腰の具合がかなりよくなったとは言え、お腹にあまり力がはいらないことに変わりはない。
血のしたたるような肉でも食べて、精力挽回を図るか……なーんて、実はそんな悲壮な理由があるわけじゃなくって、ただ単に閉店直前に駆けこんだスーパーで「今日食べるんだったら、30%引き」についフラフラと手が伸びてしまったのだった。わたしの晩ごはんは、いつもそうした行き当たりバッタリの思いつきと、どこかで見たうろ覚えのレシピが合体しちゃっただけにすぎない。
だが、ステーキを焼くためには、どんなに腰が痛くたってこれだけは譲れないというものがある。鉄製フライパンだ。テフロン加工のフライパンでは、強火にすると焦げ目がたちどころに表面につくだけ、火を弱めれば時間がかかって硬くひからびるだけ。わたしの好みのミディアムレアには、残念ながら決してならない。
難点は、油をひいてから保存しなければならないことと、鉄製ゆえのトンデモナイ重さだ。「お箸より重いものは持ったことがございませんの」という育ちではないが、片手で自分の肘より上に持ち上げようとすると、腕の筋肉がぶるぶる震えてしまうほどだ。そんなわけで、ふたつある鉄製フライパンは肘ぐらいの高さの棚にしまってある。
今回はどちらにしても腰をかばいながらなので、持ち上げるときは両手だ。
油をうすく引いてから熱し、ステーキをじゅわっと言わせながら載せる。買ってきたときに、すぐ塩コショウ、バルサミコ酢、ニンニクの漬け汁に三十分ぐらいつけておいたものだ。炒め物じゃないので、そのままじっと油の焦げる音を聞きながら数分。ちょいと持ち上げてみて、きれいな焼き目がついているようなら裏返してこちらもじっくり。このフライパンの癖では、表に返したほうの面にちょいと油が浮いてきたらちょうどミディアムレアだ。
ステーキを焼いている間に、庭にすっ飛んで行ってバジルを片手に一杯むしる。洗っててざく切りにしたものをモルター(調理用石臼)に入れ、レモンの皮、ハーゼルナッツ、白コショウの粒、塩、そして最後にたっぷりとレモン汁を絞りいれ、あとはオリーブオイルをたらしながら、がんがんと叩いてつぶす。これはもちろん自動ブレンダーでスイッチをいれながらやってもいいんだけれど、わたしはどうも力まかせにたたきつぶすほうが、ストレス解消にも味にもいいような気がする。
できたステーキは、すぐには切らない。これも鉄則。ローストも同じだけれど、火からおろしてすぐナイフを入れると、肉汁が全部外に出てしまうからだ。アルミホイルにくるんで数分待つ。ステーキを切らずにそのままテーブルに運ぶなら、もちろんそんなことをする必要はない。が、今回はステーキサラダなので。
新鮮なレタスのベッドにスライスしたステーキを置き、上からたっぷりとバジルドレッシングをたらす。きりりと爽やかなレモン風味で、わたし好みに焼けたステーキはさっぱりと仕上がった。