肉というものは、買う場所によって質がかなり違う。別に脂身が多いとか、古いとかいう問題だけではない。味も見た目も違うし、サービスも違うのだ。日本では「精肉店」という小売店がすたれ、ほとんどがスーパーの一角の精肉コーナーになりさがってしまったが、肉食人種の住むヨーロッパやオーストラリアでは、まだこの「精肉店」が立派に顧客を持っている。
肉には卸のときから「グレード」がある。そのグレードによって、卸の際にも値段がかなり違うのだ。薄利多売のスーパーは、この卸の時点でかなり安いものを仕入れることになるが、精肉店では「美味しい肉には金を払う客」のための、質のよい肉も仕入れなければならない。「百グラム何万円もする松坂牛」を売る店ではなく、様々な料理法に合わせて、豚、牛、仔羊などの、様々な部位を的確にアドバイスさえできる店のことだ。そして、「値段がはる」といっても、たかだか数百円の世界だ。
わたしは、スイスにいたときからこの「精肉店」というのが大好きで、肉を買うときにはほとんどこうした店で買い求めてきた。ステーキだって、色々な種類がある。マリネしてから焼くものも、塩コショウしただけで、さっとグリルするだけのものもある。そのたびに店の太ったオジサン(どうして、肉屋のオヤジはみんな太っているんだろう)に、「ねえ、コレコレの料理をしたいんだけど、どれがいいのかしら」と聞いてみるのも、楽しい。ずうっとこんな会話をしてきたおかげで、今ではあまり迷わずに肉の部位の名前を言えるようにもなった。
実は、今日はそんな肉屋に行って「ヨーロピアンカットの骨付きチョップをください」と頼んだ。ところが「ヨーロピアンカットはないよ」との、つれないお答え。ヨーロピアンカットというのは、飛び出た骨の部分の肉を、きれいにそぎ落としてあるチョップのことだ。見た目がいいし、骨をちょいと持ってがぶりと噛み付くのも楽しい。
「でも、今日はものすごくいいチョップがあるよ。肉厚だし、色もいい」というオジサンの言葉を信じて、それを求めた。骨にくっついている肉をせせるのもいいかな、と思い直したからだ。要するに、食いしん坊なだけなんだが。
帰って包みを開いてみると、なるほどピンク色で美味しそうだ。こういう肉には、もう何も手のこんだことはしない。塩コショウにパプリカをさらっとふりかけて、鉄製のフライパンでじゅうと焼き、あとはホイルをかぶせて10分ほど寝かせる。その間に、酢味噌を作る。そう、酢味噌だ。味噌と醤油、砂糖に米酢。それを全て混ぜて、アーモンドのきざんだのを加える。このほうが、洋風チョップにはコクがあって合うんじゃないか、と思っただけだ。ベビースピナッチと呼ばれるホウレンソウの若芽は、電子レンジでしんなりとさせるだけ。そこに「がび風酢味噌」をかけて、ポークチョップを置いた。
肉屋のオジサンが太鼓判を押しただけあって、肉はあくまでジューシィで柔らかく、臭みなど全くない。オーストラリアの豚肉は臭くってねえ、という日本人もいるが、常連のいる肉屋でお勧めの豚肉を買ってみたほうがいいかも。