も会社に尽くしている正直で陽気なハタラキモノに背を向けた くはない。絶対に小額の借金以外しないでよ、とそっと言い、彼の開けてくれたドアから車に乗り込んだ。