「センセイ、ウチアゲをしましょう!」というサブジェクト名のメールが来たのは、2週間前のこと。
メールは、懐かしい2012年の日本語教室卒業生からだった。ウチアゲというのは「打ち上げ」のことだ。ウチの学校の日本語教室では、11年生と12年生になると年2回の期末試験のあとで必ず日本料理店でその終了を祝っている。年中行事なので、上級生期末試験の日程が発表されると「センセイ、ウチアゲは終了後のすぐ次の週ですね!」なーんて、自分の科目の日程とともに「ウチアゲ」の日付も手帳に書き込む生徒も多い。
もちろん行き帰りは父兄による送迎のみ。近くに住む子たちは、乗り合いでひとりの親が送迎することもある。16−17歳の少女たちなので、最後のひとりの迎えが来るまでわたしはレストランの外で仁王立ちで待つ。
そんな経験は、3年前に卒業した生徒たちも同じだ。だから、日本語は忘れちゃっても「ウチアゲ」という言葉は覚えているらしい。今回のは「ウチアゲ」ではないことを教えなくてはならないと思いながら、打診された日時にOKして出かけて行った。
ウチの学校を卒業してから初めての同窓会だということで、3年間全く会っていなかった子たちもいる。夜のお出かけなので、女子校出身ともなれば化粧にもドレスにも気合いが入る。そりゃ、高校生だったときのウチアゲだって皆「自分の持っている中で一番いい服」と「30分以上かけたお化粧」で登場していたが、3年たって少女から若い女性になっている彼女らは、それはそれはキレイだ。
ほとんどの子が21歳なので、すでに卒業して(オーストラリアの専門課程は3年)働いている子もいれば、専門をふたつとっているためまだもう1年の子もいれば、大学院に残った子もいる。
最初は少々ぎこちない。が、そりゃこのぐらいの年の女の子たちのこと、すぐにまた元通りに打ち解けてゴシップに花が咲く。「XXはカレシと別れたんだってさ」「XXはもうすぐイギリス留学らしい」「こないだXXを街で見かけたんだけど、無視するんだよ!」などなど。
楽しい時間を過ごして外に出ると、すでに10時だ。「さ、センセイ、これからクラブに行くよ」…って冗談でしょ。それは若者だけの特権なので丁寧に辞退した。
「今日は誘ってくれてありがとう。とても楽しかったし、何よりもあなたたちがセンセイのことを思い出してくれて本当に嬉しいの」「やだー。センセイのことを忘れるわけないじゃない。大学では日本語を選択しなかったけど、高校のときはセンセイに怒鳴られながらも日本語授業は一番楽しかったし、センセイが一生懸命わたしたちのことを考えてくれていたのは絶対忘れられないし。センセイもわたしたちのこと忘れちゃダメだからね」
センセーまた会おうねー、と口々に言う「元生徒たち」に手を振って車に乗った。
忘れるわけないじゃない。
AよりCのほうが多い年の生徒だったが、補習は欠かさなかった。
明るかったひとりの生徒は受験のストレスで口数が少なくなり、わたしが母親に連絡してカウンセラーと会えるように手配した。そのことに気づいたのは学校ではわたしだけだったらしい。あとで母親に手を握らんばかりに感謝された。もうひとりの生徒は表情に乏しく全く笑わないことでいつも問題を起こしていた生徒だが、日本語教室ではかなり笑い冗談も言うようになっていた。「やっぱり言語に興味があるんで、言語学の研究に進みます」と今回ハッキリと言って、ニコリと歯を見せた。
和気あいあいとした雰囲気が最後まで残っていたクラスだ。
みんな成長しちゃったけど笑顔だけは全然変わらないな、と運転しながら感慨にふけっていたらふと涙が出た。こういう生徒たちを教えることができて、わたしは幸せなセンセイだと心から思った。