今日は、9年生の読み取り試験の日。
一応席と席との間隔は空けてあるが、何しろ低学年は人数が多い。

「机の上にあるのは、鉛筆、ペン、ペン字消し、消しゴム、そして鉛筆けずりだけ。筆箱も本も全部足元に置くこと」
これはカンニングの予防だ。筆箱の中に小さなメモを隠している子がいないとも限らない。

「足元にある本やバインダーは開いておかないこと」
これも、経験によるカンニング予防。本を開いたまま足元に置いて、ちらちらと覗く子がいるからだ。子供は目がいい。

それでも、一時間立ったまま監視しているわけではないから、わたしが前方の教師机に座ったとたんに、何かやりだす子もいる。

そして、本当にできないDは一番後ろに座った。
どのくらいできないかというと、「xxxをたべます。」という構文を大きく黒板に書いて、「このxxxの部分に食べ物の名前を入れると、I eat xxxという文になります」と教えても、「をたべますおかし。」と書く子だ。「日本語は順番が違うのよ」と教えても、どうにも理解できない。アタマの中に Sweets が eat の前に来る「はずがない」と思い込んでいる(というより全く考えていない)ので、どうしても覚えられない。

そのDの頭は、わたしが教師机に座ってしまうと、ほかの子供たちの体に隠れて全く見えない。そして、「わたしの顔が見えない」ということは、「自分のやっていることも、わたしには全く見えていない」と、Dは思った。

そして、Dは床に置いてあった自分のノートを取って膝に置き、そこに書いてあることを熱心にたどり始めた。教室でわたしの話を聞いているときより、はるかに熱心な態度だ。膝は机の下だから、その上にあるノートなんてセンセイに見えるはずがない。

わたしはじいいいっとDを見つめていた。10分ほどだったと思う。そして、Dはまたノートを静かに閉じて、床に置いた。

しばらくして読み取りテストは終了。他の生徒たちが出て行く中、わたしはDを呼び止めた。そして、全ての生徒が出て行ってしまったあと、「どうして、カンニングなんかするの?」と優しく聞いた。

Dはしばらくぽかんと口を開けていたが、「カンニングなんて、ぜったいにしていませんっ」と語気も荒く叫んだ。
「でも、机の下でノートを開いていたでしょう? センセイはずっと見ていたのに、あなたは気づかなかったみたいね」

Dは少しも悪びれずに、眉を八の字にして言った。
「カンニングなんか、それでもしていませんっ。だって。。。ノートの中ぜんぶ探したけど、答えなんか全然見つからなかったんですからっ」

目がテンになる、とはまさにこういう場面。
chineseegg.jpg「ただのタマゴヤキじゃーん」と言われればそれまでなんだけれど、食べると違う。

ずいぶん昔スイスに住んでいたとき、テレビで「卵製造工場」の鶏たちがどんな扱いを受けているのかを見たことがある。棚にぎゅうぎゅうに押し込まれた鶏たちは、生まれてから一度も外に出たことがない。サイズも、棚に押し込むために改良されてかなり小さくなっているが、卵だけは大きく産めるようにしてある。その棚が大きな工場内に果てしなく続いているのを見たら、二度とそういう卵は買うまい、と思った。

歩いて五分ほどの農家では鶏が放し飼いにされ、入り口には木のキレッパシに下手糞な字で「産みたての卵、あります」と記されていた。週末になると、若かったわたしはテクテクと歩いてそこまで買いに行ったものだ。
二十年前のスイスは、それでもスーパーでさえFreilandhaltungと記された卵が売られていた。確かに普通の卵より高かったが、それでもたくさんの人たちがその卵をかごに入れた。

オーストラリアでもそうした卵がどこでも売られており、わたしは今でもそれしか買わない。新鮮だし、味も違う。週末に近くの野菜マーケットで購入することが多いが、買った次の日の朝食はもちろんこの卵を使う。

今日は、この卵を二つ使って中華風タマゴヤキだ。

ポンポンと割ると、黄身がぷっくりと盛り上がり白身はあくまでもねっとりと透明で、見ただけで新鮮だとわかってニンマリ。

中華なべに油をたっぷりと入れて熱し、溶き卵を一気に流し入れる。ここが肝心なんだけれど、かき混ぜずにじっと回りがふつふつと焼きあがるのを待ち、こんがりとしてきたらすくって油をそっときってから、皿に盛る。中心はまだとろりとしたままの半熟だ。ここに刻んだネギを散らし、李錦記の特級オイスターソースをたらし、最後にコショウをがりがりとけずって出来上がり。
本当は唐辛子をたくさん散らすほうが見た目も好きだが、今日は少々のどが痛いので我慢。

ほかほかのご飯でこの卵を食べたら、もう美味しくて美味しくて、やっぱり朝食は箸を使える料理に限るね、なんて思ってしまう。

simpleprawnspaghetti.jpg豚インフルエンザが流行っているおかげで、豚肉の売れ行きがガクンと落ちたそうだ。新聞やテレビのニュースで「火を入れた肉にウィルスは残っていない」と再三言われていても、やはりこれだけ蔓延していると怖くなるらしい。

今朝のニュースショウでは、マスクをかけていればある程度の感染は防げるらしいとあって、色々なマスクの紹介までやっていた。
ついでに「日本では、別に感染を防ぐわけではなく、冬になると日本人全員がマスクをかけて出かける」と、ありとあらゆる年齢の日本人たちの「マスクをかけて外出する姿」を次々と映し出す。
確かにマスクをかけているひとたちは多いけれど、こうやって見せるとまるで「日本全国民、顔隠して外出」といった様相を呈していて、マコトに奇妙ではある。

今日の夕食は、別に豚肉を食べないと宣言しているわけではなく、単に学校から一直線に帰宅したので、あり合わせのものだけで作った。材料は、冷凍庫にあった冷凍の加熱済みムキ海老、ニンニク、生の唐辛子、トマト、イタリアンパセリ、レモンだけ。

まず寸胴鍋にたっぷり湯を沸かし、ぐつぐつと沸騰したらトマトを一個ぼとんと落とす。一分ほどで引き上げると、皮がするりとむけるからこれをざく切りに。今度は時間を見て同じ鍋、同じ湯の中にスパゲッティをぱらりと入れる。沸騰しているんだから、トマトの湯ムキをした湯は、スパゲッティに使ったって大いに結構。

茹でている間に、フライパンにオリーブオイルを熱し、ニンニクのみじん切りをいれて香りがたつまで炒める。そこにやはりみじん切りの唐辛子を加え、次にトマトのざく切りを入れ、最後に海老を加える。海老はすでに調理してあるものだから、ざっと温めるぐらいだ。そこに、茹で上がったスパゲッティをいれて混ぜ合わせ、レモンを一個分上から絞り、イタリアンパセリを散らして出来上がり。

シンプルだが、これは美味しい。市販のトマトソースをぶっかけてスパゲッティを作るぐらいだったら、はるかに短い時間で腹も見た目も満足できる。
lobstersalad.jpg気がついたら、すでに五時半だ。バタバタと残った仕事を片付けていたらこんな時間になってしまった。朝七時半にオフィスの鍵を開けるのもわたしだし、結局最後に鍵を閉めるのもわたしだ。四人いるほかの語学教師たちはすでに帰宅してしまっている。
おなかもすいてきたし、また仕事を持ち帰ることにして、とりあえず学校の近くのスーパーに飛びこんだ。六時にはすべての店が閉まってしまうのでうちの近くのスーパーなどには到底間に合わない。

鮮魚売り場には調理済みのロブスターがゴロゴロと並んでいる。うーん。高いけれど、もう料理する時間もない。まだ、明日までに採点しなきゃあならないものがゴマンとあるのだ。これさえあれば、調理なんて10分で済むし。

ロブスターは、マロンというザリガニや大海老に比べるとかなり大味だが、それでもソースをかけてさっぱりとしたサラダにすると意外にいける。さっと茹でただけのロブスターは、何もかけなくても甘みがあるが、タイ風のソースをかけるとさらに味が引き立つような気がする。

まず絹さやを電子レンジで蒸し、大まかに刻んでおく。絹さやは歯ごたえがよいので、茹でてサラダに足すことも多い。ここに、きゅうりの輪切りとちぎった香菜を加えてよく混ぜる。あとはベビーリーフのサラダもパラパラと。

ドレッシングは、このところよく作るさっぱりとしたアジア風のものだ。まずオリーブオイルをボウルにたっぷりたらし、レモンを一個分ぎゅうと絞る。そこに生の唐辛子をみじん切りにして入れる。あまり辛くしたくなかったので、種はていねいに取り除いた。そこにショウガのすりおろしをたっぷり入れ、最後にフィッシュソース(ニュクマムソース)とごま油を加えてよく混ぜる。最後に味をみながら、塩コショウだ。

ドレッシングとサラダを混ぜて皿に盛り、ロブスターの肉を厚切りにしてそこにもドレッシングの残りをたらす。
本当は白ワインでも二杯ほどつけたいところだが、イイ気分で採点するわけにもいかず我慢、我慢。

potroastsagesauce.jpgいつもは二十分以内で出来上がってしまうような料理ともいえないシロモノを食しているが、そりゃあタマにはちょいとソースなんか作ってしまうこともある。

スイスにいたころは、「肉料理=ソースは絶対添えようね」という料理を色々なひとたちから教えられたし、またレストランでもファミリーパーティーでも食べていた。それがドイツ系スイス料理の特徴なのだが、いささか食傷気味だったのも確かだ。
美味しいことは美味しいが、毎日食べられるものではない。スイスの家庭でも、日曜日のローストか人を招待したときの夕食に限られていた。

だから、「じゃあ今日はスイス風ポークと行きましょう」と友人たちを招待した時、「小麦粉とバターがあるかな」と一番先に思ったものだ。明日から第二学期のハジマリとはいえ、今日月曜日はまだ「祝日が土曜日だったので、振り替え休日になっちゃった月曜日」なのだ。休日のローストは、ソースがなければ「スイス風」とは言えない。
土曜日にほとんどの店が閉まっていたため、今日の振り替え休日は銀行を除いてほとんどが五時まで開いている。

最初は混乱してしまったが、「あばら骨の外側の肉」(リブアイ=Rib Eye)は、こちらオーストラリアではスコッチフィレ(Scotch Fillet)と言う。適度に脂が乗っていて、ステーキにしてもローストにしても柔らかくて、失敗も少ない。今回は、これをポットローストにした。普通の「焼くだけ」ローストとは違い、これはくず野菜とワインにつけてオーブンでとろりと煮込む。スイス風煮豚、というわけだ。

まず鉄鍋にバターを落とし、スコッチフィレの塊にまんべんなく焼き目をつける。取り出したら、バターを足して、今度は皮をむいたニンニクをひとつ分、ざく切りのニンジン、小さめの玉ねぎかエシャロット、そしてベイリーフとタイムをたっぷり入れて、五分ほど色がつくほどに炒める。ここにどぼりと白ワインの瓶半分ほど注ぎ、豚肉の塊を戻して百八十度ぐらいのオーブンで約一時間ちょいとほど煮こむ。

豚肉を取り出してアルミホイルにくるんで十分ほど「寝てもらう」。こうしないと、ローストは硬くなってしまうのが常識。

その間に、ソースだ。
ステンレス製のザルで鍋に残った肉汁を漉す。上からヘラで押し付けるだけで、柔らかくなった野菜も簡単ににゅるにゅるとザル目から落ちる。これを小さな鍋に入れ、泡立て器でバターと小麦粉を加え、煮立たせる。いくらわたしがイイカゲンでも、この肉汁を使ったソースだけは目を離さない。ずっと泡だて器で混ぜていないと、ダマになってしまうからだ。とろりとしたら、セージをたっぷりと入れる。

出来上がったポットローストは、所々にはさまった脂のおかげでナイフですうと切れるほど柔らかい。それどころか、招待客全員がパンを所望してすくい取り、セージ風味のソースはまたたく間に最後の一滴まできれいになくなった。

about me