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そして、ゆきちゃんは片目になった

昨年11月末、ゆきちゃんは手術で右目を失った。

以前から赤い血疣が時々目頭に出来ていて、街の獣医のところで簡単な手術をしてもらっていた。が、大学病院の精密検査の結果、癌とわかったのだ。その後の検査では、さらに目の後ろにも細かい癌細胞がかなりあったので、眼球摘出ということになった。猫のようにごく小さな頭では、眼球を残しての手術は不可能だという。早朝、ケージに入れたゆきちゃんを連れていって、看護士に渡したとき、じっとふたつの目でわたしを見つめている彼女の姿に涙が出た。

三日後、引き取りに行ったとき、以前の簡単な手術とはわけが違い、へなへなとわたしのほうが床にへたりそうになるほど、ご面相が変わっていた。毛は剃られ、おまけに内出血の後が大きく黒々と浮かんでいる。切開は右目の辺りから鼻にまで及んで、もちろん糸で縫われている。

しかし、うちに帰ってきても、全くものを食べない。何をやっても、である。水さえ飲まない。じっと隅に横になっているだけである。ゆきちゃんの大好きな鶏肉をやってみてもダメだ。病院に電話すると、流動食を与えなさい、と言う。さっそく病後の食事用の缶詰をもらってきて大きな注射器で与えたが、いやいやをして逃げる。それも、体力がないからよろよろと逃げる。食べてよ、と言いながら、また涙が出た。
涙声で獣医の携帯に電話をすると、「おかしいなあ。フツウの猫は、ウチに帰ればさっそく食べ始めるものなのに」と言う。入院していたときは、しかし口を使って食べていたわけではない。管を通して、直接胃に落としていたらしい。「手術では口や内臓には触っていないし、食道や鼻にもだ。ということは、正常な生活を送れるはずなんだけど」

その後もゆきちゃんは全く食らしきものを口にせず、3日後にはまた病院にあずけられた。脱水症状が出ていたのだ。次の日、検査中に鼻から大出血。鼻の下を切り開いて呼吸できるようにしたが、ほとんど危篤状態。ようやくそれを脱して数日間、ほかの部分の癌の可能性とやらのため、様々な検査をされていた。食事は、喉に開けられた穴から食道にチューブを挿入され、注射器でどろどろの流動食を流し込む、という方法だ。検査の結果は、全て良。大出血の原因は不明。

「うちに帰ったほうが、彼女も普段の食事に切り替えやすいと思うよ」という獣医の言葉に、首から太いチューブをぶらさげているゆきちゃんをうちに連れて帰った。今度は、鼻の脇から口にかけて、また縫ってある。大出血のときの処置だった。口の周りにはたくさんのカサブタ。
「本来なら食べられる状態なんだから、フツウの食事も試すように」
だから一応いつもの食事を置いておいたが、一切口をつけない。仕方なく6時間おきに流動食を用意する。水と混ぜたその病院食缶詰をザルで濃し、とろとろにしてから大きな注射器で80cc。それから抗生物質をもう少し小さい注射器で流し込む。最後は、チューブが詰まらないように、40ccの水をそうっと注入する。急に入れてはいけない、と言われているので、全て終わるまで20分はかかる。片手で注入しながら、ゆきちゃんを優しく撫でているので、彼女はとてもおとなしい。終わると喉のチューブにキャップをはめて、ゆきちゃんをテーブルからおろす。

この6時間おきというのは、結構大変だった。学校はすでに休みにはいっていたから好都合ではあったが、何しろ朝六時、正午、夜六時、夜十二時の4回だ。支度にも時間がかかるから、この当時2週間ほど、わたしの睡眠時間は5時間を切っていた。

うまい具合と言ってはなんだが、ちょうどタイ・バンコクの国際空港が政争の勢いで占拠されてしまったため、バンコク行きのフライトは1週間延期にした。だが、その延期した期日が近づいても、ゆきちゃんはまだ何も食べない。食べたいという気持ちはあってオネダリさえするのに、食べ物に口を近づけてから顔をそむける。おかしい。

ほとほと困って、実は虫眼鏡で彼女の顔をくまなく見てみた。まだ抜糸していないから、目は縫われたままだ。鼻のところの糸は抜糸の必要のないもの。そして、その下の口をくまなく眺めていたら、上唇に沿ってかなりたくさんのカサブタがまだ残っている。これじゃないのか、と気づいた。食べようとして口を動かせば、カサブタがつれる。それがいやで、口を開こうとしないんじゃないのか。

次の日、強引にアポをとって病院に連れていった。カサブタを取ってあげてください、と頼んだ。またついでに血液検査もした。そして、また前肢の静脈の部分で内出血だ。「これも、今度検査してみなくてはねえ」と言うが、当分もう検査しないでください、と頼んだ。やりすぎだ。さて、3時間たって迎えに行くと、抜糸がしてありカサブタはきれいに取ってもらっていたが、前肢二本とも内出血した部分にゴム製の包帯が巻かれている。ゆきちゃんの肢は長毛でふっくらとしているのだが、ぴったりした包帯のせいで、その部分だけやけに細い。おまけにマッサオな色の包帯だ。こりゃ、ひどい。なんだかもう、病院に行くたびに、彼女の姿は無残になっていく。

「2時間たったら、取ってもいいですよ。出血は止まっているから大事をとって2時間ってこと」と言われて、ほっとした。

家に戻って、またゆきちゃんの好物カンガルーの生肉とドライフードをあげてみる。そうしたら、いきなりちょんちょんとつまんだ。ほんの少しだったが、口をつけて自分で食べた。今度は嬉しくて涙が出たが、ゆきちゃんはそれほど感激しているわけでもなく、またすぐに隅のほうに行ってごろんと横になった。一日目は、たぶん50gぐらいか。食道への流動食はまだ続けていたが、日に日に自分で食べる量は多くなっていった。

そして、ついにいつもと同じ量を食べたときには、すでにわたしの出発は2日後にせまっていた。猫ホテルは予約したあるのだが、心配だった。で、しつこくもまた獣医に電話する。
「センセイ、わたしフライトをまた延期したほうがいいでしょうか」
「いや、その心配はないでしょう。今日来てくれれば、チューブをはずしますから」

はずしてもらったら、今度は首に5ミリほどの穴が黒々と開いている。
「センセイっ、穴まだひらいてますけどっ。いいんですか、このままで」
「時々、この消毒液をちょんちょんとコットンでつけとけば、大丈夫。絆創膏を貼っちゃうと、直りが遅いからね」

2日後、猫ホテルに連れて行った。事前に何度も電話をしておいたが、担当のオネエサンが飛んできた。
「わたしのプリンセスちゃんっ」
こ の猫ホテルは、正式には猫愛護団体が経営している非営利のホテルだ。宿泊料金は、ほかのところと同じぐらいとるけれど、個室でタタミ1畳ほどもあるし、世 話も行き届いている。働いている人たちは全て「猫イノチ」のボランティア、「猫ッ可愛がり」も尋常じゃない。ダーリンだの、かわいこちゃんだの、マイラブ だの。。。ゆきちゃんはここでは色々な名前で呼ばれているらしい。

「大丈夫よ、何かあったらわたしが車で大学病院まで連れていくから」
その言葉に安心して、全ての電話番号を書き付けたメモを渡した。わたしの友人が一応、責任を持って「もしも」の支払いを請け負ってくれるし、いざとなったら引き取って面倒も見ると約束もしてくれた。

それでも心配で、タイから、そして日本からも何回かインターネットからホテルに電話した。そのたびに、「よく食べてますよ」とか「毛がだいぶ伸びましたよ」と報告してくれて、やはりここにあずけてよかった、と安心したものだ。

一 月にパースに帰ると、ゆきちゃんの目の周りの毛はふさふさと元に戻り、真ん中が少々くぼんでいるだけだった。12月当時はまだ腫れがひいていなかったた め、盛り上がっていたのだ。皮をひいて縫い合わせてあるから、右の口端は手術時より下がったとはいえ、それでも上に向かって引きつれている。下唇にかぶさ らないから、右の歯も少し見える。
片目だとバランスがとれなくないかなあ、と心配していたが、これも今ではどこへでもジャンプできることがわかってほっとした。テーブルの上ぐらいなら、昔のように一発でひらりと飛び乗れる。食欲もある。
時々、 どうかすると左を上にして寝ていたりして、彼女の右目がないことを忘れてしまうが、ごろんと寝返りをうつと、やっぱり右側の少々美しくない半分が現れる。 まじまじと見てしまうが、ゆきちゃんは「何だよう」という顔でわたしを片目でじっと見つめ返す。でもね、ゆきちゃんはやっぱりわたしのゆきちゃんなのだ。

ほかの人が見たら、たぶんびっくりするような顔になってしまったかもしれない。でも、癌は全て摘出できた。獣医の言ったように、これで彼女はまだまだ10年以上「猫生」を謳歌できるだろう。

そういえば、顔に関しても、獣医は大真面目な顔でこうつけ加えた。
「いや、彼女には見えませんからね。別に、気に病んだりなんかしませんよ。本人(本猫)が気にしてないんだから、いいじゃないですか」
そうだよねえ、ゆきちゃん。

 

2件のコメント

  1. こんにちは。こちらでははじめましてになります、NICOです。
    ゆきちゃん頑張ったんですねえ。
    猫はしゃべれないから、その分だけ飼い主がじっくりと向き合って気持ちを感じ取ってあげなくちゃいけませんね。ゆきちゃん、がびさんにわかってもらえててきっとすごく幸せなんだと思います。
    私はいつも「猫ごときにここまで?」っていう思いと「でも家族なんだもん」っていう思いの間で揺れ動いてしまって、どこまでやってあげればよいものかと迷います。でも具合が悪くなると思わず必死になっちゃうんですけどね(汗)。
    うちの猫は最近年齢のせいか、高い所にぴょん!と乗れなくなってジタバタやってることが多く…情けな〜い感じ(笑)。そんなところも含めてかわいがってあげなくちゃ。

  2. こんにちは、NICOさん。
    いや、回りのひとたちの中には、「猫にここまで金かけるか?」と言われたこともありました。最初はそんなに高くないと思っていたら、色々な検査と入院のおかげで段々と上がり、最後には「ウソだろ?」というくらい払いましたから。おかげで、楽しみにしていたクリスマスのショッピングも大幅にカットです。(泣)
    それでもねえ、今元気なゆきちゃんを見ると、やってあげてよかったと思うんです。ペットのいないひとにはわからないかもしれないけれど、家族の一員なんですよね。

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