月曜日だというのに、夕方にはパブでサイダーを片手に座っていた。
去年他の高校で一緒に教えたことのある、大学時代の同級生が電話をしてきたの だ。彼女はフランス語の教師だが、タダの教師ではなく実はフランス文学の博士号を持つ才媛である。博士号を持っていても「食えない」らしく、わたしと同じ 時期に修士課程前期をやり直し、大学より就職の見込みのある高校教師の資格をとったひとでもある。その後もわたしと同じように転々と学校を変わらざるをえ なかったが、今は私立男子校のパートタイム教師をしているらしい。その男子校で来年度の日本語パートタイム教師の口があり、応募してみたらどう、というこ となのだ。少々遠いのが難だが、この際文句を言っていられないかもしれない。何しろ、今年の前半わたしは失業していたのだ。大学院に戻るのは簡単だが、も うちょっと教えることの経験も積みたいし、ようやく面白くなってきたところでもある。一応公立高校の来年の応募にも申し込んでおいたが、こちらはそれを取 り仕切る教育省の怠慢さと傲慢さと手際の悪さで、直前までどこで仕事があるかもわからないのが常だ。来年のことを言っても鬼さえ笑わない時期になったとい うのに。
彼女はそんな公立高校に嫌気がさしてもっぱら私立で職を得たいと思っているらしいが、こちらは今度は「コネの世界」である。英国人の彼女 と日本人のわたしは豪州滞在3年未満、どちらにも縁のない言葉だ。「いやだねえ、まったく」なんぞと、ふたりしてため息をついてはみたが事態がよくなるわ けでもない。
「しかしさあ」とまたぐっと眉根をよせて彼女が顔を近づけてきたので、また悪い話かとこちらもしかめっ面を返したら、「ここ の生サイダーは美味しいじゃない」だと。例のわたしの家の近くのアイリッシュパブなのだが、生ビールならぬ生サイダーを置いてあるところの中ではここが一 番なのだ。サイダーと言っても、日本のような甘ったるいだけの「三ツ矢サイダー」の話ではない。リンゴから作った発泡酒のことである。だからきりっとして いてほんのりと甘い。しかし、そりゃあ沢山飲めば酔っぱらう。
わたしが2杯だけでやめているのに、ご主人に迎えに来てもらう予定の彼女は3杯目を注文してニヤリと笑った。