マジでヤバイ会話

わたしの日本語クラスからは、日本の姉妹校に毎年短期留学生を送る。7週間という期間なので、まあそんなに日本語が流暢になるわけではないが、それでも日本の高校の雰囲気を経験し、日本人の友達を沢山つくって帰ってくる。
そして、来週から始まる新学期に、手ぐすねひいて待ち構えているセンセイから幾つかの言葉を修正される。

短期留学となった生徒たちは11年生(日本の高校2年生)、つまり進学コースを始める上級生たちだ。日本語は必修から選択になり、試験もそれまでとは打って変わって難しい。彼女たちが、日本で「友達と話してきた言葉」は全く使えない状況の聴解や会話試験が待っているのだ。

使ってはいけない言葉として直されるのは、「マジ」「ヤバイ」「ごめん」「うん」「やだー」など。日本の高校の試験で英語のスラングが出ないのと同じだ。「です・ます調」の会話試験でこうした友達同士のスラングを入れると、減点になる。インタビューは友達との会話ではない。

そして、短期留学から帰った生徒たちは必ず「姉妹校の友達とは日本語で話していたのに」新学期からの日本語授業がはるかに難しいと嘆く。そりゃ、そうだ。「マジ」と「ヤバイ」さえ知っていれば、同級生との会話が成り立っていたのだから。きちんとした語彙で進められる情報量の多い聴解練習は、それとは全く違う。

こちらは、Twitterで見ためんぼうちゃん(@koukin_menbo)の1月7日のツイート

“【日本語会話(初級編)】 「ヤバイ(大変です)」 『マジ?(どうしたんですか)』 「あのコ、ヤバイ(すごくかわいい子がいます)」 『マジで(どれどれ)』 「ヤバイよね(君はどう思いますか)」 『マジだ(私もそう思います)』 「ヤバイかも(声かけたい)」 『マジw(どうぞどうぞ)』”

もちろんネタなのだろうが、だからと言って笑い飛ばせないのは、東京に帰って、電車の中で実際に小耳に挟む女子高生たちの会話に、とてもよく似ていたからだ。
やはり、「マジ」と「ヤバイ」などの短い語彙が主で、一体何を話しているのかさっぱりわからなかった。

言葉は生きているのだから、変化するのは当たり前だ。いつの時代も若者たちは率先して新語を造り、それを愉しみながら使ってきた。ただし、いくつかの短い言葉がどのような場でも使える万能語彙として台頭するのはいただけない。必修日本語を終了したばかりのわたしの生徒にでさえ「会話が流暢にできると思わせてしまうような」表現のあまりの稚拙さに、マジヤバイんじゃないかとセンセイは心配になる。

 

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いつものレストラン、いつものタイ料理

料理をつくるのは、まあ趣味のようなものでもあるけれど、タイ料理はあまりつくらない。そして、オーストラリアでタイレストランに行った経験もあまりない。オーストラリアのタイ料理は「砂糖入れすぎで辛くない」というのが定番のようで、どうもわたしの舌の好みからはかけ離れているのだ。

でも、学期休みのたびに「帰国」するタイ・バンコクではわけが違う。タイ料理屋にも行くし、デパートのフードコートでセルフサービスの昼食も摂るし、近くの屋台で汁ビーフンやフライドライスも注文する。旅行者ではないので、どんなものを食べてもまず腹をこわすことはない。慣れちゃっているのだろう。

そして、着いた次の日の晩はすぐ近くのタイレストランに行って「いつものメニュー」を注文する。たまには「冒険」してみることもあるが、まあ大抵は同じものだ。トンローのThonkruengだと言えば、バンコク駐在の日本人は「ああ、あそこね」というくらい同胞の客の多い店でもある。

ホーモック(スパイシーフィッシュケーキ):

チキンのパンダンリーフ包み揚げ:

豚ひき肉のラープ:

チキンとカシューナッツの炒めもの:

それにジャスミンライスを添えてもらう。

このレストランには、実は必ずもう一回行く。パースに帰る便は夜遅いので、スーツケースを車に置いて食事をしてから空港に向かうからだ。このときもまた、なぜか同じメニューだ。もう何年も通っているので、自分ちのキッチンの出張所のような気分になっているのかもしれない。

 すでに休暇の終わったパースでこんな記事を書いていると、またラープが食べたくなってくる。

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バンコクのオフィスで

バンコクのオフィスがあるビジネスビルはどうヒイキメに見てもトレンディなんてものではない。
1階の踊り場にはデカい仏壇や夜のみ開くカラオケバーまで あって、何とも場末の雰囲気。最近までは某トイレブランドが一階の半分を占めていて、「トイレブランドがあるビル」と言うと、タクシーの運転手が了解して くれるほどだった。現在では、数カ月間も5つぐらいの商品しか置いていない奇妙な電灯製品の店になったが。

しかし、17階のオフィスからの景色だけは素晴らしい。バンコク一望で自宅アパートまで見える。大きな懐中電灯で「ゴハンデキタ、ハヤクカエレ」とモールス信号が送れるくらいだ(いや、やらないけどね)。

バンコクはいまだコンドミニアム建設ラッシュが続いていて、自宅のある地区は毎回帰国のたびに新しい建設が始まっている。面白いのは、そうした高級コンドミニアムが、すでに完成しているといるにもかかわらず、住人を見ないということだ。つまり、誰も住んでいない。
こうしたコンドミニアムの類は、資産家が「現金で」買うものというのが大方のバンコク人の考えだ。この「現金で」がミソで、つまりそれは「銀行」または「公の手続き」を経ずに取得した金だ。こうした現金は持っていても足がつくので不動産投資に回る「らしい」。
この間も、副運輸大臣が泥棒に入られたせいで、邸宅の地下にある何十億という「現金」の所在が「不幸なことに」公になってしまった。

または、数千万円の新築コンドミニアムを15万円ほどの手付金を払って、「まだ建設さえ始まっていない時期」に予約する。完成したアカツキに倍以上の値段で転売するためだ。この自転車操業で、売れないコンドミニアムを抱えて自己破産するひとも多いわけだが、それは金を貸す銀行には関係ない「らしい」。
それでも不動産フェアが毎月どこかで開かれているが、そうしたフェアに行って新築物件を「10戸」ほど選んで買うのが趣味、と公言してはばからない政府高官を知っている。

えーそんなバカなと思うなら、完成したばかりのコンドミニアムを夜「夕食時」に見上げてほしい。灯りがついているのは、ほんの数カ所だ。昼間ちらりと見える駐車場は、ガラガラ。2ヶ月前には「完売」という大きなシールが看板に貼られていたのに、ね。

いずれにしろ、この勢いではあと何年自宅とオフィスの視界が保たれるのか、見当もつかなくなってきた。

 

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ポークフィレステーキのブリーサンド

6週間なんてあっと言う間だ。
休暇の終わりはもうすぐそこだ。日曜日には東京からバンコクへ戻ったが、3日後の金曜日にはパースへ。

そういう休暇終了の直前になると、不眠が戻ってくる。
何しろ、ほとんど学校の準備をしていない。つまり、これから悪夢のような忙しさが戻ってくるわけだが、その「主菜」の悪夢の前に不眠という「前菜」がやってくる。そんなふうに、やることのリスト作りをしていたら、すでに晩ゴハンの時間。7時を過ぎて、まだなにもしていない。

昨日買った豚肉のフィレがあるので、また「肉とジャガイモ!」と叫ばれる前に、オーブンに火をつけてジャガイモの皮を剥く。ローズマリー、塩コショウ、たっぷりのオリーブオイルをまぶしてオーブンへ。
で、豚フィレを冷蔵庫から出して、そのながーいままの肉のカタマリを見ながら、さてこれをどうしてくれようと考えた。シンプルに焼いちゃってもいいのだが、冷蔵庫をざざっと見るとブリーチーズがまだ残っていた。これも食べちゃわないとすでに角が固くなり始めている。それをサンドイッチにして、フライパンで焼いただけのシンプルなステーキに、ベビーキャロットとアスパラガスを添えた。そして、例によってローズマリーポテトが山ほど。

ちょいとヘビーなゴハンだが、柔らかいフィレ肉の間からとろーりとブリーチーズがとろけ落ちる。チーズと肉が大好きなひとにはもうホッペタ落ちそうだとか。

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鍋で買いに行く豆腐

「なめこ汁を作ってあげるから、お豆腐を買ってらっしゃい」
そう言われて、なんとなく「えーと、鍋は」と考えている自分にふと気づいて笑ってしまった。

そう、大昔は豆腐はアルミ鍋で買いに行くものだった。
そして、鍋と小銭を握ってお勝手口からかけ出していくのは、わたしたち子供の役目だ。近所の豆腐屋に着くと、おじさんに声をかける。
「おじさん、木綿を一丁ね」「あいよ」
おじさんはそれはそれは大きな、中華包丁をもっと大きくしたような長方形の包丁を持ち、水を張ったステンレスの桶からまだ切っていない長い豆腐をふわりと持ち上げ、水の中で切ってくれる。そのまま鍋にそっと入れて水をかぶせる。冬の水槽は身を切るように冷たい水だったと思うが、おじさんの手は赤くならなかった。背の低い腰の曲がったひとだったが、腕の筋肉は盛り上がり、手は無骨でとても大きかった。ものすごく早起きで毎日ああやって腰を曲げて仕事をしているから曲がっちゃったのかも、と小さかったわたしは思っていた。

「あ、おじさん、生揚げもふたつ」
東京では、厚揚げとは言わない。生揚げだ。今では厚揚げというひとのほうが増えたようだが、わたしの母はいまだに生揚げと呼ぶ。そして、その年取った娘であるわたしも。
わら半紙と新聞紙で包んでくれるその豆腐屋の生揚げは、夕方に行くと揚げたてなのだ。大根おろしと醤油をさっとかけて食べると、それはそれは美味しかった。

おじさんはとうに亡くなり、店は流行りの弁当屋になり、今ではたぶんそこが豆腐屋だったことを覚えているひともあまりいないだろう。
そんなことを思いながら、そろそろ混んできた夕方のスーパーで明るい冷蔵品の棚に並ぶ様々な種類の豆腐を見て、途方に暮れた。木綿豆腐だけで、ゆうに10種類はある。そして「ああ、なめこ汁なんだから絹ごしじゃないか」と呟き、最初に目に入った「国産大豆絹ごし豆腐」と書いてあるプラスチックのパックをひとつ、プラスチックの籠に入れた。

 

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