デラシネ@Perth: 2005年5月アーカイブ

毎日車を運転していても、ハンドルを切ってギアをDかRかPに入れたりする以外のことに無知なのは昔から変わらない。
車を本格的に「自分で」運転し始めたのは、運転できなきゃどこにも行けないパースに来てからだし、マニュアル車の運転なんて大昔に東京で運転免許を取ったときの教習だけだ。だからわたしはオートマチック車しか乗れないし、ギアのところについているボタンやら何だかわからないシフトなど、触ったこともないものが車の中に多い。

初めてセルフサービスのガソリンスタンドに行った時には、途方に暮れて「あのう、どうやってガソリンいれるんでしょ」と小さなスタンドの係員に質問し、彼がわたしの言ったことを完全に理解するまで数秒待たなければならなかった。

運転は下手ではないし、まだ一度もかすったりぶつけたこともない。駐車だって、アタマからつっこむのやオシリからそろそろと後退するのはなんとか出来るが、あの縦列駐車というやつはカラキシ駄目である。
一度、繁華街を歩いていた時に、中年のご婦人が「すみません、助けてください。お願いお願いっ」と道端で若い男性に頼んでいるのを見かけたことがある。車を道に沿って縦に駐車しようとして、身動き取れなくなってしまったのだ。左のドアは前方の車のオシリから2cmと離れていない。斜めになって止まった彼女の車は、完全に後方の交通を遮断してしまっている。若い男性は気軽に鍵を受け取って、何の問題もなくすんなりと車を動かした。見事だ。それを見ていてほっとしたと同時に、こんなオソロシイことは絶対試さないぞ、と固くココロに誓ったのだった。

そして、今朝。
車を出そうとしたら、エンジンがかからない。何度鍵を回してもウンともスンとも言わない。バッテリが上がってしまったわけではなさそうなのに、何故だ…。学校に遅れそうだったので、あせって契約してある路上サービスに電話をしようとしていたら、隣のオジサンが芝刈り機の世話をしながらひょいとこちらを見た。こないだ、電動ノコギリでハイビスカスの繁みをばきばきと刈り込んでいたひとだ。

「すみませんっ、エンジンがかからないんですー。バッテリは上がってないようなんですけど。わかりますか?」
「どれどれ」
わたしのガレージまでやってきて車に乗り込んだ彼は、5秒も立たないうちにエンジンをスタートさせた。
「あのねえ、車はドライブのDにギアを入れておいたらエンジンかかんないんだよ」
へー、知らなかった。

お礼を言って出発したが、いつも静かな生活を送っているオジサンとそのオクサンに、「隣人についての愉しい話題」を提供してしまったのだ、とあとで気がついた。

朝、家を出て3kmほど行ったところで、雨も降っていないのに道路に水がたまっている。迂回路から出てきた車が続々とわたしの通勤路に入ってきているようで、いつもは空いている道をのろのろと進むしかない。暴風雨と竜巻の次は一体何なんだ、とラジオのニュースに耳をかたむけたら、早朝五時ごろなんと近くの下水管が破裂したらしい。
下水の匂いとあふれる汚水で、ひどい所では10cmほど浸水したというのだからたまらない。たとえ水がひいても、床にたまったゴミと汚臭は落とすのにかなり時間がかかるだろう。

パースでは、老朽化した下水設備が問題化している。今回壊れた下水管も1913年に作られたものだから、大変なアンティックだ。二週間ばかり前にも、やはりわたしの家の近くの高速道路に破裂した下水管の水があふれ出て、一時交通が遮断されたばかりである。

学校で同僚たちとその話が出て、「わたしの家は結構近いんだけれど、大丈夫かなあ」とこぼしたら、「あなたんとこは、絶対大丈夫よ。だって、バースウッドの森の裏でしょ?あそこは五十年くらい前まではまだウッソウとした森だったから、ぽつんぽつんとしか家がなかったはず。てことは、まず下水なんか通っていなかったんだから。あそこらへんは、確か戦後よ、下水が通ったのは」だとさ。

damage.jpg今晩は、また大雨だ。月曜日ほどひどくはないが、夕方の道路は水があふれ気をつけてゆっくりと運転していかないと、歩道を歩くひとびとにざんぶと水をかけそうになる。

実は、月曜日の暴風雨は何百万ドルにものぼる被害を及ぼしたのだ。
例によって、朝はバタバタと忙しいわたしはニュースも見ずに車で家を後にした。月曜日は、十一年生の口答試験の日だ。八時半からひとりひとり24人分の日本語インタビューを、わたしと同僚が一組となってテストすることになっていたのだ。
さて、外に出てみるとなんだか道がいつもより混んでいる。しばらく行くと、信号にライトがついていない。停電か、故障か。十字路をやっとのことで通り抜けると、今度はもっと道が混んできた。高速道路とスワン川の上を走る橋が完全に封鎖されている。わたしの学校はこの先にあるので、どうしても渡らなければならない。誘導された左端の道路から抜けて何キロもの遠回りをし、やっと橋から2キロほどの地点でまた同じ道に合流した。

そして、驚いた。

道路わきに植えられた街路樹が、枝をもがれて倒れている。もぎとられた枝が道をふさいでいる。ビデオ屋の屋根がはがれかけている。大きなゴミ箱が横に投げたおされている。まるで台風が通過したような光景だ。付近一帯が完全に停電しているようで、交通信号はどれも光を失い警官が誘導している。
いつもは聞き流しているラジオの交通情報に初めて耳をかたむけた。
何と、わたしの通う高校からほんの1キロほどしか離れていないビクトン小学校は、完全に破壊されてしまったらしい。暴風雨の中、朝六時ごろ小さな竜巻が近辺を荒らしたのだった。
竜巻は、通り道にあるものを破壊するが、圏外のものはそのまま無傷のことが多い。あとから聞いた話では、破壊された小学校の2ブロック先に住んでいた教師の家では、停電だけで被害がなかったと言う。

渋滞と迂回のために、試験があるからといつもより十分ほど早くうちを出たわたしは、いつもより三十分遅く学校に着いた。木々や背の高い繁み、そしてかなり古い建物を持つ学校に、直接竜巻が通らなかったのは幸運だったが、たくさんの生徒が遅刻、そして試験に遅れた上級生もいる。

しかし、あと30秒で試験がスタートという時、うろうろしながら腕時計とニラメッコをしていた同僚は「ああ、よかった」と胸をなでおろし、わたしが竜巻が被害を及ぼした地域で働いていることを知っている友達が二人、携帯に伝言を残していた。