過去ログ(2003年11月20日‐2004年01月13日)


縁なし眼鏡はビン底には使えない 2004年01月13日(火)

  そろそろ眼鏡も新しくしたほうがよいので、丸々と着こんで池袋へ。
普段はコンタクトレンズを使っているが、週末や夜は眼鏡をかけることも多いのだ。必需品だが、買おう買おうと思いながらもつい忘れてしまうもののひとつでもある。

お店のオネエサンにも手伝ってもらって選んだのは、細くて下フレームなしの眼鏡。ところが、ここで処方箋を渡したところから問題が起こった。わたしのレンズの処方だと厚みが3.2mmにもなる「ビン底」になってしまい、フレームがないとかなりレンズの厚さが目立つのだ。これで「超薄型レンズ」である。普通のレンズだと、3.5mmだ。たかがミリメートルだと思うなかれ、店の眼鏡サンプルにはいったレンズはどれもたったの2mmである。
仕方がないので改めて選び直し、ぐるりフレームありのタイプに決めた。

支払いと保険の手続きを待っている間、わたしの眼鏡選びを手伝ってくれたオネエサンはわたしに椅子を勧めてお茶を持ってきてくれたり、無料でついてくるケースを選んでくれたりといたれりつくせりである。こうした細やかなサービスはやっぱり日本だよねえ、と嬉しくなってしまう。

彼女は赤くて細いフレームの眼鏡がとてもよく似合うきれいな女性だったが、ふと周りを見るとスタッフは全員眼鏡をかけている。ひとりの例外もなく、だ。
「ここのスタッフの方たちは皆目が悪いんですか、それとも伊達眼鏡?」と聞いたら、「わたしは正真正銘ド近眼ですが、スタッフの半数はただのガラス眼鏡です。」とのこと。
「まあ、これはユニフォームの付属品のようなものです。時計屋店員の腕時計や、貴金属品店店員のダイヤの指輪みたいって言ってもいいかもしれませんねえ。わたしたちは歩く広告塔ですから。」

なるほどねえ。
確かに、わたしの通っていたフィットネスクラブのスタッフは筋肉モリモリのオニイサンたちだったし、エステのマッサージ嬢もほっそりとした美人ばかりだった。
 


新しい「モノ」に喜怒哀楽 2004年01月12日(月)

  やけにスーツケースが軽いなと思ってはいたのだが、いざ実家に着いて開けてみたら化粧品が全くはいっていない。
しまった。大きな化粧品バッグに基礎化粧品から「化けるための道具」全てはいっていたのに、忘れてきてしまったのだ。バッグに入っていたポーチには、口紅やアイライナーくらいしかない。
基礎化粧品はいくつか母に借りることにしたが、それでも足りないものはかなりある。

「ちょうど大きいのができたばかりだから、いってらっしゃい」との母の言葉に送られて、近くの大手薬局チェーンに出かけた。以前からあったのだが、いきなり4倍ほどの大きさになり、隣のセブンイレブンよりはるかに広い。あまりの広さに、どこに何があるのか把握するのに時間がかかるくらいだ。
そして、洗顔フォームひとつ買うにも、何十種類もあってどれがいいのかさっぱりわからない。これがバンコクやパースだと、ドラッグストアにあるものは結構限られていて、5種類がいいところなのだ。それどころかここには、マスカラも、アイシャドウも、頬紅も、シャンプーも、コンディショナーもなんだかめまいがするほど沢山ある。
パースでは見つけるのに苦労するアイブロウペンシルなんぞ、数えたらブランドだけで12種類もあった。多民族国家であるオーストラリアにこんなに沢山の色がないのに、基本的には黒髪黒目だけの日本のほうがはるかに色の種類が豊富というのもおもしろい。

小一時間もそこでウロウロしていたら、疲れてしまった。

ビジネス出張で2ヶ月に一度は帰国していたころと違い、このごろでは帰るたびに新しいモノが増えていてとまどうことが多い。日本を離れたのはわたしなのに、帰国するたびにまるで外国に取り残されていたような思いを味わうのはこんなときだ。
こんなに沢山のモノに囲まれていたら、わたしは毎日ショッピングをし、毎日色々なモノを試し、毎日ありとあらゆる雑誌をナナメ読みし、毎日テレビにかじりついていることだろう。いやいや、それでは24時間なんだか「暇つぶし」以外できなくなるかもしれない。
日本にいるひとたちは、こうした次から次へと現れる「新しいモノ」あるいは「新しい情報」を、どうやって自分の基本的日常を脅かさずに利用しているのだろうか、とふと考えてしまった。
 


鏡開きのお汁粉 2004年01月11日(日)

  「今日は鏡開きだからね」と母に言われて、朝からぐつぐつと鍋の中で音を立てているものが小豆だとわかった。
実家では、11日の鏡開きには必ずお汁粉である。母の作るお汁粉は、「アンコ」と「甘味処で食べるお汁粉」のちょうど真ん中くらい、つまり匙ですくうとボタボタと落ちるが、サラサラとかきこめないほどにまったりしている。

それをタッパ―に詰めて、母とともに下町に住む伯母の家に行った。
伯母は内臓は元気なのだが、足腰が悪くなったので杖なしでは歩けない。隣近所は下町気質、そんな伯母の世話を何かと焼く「気のいいオセッカイ」たちの集まりでもある。母が「一緒に住もうよ」と言っても首を縦にふらないのは、伯母にとってこのオセッカイな近所のひとたちとの生活が気楽だということでもある。

「**ちゃん(わたしの母のこと)、あなたのお汁粉はずいぶん汁気が少ないよねえ」という伯母の言葉に、「ふん」と返すのは10歳の女の子のように口をとんがらせた母だ。「いや、美味しいわよ、もちろん」と伯母は言う。
全くイイ歳をしてまたかい、とわたしは天をあおぐが、まあこんな軽い気障りは長く尾をひかないものだ。

この気の強い長女の伯母とこれまた同じような性格の三女の母は、70を過ぎても口喧嘩をしてはわたしに国際電話をかけてくる。両方の電話で悪口を聞けば何が起こったかだいたいわかるので、いつも「まあまあ」となだめる役はわたしなのだ。
お神酒徳利のように仲がいいのだが、それだけに言いたいことを何でも言ってしまうのだから、やっかいこの上ない。

寝違えたようで胃の横のスジが痛かった伯母は、自分で這った湿布シートの位置が悪かったらしく、しきりに顔をしかめている。それを見た母は、ふくれっつらを治して「どれ、オネエチャン、見てあげるからあっちの部屋に行こう」と言って隣の部屋のふすまを閉めた。
しばらくしたら母がいきなり笑い出す。ふすまを開けると、母は畳を叩いての大笑いだ。伯母は「失礼ねっ」と言いながらも、自分でも吹きだしている。

湿布シートがつっぱっていたのにはわけがあったのだ。
以前は「ふくよか」だった部分は、もちろん伯母の歳では弾力を失って「ひらひら」している。それをろくに「持ち上げもせずに」貼ってしまったシートは、その一部をとらえて胃の横に一緒に貼りつけてしまったのだ。そりゃあ、身体を動かすたびに胸のあたりが痛いのも、もっともだ。

まあ涙を流すほど笑い転げるというのも、健康にはいいかもしれない。それに、さっきは険悪な雰囲気だった二人がもう手を取り合ってゲラゲラと笑っているのだから、いい気なもんである。
そんなふたりを眺めながら、わたしはもう一杯お汁粉を食べようとコタツから抜け出した。
 


「免税品」の中の「非売品」 2004年01月08日(木)

  タイ人は、子供が大好きだ。
だから、バンコクのレストランで、客の子供をあやしたり抱き上げたりするウェイトレスをよく見るが、飛行機の中では初めてだった。

「免税品はいかがですか?」は、食事が終わったころにやってくるワゴンサービスだ。酒、煙草、香水など一通りの品物はそろっているから、買い忘れたものがあるときなどに便利である。
今日はそんなワゴンが通路をやってきたとき、回りから笑い声が上がったのでふと顔を上げると、ワゴンの上に6ヶ月くらいの赤ん坊がちょこんと乗せられているえではないか。青い目にふわふわの金髪、ベビー服を着て、勇ましくワゴンの「船」を操縦しているといったふうである。
免税品販売の搭乗員が、前方の席にいた子をあやしながら連れてきてしまったらしい。人見知りをするでもなくおとなしく座っているものだから、よけいひとびとの笑いを誘っていた。

「このてっぺんにいるのは売り物ではございません。借り物でございます。でもワゴンにある他のものは全て売り物、しかも免税です。」タイ人搭乗員もすましたものだ。

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いくら乾期で涼しいとはいえ、午前中29度まで上がるバンコクからいきなり3度の成田に着いたら、顔の皮膚がばりばりと音を立てそうである。
当たり前ながら、寒いなあ。
 


どんどん失敗しよう 2004年01月07日(水)

  このところ、こちらバンコクのコンピュータまで調子が悪いので、オフィスの英語コンピュータを使っている。Windows2000だから日本語が使えるようにできるのだが、めんどくさくて操作を怠っているので、かろうじてネット上で読めるだけだ。
そんな環境でこれから日本に行くので、ラプトップなんかを衝動買いしそうな気もする。

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今朝の新聞を読んでいたら、ボニー・ハントという女優さんの話が載っていた。
日本ではあまり知られていないかもしれないが、ブロンドのふっくらした女性で、ロビン・ウィリアムスと「ジュマンジ」で共演したこともある。最近では、監督業にも手を出しているらしい。若いとき初めて映画「レインマン」でウェイトレス役を射止めたときには、まだ看護婦が本業だった。そして、そのウェイトレス役のあとにも、またシカゴの病院の癌病棟に戻り患者の世話をしていたという。
まだ女優業に本格的に取り組むには、自信がなかったのだろう。「ロスに行ったって、失敗するのが目に見えているし、わたしには看護婦が似合っているのかも」と患者さんにもらした。患者は咽喉癌で入院中、ため息をつく彼女にこう言った。

「失敗ですって? いいじゃない、行って失敗してらっしゃい。好きなだけ失敗しなさい。一生失敗したっていいじゃない。わたしは、もうすぐ死ぬのよ。もっといろんなことを試して失敗できる時間があったらいいなって本当に思うわ。だから行きなさい。失敗する失敗するって、試してもみずにただ恐れながら長い人生を送るなんて、バカバカしいわ。」
ボニー・ハントは看護婦をやめ、ロスに出てきて女優となった。

わたしが本格的に人生の方向転換を考えたのは、一生家族のために働いて定年になり、大学の公開講座に通うのが楽しみだった父の余生が癌に奪われたときである。そのとき会社を共同経営する「ビジネスコンサルタント」だった肩書きは、3年後に「高校教師」に変わっている。もう待つのはよそう、と思ったからだ。
今もバンコクの仕事には細々とかかわるが、収入はガクンと減り、そして気分だけはずっと楽になった。
 


ホテルラウンジはカラオケバーじゃない 2003年12月29日(月)

  クリスマスにホテルディナーを楽しんだことは「垂涎の日々」に書いたが、このホテルは実は洗練されたジャズを聞かせるラウンジがあることでも有名である。
それまでブラウン・シュガー、オリエンタルホテル内バンブー・バーなど限られた場所でしかお目にかかれなかった海外からのアーティストを常駐させたことで、駐在外国人の間で注目を浴び、静かにしかし急速に名が広まった。

ディナーの晩も、誰でも知るクリスマス・ソングのアレンジから、スムーズジャズと一般的に呼ばれる静かでムーディな曲の数々に、手を取り合ってダンスを始める西洋人のカップルも多い。そして時がたつにつれて家族連れは姿を消し、常連も交えたおおかたの大人たちは、食後酒のブランデーグラスを片手にライブを楽しんでいる。
11時からは、飲み物だけの客を迎えるラウンジに戻ったのだ。

そしてそこに唐突に現れ、わたしたちの隣のテーブルにどすんと腰をおろしたのは、中年の日本人男性ふたりだ。ポロシャツにスラックス姿だから、観光客なのかもしれない。それだけで、西洋人ディナー客の正装姿の中では大変目立つ。
ひとりはおとなしそうだが、大柄で脂ぎった顔を光らせたもうひとりはかなり酔っていたと見え、話声もかなり大きい。それだけならまだしも、その「テカテカ親父」は素足に履いていたスリッパ風の靴を脱ぎ、となりの椅子に両足を乗せてくつろぎだしたのだ。まるで自宅でちゃぶ台の下に足を投げ出している、というふうである。
そして、彼の足先はステージに向けられている。足を向けるということは、タイでは大変失礼な態度なのだ。まあ、日本でもひとに汚い裸足を向けて座るということ自体無礼なのだろうが、彼にとって日本以外の国ではどこでも恥はかきすてるものであるらしい。

「なんだか飲む場所を間違えていないか、隣のひとたち」という友達の言葉に、わたしが自分のことのように恥じたのは言うまでもない。

それはラウンジのスタッフにとっても同じだったと見え、しばらくすると「エクスキューズミー」の言葉と共に、彼の足の下から椅子をすっと抜きとって離れた場所に持っていってしまった。
わたしたちは溜飲を下げてにんまりと顔を見合わせたが、この「テカテカ親父」はホテルスタッフの無言の非難に全く気づいていないようで、またもや反対側の椅子を「足で」引き寄せた。すると、今度は10秒もしないうちに同じスタッフが飛んできて、また「エクスキューズミー」である。
わたしたちはもう笑いをこらえるのに必死だったが、「テカテカ親父」は懲りずに他の椅子を探している。ようやく気づいた彼の連れが耳打ちをしたおかげで、やっと事の次第が飲み込めたらしい。

そりゃあバンコクの西洋人の中にだって、不遜な酔っ払いがゴマンといる。しかし、彼らはどこでそうした振る舞いをしても許されるか、ちゃんとわきまえていることが多い。だから、正装したひとびとが食後酒を楽しんでいるホテルラウンジに乱入することは、まずない。素足を椅子に投げ出すような無礼も見せない。そうした場所に来る場合には、ジャケットが必要かどうか事前にチェックさえする。

こういうホテルにすっと入ってくるからには、泊まっているのか或いは以前来たことがあるからだろうが、旅館で宴会のあとにカラオケにやってくるような態度はやめてほしいなあ、とつくづく思った。

<お知らせ>
「垂涎の日々」にふたつのコラムをアップしました。目次からお入りください。
 


ナマケモノの復活 2003年12月28日(日)

  パースのコンピュータがクラッシュしてからというもの、あまりネットにはいることもなく暮らしている。
バンコクに着いてみたら、今度はこちらのコンピュータのシステムがかんばしくないのもそれに拍車をかけた。さらに、デジカメの画像転送用コードを忘れてきて、すっかり日記の更新意欲をそがれた形になっている。

ところが何故久しぶりに書く気になったかというと、これは年末雑用が多いせいなのだ。
わたしはどうしようもないナマケモノである。やりたいなあ、と思うもの以外、すぐに手をつけることはしない。やらないで済むものは、できるだけ遠ざける。考えないようにする。どうしてもやらなければならないものは、尻に火がつくまで待つ。
学校で教えているときには年中その「火」がついているようなものだから、バタバタと忙しく走り回っているが、バンコクに帰ってくればそうでもない。
やることは沢山あるのだが、これはわたしの秘書が「良心の権化」のごとくつっついてくれるので、その度に腰を上げれば済むことだ。
しかしその腰も上げたくないときには、難しい顔をしてキイを叩く。マウスだけ動かしていると、「ああ、またネットに入ってアソんでいるなっ」と思われるが、キイを叩いていればもっと生産的な作業に取り組んでいるように見えるからだ。

そんなわけで、学期中に全く手をつけられなかった日本語教育リソースサイトを整理し、日記もまたつけ始めることにした。しかし、こちらにあるデジカメとどうも相性が悪いらしいので、当分は画像なし。
 


学校は、今年最後の日 2003年12月18日(木)

  子どもたちは昨日で授業を終了、しかしカワイソウな教師はここ2ー3日「暮れの大掃除」に追われている。
書類を片づけたり、電話をかけたり、いろいろな用事でオフィスをめぐったり、いやはや忙しいもんである。今日は最後の日だが、まだまだ片づけなければならない雑用がたくさん。その間には教師の間で小さなプレゼントが飛び交ったり、おしゃべりもしなければならず、社交にも忙しい。

バンコクへのフライトが明日の昼すぎだと思い込んでいたわたしは、もう一度読み返してそれが今晩遅くの朝2時近くだとわかり、パニック状態。
これから学校でまだ片づけを続け、10時には車に飛び乗って家に帰り、ゆきちゃんをつかんでケージにほうり込み、猫ホテルに連れていかねばならない。猫ホテルのチェックインは11時から2時までなのだ。
それからまた学校に戻り、片づけを終え、昼は学校のスタッフでランチ会食が待っている。

お土産も買わねばならない。スーツケースなんかまだ物置だ。こんなことをしている暇はないのだ。

明日はバンコクから。やっと自分のコンピュータを使って更新できる。
 


クラッシュしたらしい 2003年12月16日(火)

  たった2時間ほど席をはずして、ゴハンを作ったり食べたりしたあと、戻ってみると白黒画面になっていた。
クラッシュしたのだ。
どのドライブも読み込めなくなっている。

2週間ほど前にファイル類だけはすべてバックアップを取ってあったが、その後のものは果たして救えるのかどうかもわからない。修理の連絡先までコンピュータの中にあったものだから、いくつか電話をかけて探し出すのにエラク手間がかかった。
情報元をコンピュータだけに押し込んでおくと、こんな事態になったときに困る。

さて寝るか、と寝室にはいって電気をつけたとたん、電球が音をたてて切れた。このアパートは古い工場を改造してあるため、天井がやたら高い。実は160cmしかないわたしには、いすに乗ろうが梯子をかけようが届かないのだ。
いつもそういうときに助けてくれる友達は、外国に転勤中である。

そしてぐっすり寝たら、今度は夢を見た。
高層ビルのてっぺん近くの窓のサンにわたしの足が乗っている。そしてそんな場所にいるにもかかわらず、なんと靴ヒモを結ぼうとしているのだ。これは絶対夢なんだとわかっているというのも、おかしい。
しかし、焦れば焦るほど靴の紐が結べない。びっしょりと汗をかいて、目が覚めた。

朝には7時半にコンピュータを修理に届け、その足で学校に行ったが、せめてこれ以上何も起こらないようにとビクビクものである。

そんなわけで、明日もこんな変な時間にツラツラと書いているかもしれないが、画像はお休み。
 


自己流さっぱりクスクス 2003年12月15日(月)

  21,071 byte昨日タブーリを買ったときから、なんとなくクスクスが食べたくなった。そういえばどこかにあったな、とごそごそ探したら、冷凍庫の隅に隠れていた。

わたしがクスクスを初めて食べたのは、パリにいたときだ。もちろんモロッコ料理の店である。、ラム肉の煮込みと一緒に出てきたそれを「こりゃあ、アワかなヒエかな」と思ったら、実はパスタの一種だというので驚いた。
オリーブオイルやバターと塩コショウだけで簡単な付け合せにもなるが、わたしはバターをいれるのがあまり好きではないので、今日は刻んだバジルとオーブンでローストしたトマトを混ぜてみる。新鮮なバジルはもちろんパティオからむしりとってきたもの。ローマトマトはニンニクと一緒にローストすると香ばしく、また酸味が強くなって美味しい。
これに、バルサミコ酢、シェリー酒、蜂蜜、粒マスタードなどのソースをさっとからめた鳥の胸肉グリルを添える。
エキゾチックな風味のモロッコ料理とは違い、こんなさっぱりしたクスクスもちょっと一味変わっていて楽しい。
 


休肝日のショッピングでグッタリ 2003年12月14日(日)

  23,662 byte金曜日は友達が来たし、土曜日はオヨバレしたりと、2日連チャンではさすがに今日は休肝日である。そう言えば、この日記も二日分休んでしまった。

お昼に飲茶はどう、とお誘いが来たが、どうも胃が疲れているようなのでお断りする。その代わり、飲茶一行は午後の珈琲に訪ねてきた。飲茶を供するような中華料理屋は、わたしのアパートからそれほど遠くない繁華街に密集しているのだ。
珈琲を飲みながらしばしおしゃべりをしているときに、ショッピングに行かないの、と聞かれて、今日はクリスマス前の日曜日なのでほとんどの店が10時から5時まで開いていることを思い出した。あまりにも人が多いので、この時期のショッピングはあまり気が進まない。
ショッピングセンターは案の定、駐車する場所が見つからないくらいの混みようである。いや、この熱気に背中を押されてなんだかいらないものまで買ってしまうのが、この時期の心理なのかもしれない。

いつも見ていた大理石の調理台が安くなっている。
台の部分だけが大理石、その他は木で出来ている引き出し付きテーブルだ。大理石はいつも冷たくて、ものをこねたり切ったりするのに最適なのだが、いかにせんこんなデカイテーブルを置くキッチンなんか持っていないので、もちろん断念。

お土産だけを買うつもりが、結局はぶらぶらと歩き回ってぐったりと疲れてしまった。
近くの中近東料理の店で、豆のスープとタブーリを包んでもらう。
豆のスープはトマト味でお腹に優しい。タブーリというのは、パセリがメインの中近東風サラダだ。初めて食べたのはバンコクのエジプト料理店だったが、こんなに沢山パセリを食べると1週間分くらいビタミンCを摂ったような気分になる。パセリに、トマト、タマネギ、レモン、クスクスなどを加えてあり、シンプルだがスープやケバブなどの肉料理にもよく合う。
 


避難訓練に「欠席」の生徒たち 2003年12月11日(木)

  12,475 byte性懲りもなく避難訓練。
先学期の訓練は、にわか雨が降ってきたおかげで大混乱になってしまったが、今度は慎重にコトを進めているらしい・・・と思ったら、そうでもない。
このクソ暑い時期に、なんで4時間目(12時5分からの授業)なんだ。炎天下で長時間さらされたら皮膚がんを発症するかもしれない、と連日ラジオでも言っているではないか。南極に近いオーストラリアの紫外線の強さは、日本の比ではないのだ。
そんなわけで、シミも心配な日本語のセンセイは、ぶつぶつ言いながらSP60の日焼け止めを塗り、サングラスを携えて待機していた。

さて4時間目になると8年生から10年生まで(11、12年生はすでに授業がない)約1000名が運動場に即集結、各ホームルーム(日本と違い、8年生から12年生まで、5-6人づつの混合クラス)のグループごとにセンセイが出欠をとる。そして案の定、わたしのホームルームのクラスでは10年生の悪ガキが一人足りない。欠席扱いにして、他の教師たちとともに副校長に出欠表を届ける。
他のホームルームのグループにいる日本語クラスの生徒が声をかけてきた。「センセイのとこのグループ、誰が焼け死んだのー?」なるほど。そりゃあ欠席の生徒は「ホンバン」では大変なことになっているかもしれないのだ。

まあ、生徒たちにとっては授業がないだけありがたいらしく、おしゃべりをしたり木陰に座って木の実を投げて遊んだりしている。わたしのほうにも飛んでくるのでオソロシイ顔で睨んでやったが、効果なし。それどころか、しばらくしてやけにバッグが重いなあと思ったら、なんと小枝がどっさりはいっていた。やったな、悪ガキ。

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日中の一番暑い時間に外で過ごしたおかげで、夕方からどっと疲れて頭痛が始まった。こういうときは肉なんか食べたくないので、いつも行く魚屋で生牡蠣を買ってきた。
ミリン、醤油、酒、ライムにほんの少しチリペーストとゴマを加えてソースを作り、上からたらりとかける。レモンだけ絞って食べるのもきりっとしていて美味しいのだが、こんなアジア風のソースも優しい味と香りで楽しい。
 


帽子をとりたくない「キュウリ」少年 2003年12月10日(水)

  16,574 byte今日5時間目の授業は9年生のクラスだ。
授業を始めるときには、教室の外で一応簡単に並ばせ静かに入るようにさせているのだが、わたしが入り口から顔をだしたとたん、ひとりの男子生徒が「せんせいっ」と必死の面持ちで駆け寄ってきた。
そしてまるで誰にも聞かせたくないように、わたしにビッタリと張り付き小声でもにゃもにゃと話す。「何て言ってるのか聞こえないでしょうが」と言うと、「せんせいっ、今日ボクは帽子を取りたくないんですっ」と回りを気にしながら、わたしに覆いかぶさるようにして話す。(14歳にして、パンプス込み167cmくらいのわたしよりアタマ一個大きいのだ。)
このくらいの年の男の子たちはよく野球帽をかぶっているのだが、礼儀として教室の中では必ずとるようにさせている。そのことを話しているらしいのだが、どうもよくわからない。「だから、なんで?」と聞いたら、「じゃ見てよっ、これでも帽子とれって言うの、せんせいっ。」
帽子をすばやくとったら、その下から現れたのはなんとほとんど坊主刈り頭。「夏だからって、こんなに短くされちゃったんだけど、変だし恥ずかしくって誰にもみられたくなーいっ」とまた必死の面持ち。頭が小さくてニキビ顔が細長いので、まるでキュウリである。かわいそうだが、ぶっと吹き出してしまった。「ほらー、せんせいだって笑うじゃないかー」「笑ってないってば、微笑んだだけっ」と言いながらも、また鼻がぴくぴくしてしまう。
いかん。
またしてもイタイケな子供を傷つけてしまうと思ったが、「キュウリ」に真剣な顔をされてもなあ。

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明日の授業の準備をしている間にできるものと言えば、結局全てオーブンに放り込んでおくモノグサ料理。今晩は、豚フィレ肉にオリーブオイル、チリ、タイム、ショウガ、香菜の茎、ライムのマリネ液をたっぷりすりこみ、ジャガイモ、ニンジン、セロリにも一緒にローストする。
これに、今日買ったサワーブレッドを添えて、ついでに赤ワインも一杯だけ。
 


言葉ゲームで楽しい授業に 2003年12月08日(月)

  19,533 byte今朝は7時半に学校に着き、10年生成績表のインプットを終えた。バンザイ。

これで今学期も残すところ、あと2週間となった。成績表がすでに決定してコンピュータに入力されたことは子供たちも知っているので、もうやる気があまりないようだ。こういうときは無理に新しい文型など教えても大してアタマにはいらないので、言葉ゲームに切り替える。ゲームはダイスキなんだよねえ。

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学校の帰りに旅行会社でタイ行きチケットを受け取り、ついでに近くのギリシャ系魚屋に寄った。
ここは20世紀初頭から営業しているという老舗なのだが、整然と並べられた食欲をソソル清潔な魚の群れはさすがに少々高い。わたしのよく行く中華系魚屋のひなびた雰囲気とは大違いである。
どうしようかなあ、と思ったが、メカジキが新鮮だよと言われたので大きな切り身をひとつ購入。ちょっと脂っこいので、これにモロッコ風のスパイス(ホットパプリカ、クーミン、にんにく)に刻んだ香菜、パセリ、レモンの絞り汁を加え、魚を30分ほど漬け込む。こうすると、魚の身がしまるし脂が気にならなくなるのだ。
フライパンの強火で焼いたこのメカジキに、昨日のマーケットで買った新鮮なアスパラをゆでて添える。もう一度レモンを上から絞るとクーミンの香りがたちのぼり、わたしの食欲もそろりと出てきた。
 


礼儀正しい15歳にビックリ 2003年12月07日(日)

  15,780 byte先週月曜日から金曜日まで、わたしのところに私立男子校からの「勤務経験」実習生Jが来た。10年生(15歳)ともなると、こうした実習を選択することができるのだ。

わたしのクラスからも、先学期のこうした実習で1週間欠席した生徒がいる。勤務地は、レストラン、水道屋から企業のオフィスにいたるまで、多種多様だ。
しかし、公立高校にアシスタントとして来る生徒は珍しいと思ったら、彼は何年か日本で過ごしたことがあり、日本語がかなり出来るのだ。8年生のときにはこの学校にいたのだが、9年生から私立男子校に移ったということも受け入れを助けたのだろう。
仕事は簡単なコピー取りから、書類の整理、そして教室での8,9年生の補助などだが、なかなかきちんと仕事もするし、実に礼儀正しい。これには驚いた。
英語だろうが日本語だろうが、公立学校では挨拶もお礼もきちんと言えない子供たちが多い。Pleaseなんて、生まれてからまだ1度も使ったことがないんじゃないかと勘ぐりたくなるくらいだ。一体わたしは、日本語を教えているのか一般常識を教えているのか。
そんなところで、いきなり爽やかに「おはようございます」から始まって、「お先に失礼します、さようなら」までお辞儀とともに言われちゃって、わたしは目頭がアツクなる思いをしたのだった。

さきほど教師仲間の友達から電話があったのでその話をしたら、「あったりまえじゃんっ」と電話口で叫ばれてしまった。彼女はコネを使って、今学期から晴れて郊外私立校のパートタイム教師になったばかりである。しかし去年は、わたしと偶然同じ公立高で仏語教師として働き、あまりに荒れた教室にいきなり泣き出したりと精神的に不安定になったこともあるひとだ。
「私立と公立の違いはね、生徒の品性にあるのよ。だって、高い学費出して入れてもらうんだから、誇りを持って品行方正になってもらわないとね。学校の沽券にかかわるでしょ。それに親だって必死よ。退学処分にでもなってみぃ、あーた、いいとこの私立校にはもう金輪際受け入れてもらえんわよ。」
うーむ、そうなのか。
年間ひとり150万円以上払える家庭以外は、子供に一般常識さえ与えられないということか。しかしイギリスといい、ここオーストラリアといい、公立校と私立校の差はこんなところでも深まるばかりだ。

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オーブン料理でも、と思っていたのだが、ずっとコンピュータに向かっていたツケがきたのか、ひどい頭痛でとてもじゃないがサッサと動けない。階段を降りただけでもビンビンとこめかみに響き、薬を飲んでもあまり気分がよくならない。

こういうときは、またもや「麺」か。
暑さもあまりおさまらないので、こないだの残りの蕎麦をゆで、簡単に具を色々のせた。が、ずるずるとすすってみたらまたもやビビーンと頭が締め付けられる。蕎麦なんぞ、盛大にすすらなければ美味しくないじゃないか。
そんなわけで、蕎麦さえ半分ほど残し、今晩はゆっくりと頭を休めることに。

<お知らせ>
「垂涎の日々」に「カツオ節を削る祖母」を追加しました。食に関する小さな小さなコラムですが、「考えるひと」伴真伊さんの主催する隔週メイルマガジン「AVANCE!」に寄稿しているものです。ご購読はこちらから。
 


朝4時半に宴会の続き 2003年12月06日(土)

  17,501 byte朝、ひとの怒鳴る声で目が覚めた。時計を見たら、なんと4時半である。サマータイムのない西オーストラリアの夏は日が長いので、こんな時間でももう明るい。

しばらくしたら、怒鳴っているのではないことがわかった。また例の隣人なのだ。どうもクラブ帰りに友達を誘って、またもやバルコニーで宴会の続きをやっているらしい。まあ土曜日の朝(というよりまだ夜中)なので、後で昼寝をしてもいいやと思い、音楽をつけて本を読んでいたら6時半ごろに静かになった。やっと寝たらしい。ぐっすり寝込んだころを見計らってあちらの寝室に面したドアを開けっぱらい、大音量の音楽でも流してやろうかと思ったが、あまりにオトナゲナイのでやめた。

来年になったら、本格的に引越しを考えよう。
安い家賃の土地にいるので、すこし中心部からはずれれば庭付き一戸建てでもこのアパートぐらいの家賃だ。セキュリティのしっかりしたアパートは安心なのだが、繁華街近くというのは繁華街に飲みに行くことの多いひとたちが住むところらしい。いや、わたしだって飲みに行ったりひとを呼んだりするのは好きなのだが、隣人のバカ娘たちのように毎日飲んで騒いでいるわけにもいかない。
それに歩いて10分でパブやらクラブやらがあると言っても、夜遅くなればやはり歩いて帰るのは怖いのでタクシーを使ってしまう。わたしが人目を引く美女だからではなく、繁華街をはずれるといきなりしんとした住宅地になってしまうからだ。

東京の実家に里帰りすると、わたしが夜出かけるたびにアタマの上に降ってくる母の言葉がある。「遅くなるとコワイひとがたくさんいるから、早く帰ってらっしゃいね。」これだけはわたしが20歳のころから変わらない。
そして、コワイひとがいるんじゃないかと勘ぐりたくなるほど、パース繁華街近くの住宅街は暗くひっそりとしている。

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午後になってから洗濯、そして掃除機を手に走り回っていたら、4時になってしまった。買出しに行くのを忘れた。
掃除機を放り出して車に飛び込み近くのスーパーに駆け込むが、果たして野菜類がほとんどなくなっている。明日ファーマーズマーケットに行ってもいいのだが、とりあえずベトナム食品店に行きレモングラス、香菜、中華小松菜を買う。
鶏の胸肉を解凍し、レモングラス、香菜の根、チリ、レモン、しょうがと檸檬醤(レモン味のどろっとした甘醤油)に漬け込んでから、グリルの鉄板で焼いた。レモングラスは鶏肉などの軽い肉に効かせると、さわやかな香りと味で美味しい。これに中華小松菜をさっと炒めてそえる。黄色い小さな花が真ん中に咲いていたのだが、炒めたらどこかにいってしまったらしい。
 


豪州版「成績のつけかた」 2003年12月05日(金)

  17,925 byteここ数日「採点話」ばかりなのだが、仕方がない。だって、食べているときと授業しているときと寝ているとき以外は、それしかしていないのだから。

今朝学校に着いたのが7時半、「さあ」とコンピュータに向かって成績表インプット開始。これが結構時間がかかるのだ。
成績自体はすでに出してあるので、順に「書く」「読んで理解する」「聞いて話す」の三つの項目に「サイコウにすんばらしいわっ」「とても満足だわっ」「満足してるわよっ」「一応がんばってるみたいねっ」「全然がんばってないじゃんっ」と記入すればよいだけなのだが、これにコメントなんてものもつけなければならない。
コメントはほとんどが1行から2行の文章で、それぞれ番号がついている。だからプリントアウトしたそのコメント表を見ながら、「まあ、コイツにはこのコメントかな」と番号をインプットするのだ。その文に付け足したり修正したい場合は、直接入力してもよい。
最初に成績を入力してからそのコメントにとりかかったが、いやめんどくさいものである。出来る子たちは簡単だ。褒め言葉が沢山あるから、そこから選べばよい。しかし、出来ない子となると、千差万別である。授業中ウルサイやつから、一応やっているのに分からない子、おしゃべりが多いけれどもやれば出来る子、などなど選んでいたら結構時間がかかってしまうので、大まかなところだけ選んで後は個別に自分で書いたほうが早い。

非常勤教師をつけてもらったといっても、ずうううっとオフィスでコンピュータに向かっていればいいわけではない。昼休みには、「せんせいっ、どうしても追試してください。だってボクこないだの聞き取り試験やってないんですっ」という殊勝な子が来れば、例のカンニングのせいで追試になった子供たちも来る。
非常勤のセンセイに時間を間違えて教えちゃったオフィスのひとも出てくる。8年生の子供が3時間目が15分ほど過ぎたあたりでオフィスに来た。「センセイ、誰もいないので皆騒いでますけど」。げ、なんてことだ。急いで走っていくと、わたしの姿を見たら「きたぞっ」という声が聞こえる。ばかめ、1時間遊べると思ったらオオマチガイっ、とさっそくぜえぜえはあはあとしながらも授業開始。後で間違えた張本人から謝罪を受けるが、まあ気分転換ということで。

その後もずっとコンピュータに向かって、「やれば出来るのに、おしゃべりが多すぎて集中力がない」とか「この科目に興味がないことは明らかで、態度を改めないかぎり成績の向上は望めない」だののコメントにげんなりしながらも、ひたすら働く。
4時になったら、もう目がかすんできた。これでは間違いをする恐れもあるので、キリのいいところでやーめた。

自宅でメモできるものはメモして、月曜日の朝早めに行くことにした。
そりゃあ今日全部仕上げられれば嬉しかったのだが、まあいいや、今日だけは仕事をしないでいいのだから、と諦める。

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5月末だったと思うのだが、この日記を始めたばかりのときにマルメロの実をもらったことがある。3つばかりもらってもなあ、と思ったが一応ペーストを作って冷蔵庫で保存しておいた。
ちょうどタスマニア産ダブルクリームのブリーがあったので、厚切りにしてマルメロペーストとともにうすいクラッカーの上にちょんとのせる。ねっとりとしたダブルクリームのチーズは、甘いマルメロペーストと実によく合う。
こういうスナックさえあれば、週末の白ワインがゆっくり飲めるものだ。
 


最後の追い込み 2003年12月04日(木)

  22,358 byte高等部の11年生12年生は試験が終わってすでに学校にはいない。
つまりその下の中等部8年生から10年生までの採点をしているわけなのだが、こんなものすごい量の採点をしながら、皆他の教師も授業しているのかと舌を巻いていたらオオマチガイ。
実際には、わたしのように中等部だけを受け持っているひとは少なく、ましてその中で10クラスも持っているのは学校の中ではわたしだけらしい。つまりここ2週間のうちにテストを行い採点し、そしてその成績を全てコメント付きで今週以内にコンピュータにインプットする教師の中では、わたしの量はずば抜けて多い。すでにここにも書いたが、わたしは1000枚以上の答案をここ2週間で採点しているのだ。
それに気づいたもうひとりの日本語教師が、明日のわたしの授業に非常勤教師をつけるよう掛け合ってくれた。

そんなわけで、明日1日で256人のデータとコメントを授業なしでインプットできる。読書用眼鏡を普段は学校には持っていかないのだが、明日は必要になりそうだ。

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今日は学校をでたのが、警報機がオンになる寸前の5時50分。学校の近くの日本料理弁当屋で、チキン照り焼き弁当を購入して帰宅。学期末に10年生の授業で、弁当の出前を頼むのもここだ。日本人の夫婦のやっている店だが、わたしが教育実習をしていた3年前から今まで、何回も注文したことがある。それ以来学校はいくつも変わったが、日本人の教師は少ないので覚えられるのも早い。
 


カンニング見っけ 2003年12月03日(水)

  12,073 byte昨日もひたすら採点していたら、こりゃ間違いなくカンニングという答案を見つけてしまった。
「偶然」近くに座っていた8年生4人の答案が「偶然」全く同じ文章で、しかも間違った答えも「偶然」同じであり、おまけにスペルミスまで「偶然」同じ箇所なのだ。いや、これだけ偶然が重なってくれると、いかにわたしが甘いと言っても限度がある。
それも4人のうちひとりはほとんどいつも満点の優等生、そしてあとの3人はどの科目も落第寸前のいわゆる「出来ない子たち」だ。

全員呼んで諭したが、皆それでも頑として認めない。それでは全員追試と言い渡したら、優等生が泣き出した。見せたほうも同罪なのだが、あとの3人が「いや彼女は追試しなくてもいいひとなんです」と事実上カンニングを認めた。「どうして彼女はしなくていいの?」と聞いたら、ぐっと詰まってしまう。わたしに言われるまで認めちゃったことに気づかないのだから困ったもんだ。ここで折れると今後のためにならないので追試は行うが、一応答案を皆に見せた優等生に気遣いを見せるあたり、かわいいなあとも思ってしまう。
それにしても文章くらい少し変えて書いたり、どこか少し自分自身のミスをいれたりするくらいの知恵が働かないものなのだろうか。文章には癖というものがあるから、そのままただコピーしたらすぐにわかってしまうのに。

もうひとりの日本語教師にその話をしたら、「そこまでアタマが回るくらいだったら、落第寸前にまで行かないって。」それもそうだ。

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この季節は、高校教師などと一緒に住むようなひとたちにもツライらしい。
同僚のご主人は、学年末の2週間ほど果てしなく続く「ぱらりん、しゅわっち」という紙(=答案)をめくる音と、サラサラと絶え間なく動く赤ペンの音に、「ボクはノイローゼになりそうだっ。その音が聞こえ出すと気が狂いそうだっ。」と叫びだすとか。

忙しいのはわたしも同じなので、今日はベトナム食品店で野菜の生春巻きとスパイスいりさつま揚げを買う。生春巻きは野菜だけでもあっさりとして美味しい。
 


まだまだ続くよ採点が 2003年12月01日(月)

  16,531 byteかなり目を酷使していたようで、ここ3日ほど夜になると視界がぼやけてくる。読書用メガネなんぞ普段は使ったこともないのだが、使わないと頭が痛くなるくらいだ。
まだ残っている採点を片づけないことには、成績表のインプットができない。そしてそのコンピュータへのインプットは今週の金曜日までである。
まったくもう、泣きたくなるくらいの量だ。256人分、各4種類のテスト(読む、書く、聞く、話す)があり、まだ半分以上赤ペンが入っていない。数学やら科学などの科目と違い、外国語はたった1つのテストで成績をつけるわけにいかないのだ。

ぶつぶつとここで文句をタレる以外は、黙々とひたすら赤ペンを走らせる。週末から今日月曜日にかけて、実は赤サインペンを1本使い切った。

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料理などしたくもないが、お腹だけはすく。
冷蔵庫を開けて残りものの野菜をひっつかみ、冷凍庫からは鶏肉をひきずりおろし、レモングラス、中華味噌、チリ、ショウガ、そして香菜を加えてさっぱりと酸っぱいソースであえる。レモングラスを加えると、味がいきなりタイ風になるから不思議だ。あとは中華鍋でざくざくと炒めて終わり。ご飯は軽いタイ米を炊き、食べきれない半分は冷凍庫へ。
 


長時間の採点に目がしょぼしょぼ 2003年11月30日(日)

  24,115 byte1日中赤ペン片手に、8年生から10年生までの答案を採点していた。
午後からは、ありがたや助っ人の登場。大学の授業が終わってヒマになったという日本人の友達に手伝ってもらう。こういうときヘンな答えに爆笑しても、隣には何が可笑しいのかすぐに理解してくれるひとがいるのは楽しい。日本語を解さないひと、またはこちらの現地人日本語教師ぐらいの日本語能力では、なぜ笑っているのか説明しなければならないからだ。
「わたしのかぞくは5にんです。ははと、ちちと、あねと、おにがいます。」というかわいい8年生答案に笑い、10年生の「わたしのしょみは、ポケィです。(趣味はホッケー、と書きたかったらしい)」に悩み、そのあいだに結構採点も進んだのが嬉しい。

夜はまだひとりぶん残っていたホウレン草とリコッタチーズいりのカペレッティパスタを解凍、ゆでたものに自家製ペストソースを加えて、サンドライトマトとバジルを散らした。これにやはり解凍したカリフラワーのサラダを添える。ペストソースはバジルが豊作だったときに作ったものだが、パインナッツと上等なオリーブオイルをたっぷりいれてあるので、冷蔵庫に入れておけば何ヶ月も使える。友達のうちでは、庭で育てた大量のルッコラでペストソースを作っていたが、これがまたゴマのような風味で美味しい。
しかしルッコラを大量に栽培するには、やっぱり庭がいるな。
 


久しぶりの空心菜 2003年11月29日(土)

  18,475 byteパッ・ブンはタイ料理には欠かせない。
ツル科の植物で英語ではモーニング・グローリー、日本語では空心菜と呼ばれる。茎がストローのようにマンナカが抜けているが、歯ごたえがあり葉は甘みがあってとても美味しい。こちらオーストラリアのアジア食品店でもたまに見かけるが、他の中華野菜に比べると高価な野菜だ。タイでは一束で30円などというとんでもなく安い野菜なので、その20倍の値段では買う気もおきなかった。
そしてそのせいか、こちらで呼ぶ中国語の「キンコン」だか「カンコン」だかの名前が今だに覚えられない。
今日ベトナム食品店に寄ったら、葉と茎にちょっと黒い斑点の出た空心菜があった。古くなってきている証拠だ。手にとってみたら、ちょうど側にいた店のオバサンが「あ、それ持っていきたかったらどうぞ」と通りがかりに言う。もう売り物にならないから、なのだ。
しかしこないだはパン屋でタダのパンをもらったし、今度はベトナム食品店でタダの野菜だ。わたしはよっぽどヒモジソウに見えるのかなあ。

とにかく、黒い斑点が出ていると言ってもほんの少しで、そこだけちぎってしまえば炒め物に使えるのだ。チリをとんとんと刻み、千切りのショウガと香菜の茎と共に熱くなった油に落とすと、ふんわりといい香りがキッチンに立ちこめる。ショウガが焦げる前に、ざくざくと切った空心菜をさっと炒めて皿に置き、同じフライパンでマリネしておいたラム肉をこれまたささっと炒める。
ラム肉のマリネは、出身地のアデレイドに戻った友人がくれたものだ。様々なアジア風のスパイスとソースを混ぜた辛いマリネソースだが、一体何がはいっているのかわからないほど複雑な味である。そして一口この柔らかい肉を口に含んだら、天を仰ぎたくなるほど美味しい。
もうそろそろ底をついてきているので、今度メイルを書くときには必ずこのレシピを教えてもらわなくては。
 


ティーチングアシスタントの帰国 2003年11月27日(木)

  22,832 byteティーチングアシスタントの日本人大学生が帰国する。今日はそんな彼女を囲んで、教師側からは校長、フランス語教師、そして日本語教師ふたり、生徒側からは20人近い11年生と12年生が参加する「さよなら晩餐会」だった。
わたしも色々と手伝ってもらったが、仕事は熱心だし、加えて気さくで親しみやすい人柄なので、教師からも生徒たちからもずいぶん好かれていた女性だ。「こういう子が、来年も来てくれるといいですねえ」ともうひとりに日本語教師とため息をついた。

場所は学校の近くのタイレストラン、少々オーストラリア風にアレンジされたマイルドで甘い料理が多かったが、まあまあの味である。しかもインテリアがよくある「キンキラキン」というより抑えた上品な雰囲気だったので、少々「里心」がついてしまう。
 


24時間分のDVD 2003年11月26日(水)

  20,909 byte11月18日の発売日に買ったから、もう1週間以上になる。ロード・オブ・ザ・リング(なんで日本語タイトルだとringsじゃないんだろう)「二つの塔」のエクステンデッド・ヴァージョンDVDだ。劇場公開のものよりさらに45分ほど長くなってほとんど4時間、そして2枚の撮影裏話やらがついて4枚組みになっている。それだけでもすでに8時間近いのに、それに加えて監督やキャスト、プロダクションチームなどの4チームのコメントを映画のウラに流すこともできる。4時間の4倍で16時間だ。ということは全て観たら24時間分。丸一日テレビの前に座っていることもできるわけだ。
だから、買ってから毎日ちびちびと観ているのになかなか終わらない。

フツウの映画だと続編はダメというのが定説だが、これは2年かけて3本まとめて撮ってしまっただけのことはあり、2作目の「二つの塔」の出来が1作目をはるかに上回っている。戦闘シーンは黒澤明の「七人の侍」のスケールを大きくしたような雰囲気だし、ファンゴルンの森のセットは芸術的な抽象画にも値する。
3作目が公開されるのは12月末だからたぶんわたしはすでにバンコク、それまでにこのDVDを制覇できればいいのだが。

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英語で Chick Pea と呼ばれる「ひよこ豆」はわたしの好物のひとつだ。歯ごたえがよく、煮てもあまりくずれない。スープやら煮込みなどに入れるときには乾物を用意するが、サラダなどにはすでに煮てある缶詰のほうを使う。
生食用ホウレン草にひよこ豆とサンドライトマト、そしてグリルしてからペストソースでマリネしたラム肉を乗せる。この上から、上等のエクストラヴァージンオイルと赤ワインビネガーのドレッシングをたらーりとたらせば、またまた簡単な夕食の出来上がり。
 


「シティ」の発音にうろたえる 2003年11月25日(火)

  21,713 byte8年生(12−13歳)のクラスでは、今「・・・にいきます」という助詞「に」を使った文型の練習をしている。身近な場所を使いながら文型を覚えるわけだが、ちょっと困ったことが起きた。
学校から5分も歩くと「ガーデンシティ」という大きなショッピングセンターがあり、子供たちも学校帰りによく利用する。この場所を使って文型を作ろうとして、わたし自身がつっかえてしまった。日本語の「シ」は city の ci ではない。かなり近いのが shi だが、悪態用 shit には名詞から形容詞から動詞まで全てあり、そのうちの形容詞 shitty の発音とかなり似ているのだ。
そのときはぐっとこらえて「こういう言葉は、英語の発音でもいいんデス」と逃げたが、悪いことは重なるもの、そのあとの10年生の授業で「ベビーシッター」という言葉が出た。今度は shit するひとになってしまう。こちらのほうはもう15歳になっている生徒たちなので、きちんと発音の違いを説明して釘をさしておいた。

今度から「シ」の音のはいる外来語を使うときには気をつけようと思っていたら、アシスタントとして来てもらっている日本人大学生が「でも、どう違うんですか」と聞いてきた。そうだなあ、としばらく考えてしまったが実は簡単である。「しゅしゅしゅしゅ」と言いながら、そのままの口の形で口角を少し引いて「し」と言えば簡単にshの発音ができるし、反対に「すすすすす」と言いながら口角を少し引いて「すぃ」と言えば ci または si の発音に近い。この違いが日本語にはないのだ。
「子守り」が「赤ん坊の***タレ」になってしまうなんて、さすがにマズイよなあ。

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パースにはめずらしく湿度が高い。子供たちの気分も天気に左右されるのか、今日は普段よりうるさくて管理しづらいクラスが多かった。こういうときは夜にどっと疲れが出るので、あまり食欲がない。なあんて言いながらも、でっかい鶏の胸肉とマッシュルームをソテーしてバルサミコドレッシングのサラダをそえた。
 


隣人の騒ぎに寝不足 2003年11月24日(月)

  25,628 byte寝不足なのだ。
昨日の晩、というより今朝2時まで、向かいのアパート住人がバルコニーでワイワイ騒いでいたためである。ステレオの音楽のせいで、窓がびりびりと震えるくらいだ。金曜土曜は目をつぶるが、日曜日となると話が違う。
1時半に我慢できなくなり、とりあえず上着だけはおってドアからこわーい顔を出し、穏やかなだけに静かな怒りを秘めた声で「もしもし、この時間に大音量の音楽とおしゃべりをされると、明日の朝から働かなければならないのでヒジョーに迷惑なんですが」と申し上げた。「はいはい」なんぞと軽く返事をして音楽のボリュームだけは下げたが、依然として話し声は大きい。その後半時間ほどでオヒラキになったようだが、夜中のパーティは家の中で窓を閉めてやってほしいものだ。今度は警察に電話してやるからねっ。

そんなわけで、今日はなんだか一日中ぼうっとしていたような気がする。
10年生の授業は来週のスピーキング試験に向かって、二人一組で靴屋の店員と客という設定のロールプレイを練習。このクラスはほとんど女の子なので、こんなロールプレイは皆大好きだ。あれやこれやと会話をつくってノートをとり、それを見ながら声を出して暗記していく。「センセイ、靴と店員用のエプロンとか持ってきてもいいですかあ」と本格的に劇仕立てにする子たちも多い。
センセイは寝不足でイマイチ覇気がないが、生徒たちは元気いっぱいだ。
 


ささやかな整形でシアワセ 2003年11月23日(日)

  16,779 byte昨日の新聞を片付けていたら、またマイケル・ジャクソンの写真が目にはいった。しかし、この顔はどう考えても不気味以外の何物でもない。ビリー・ジーンやスリラーのころのハンサムな黒人はどこに行ってしまったのだろう。

美容整形に手をつけると、「もうちょっとココもアソコも」とエスカレートしていくという記事を読んだことがあるが、いやオソロシイものである。完全に鼻の形を変えてしまったり、目が2倍の大きさになったりする美容整形のほかにも、老いに敢然と立ち向かうフェイスリフトなんてものもある。そりゃあ年をとれば重力のせいで顔も身体も段々とタレてくるし、唇も何故か丸みを失う。しかしだからと言って、手術で全て人口的に蘇るかというと、そうでもないのだ。

わたしの知り合いにも手術を受けたと思われるひとがいるが、まるでアイロンでもかけてのばしたように皮膚が薄くつるんとなってしまった。そのせいで、首や手の甲の皴が目立つ。おまけに唇に何か注入したらしく、タラコのようである。本人は結構気に入っていて、「キレイよー、とっても」というコメントを待っているふうでもある。
しかし、回りのひとがそれに感化されて「わたしも」と思わないところが微妙だ。だってそのひとの性格が変わったわけではないし、皴をのばしたからと言っていきなりひとが振りむくような美貌にはならない。一般のひとの「ちょっと整形」は自己満足の域を出ないのだ。だからまあ皴がのびたという発見がそのひとの人生に幸福をもたらすのなら、それはそれで結構だなあと思う。

マイケル・ジャクソンは、たとえ他人の目にはどんなにハンサムに映ろうと、たぶん自分の顔がダイッキライだったのだろう。そうでなければ、あそこまで原型を破壊することなどできそうもない。

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ランチ時に友達がふたり訪ねてきたので、サラダと手羽先のローストで軽い食事を出したのだが、意外にたくさん食べてしまい夜になってもあまりお腹がすいていない。
「こういうときは、やっぱり麺かな」
野菜がまだ沢山残っていたので、焼きビーフンにしてみた。ベトナム食品店に行くと、こんなキシメンのような平たいビーフンもちゃんと売っている。
さて出来上がりは、卵、赤タマネギ、黄瓜スカッシュ、ニンジン、スナップピーなどでカラフルだが、手抜きには変わりない。料理時間たったの10分。
 


貯金箱の小銭でショッピング 2003年11月22日(土)

  27,550 byte土曜日恒例のショッピングに行こうと思って、やっと気づいた。
財布と携帯の入ったバッグを学校に置き忘れたのだ。バッグだけはいつもちゃんとロッカーに入れるが、後の書類や授業に使うファイルなどは一緒くたにしてプラスティックの籠に入れたままなのだ。その籠だけ持って学校を出てしまった。
ありゃあ、ミルクもないし野菜も果物も買っていない。新聞もロトも欲しいのに。仕方がないので、ブリキ缶の貯金箱を壊した。缶詰と同じなのでちょきちょきと缶切りで開けてみたら、小銭がかなりあって安心。スーパーでは、いつもは小銭でノロノロ払うおばさんたちにイライラしていたわたしなので、着々と打ち込まれていく金額の合計をにらみながら小銭をかぞえる。45ドル20セントでーす、と言ったレジのオネエサンは、整然と並べられた小銭の山に気づいて「あらま」とうろたえた。こういうことする客はあまりいないらしい。

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肉売り場でなんだか美味しそうなピンク色のポークチョップを見ていたら、食べたくなった。
帰宅してから、すぐに肉をマリネし冷蔵庫へ。マリネはわたしの好きなローズマリ、レモン、にんにくとオリーブオイル。夜になってから、スカッシュ(小さい黄瓜)とジャガイモに洋梨を加え、マリネ液であえてからポークチョップと一緒にオーブンへ。ミントがまだあったので、それにエクストラバージンオリーブオイルと赤ワイン酢を加え、パンを小さく切って、ミントブレッドソースを作る。よくイギリス人が肉にそえるやつだ。
豚肉にはさっぱりとした洋ナシがよくあっているし、ミントブレッドソースはちょっと酸っぱくて美味しい。
 


御法度の美少年 2003年11月21日(金)

  19,927 byte日本映画は、日本にいないというハンデのせいでほとんど見たことがない。そして外国で公開されてわたしの目にも触れるようなそれらの映画には、血と暴力をともなうものが多い。大島渚の一連の作品も、最近流行っている北野武の映画もそうだ。

一昨日に録画しておいた日本映画はTABOOというタイトルだったが、映画が始まってみたら大島渚の「御法度」。新撰組に新しく入隊した美少年に惹かれていく男たちの映画で、映像は幻想的で実に美しいのだが言葉が聞き取れない。もごもごもご。英語ではあるが、字幕がついていてよかったとしみじみ思った。

何が何だかひとつも明かされないうちに終わってしまう不思議な映画だが、主人公役の少年がこれまた美しい。少年と青年の間の年齢だろうが、すべらかな肌にまだふくよかであどけなさを残すあごの線を持ち、それでいて成熟した身体がいやに大きい。アンバランスだ。たぶん新人なのだろうが、すばらしい「ダイコン役者」でもある。しかしその「ダイコン」が効を奏し、固くなすがままになっている床入りのシーンが実にいい。相手役の俳優の熱演が返ってその危うい真実味を増していて、こんないたいけな子を相手にマスターベーションのようなムナシイ行為をカメラの前でしなければならないなんて、俳優って商売も大変だ。

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冷蔵庫のアニヨレッティの賞味期限が切れそうだったので、今晩はコレ。ホウレン草とリコッタチーズの詰め物をしてある半月形のパスタだ。これを茹でている間に、トマトソースを解凍して炒めたマッシュルームを加え、パティオのバジルを刻む。
そして茹で上がる3分ほど前に、シュガースナップピーを一緒にほうりこんでこれも茹でてしまう。野菜とパスタを一緒に茹でるのは、料理雑誌の「お料理の時間を短縮しましょコーナー」で読んだのだが、これ以上短縮できそうもないわたしの「超特急料理」の手間がもっとはぶけた。パルミジャーノのかけらをしゃりしゃりと削って、出来上がり。
 


やっていいことの限度 2003年11月20日(木)

  14,995 byte14歳ぐらいの男の子だったら、まあ1度はそんな絵を見たり描いたりして興奮するものなのかもしれない。しかし、それを教室の中で、しかもいやがる隣の子の練習問題シートに大きく描いちゃったりしたら問題である。

今日最後の授業の時だったが、なんと大股開きの女性性器を描いておもしろがっていたのをふんづかまえたのだ。放課後さっそく逃げ出そうとしたその子を、校内の外廊下で大音声とともに引き返させ(ハラの底からの大声のせいで、回りにいた大勢の子供たちもついでにぴたりと止まってしまったが)副校長のオフィスまで引っぱっていった。
わたしの教室はかなり冗談も多いのだが、限度というものはある。それを超えたら厳しい処置は当然だし、イケナイヨと言っておいてコトが起こったら見逃すのでは、今後の示しもつかない。
事情を説明して副校長に彼を預け、その後しばらくしてから様子を見に行った。その子はもうすでに帰ったあとだったが、副校長に「父親」への手紙を持たされたらしい。それも、例の練習問題シート付きで。明日には、父親が副校長に電話をしなければならないし、子供からはわたしに謝罪の言葉が来る。

オーストラリアの学校では、処罰は「運が悪かったから」または「センセイが言ったから」起こったのではなく、「知っているのにやった」自らの選択においての結果とみるし、またそのように子供たちにも言う。だから必然的に悪いのは「自分」であり、他の誰でもない。センセイのせいにも、他の生徒のせいにもできない。個人主義の国の個人の責任は、こんな教育にも現れている。

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今日は鶏肉専門店でチキンロールを買ってきたので、それをオーブンでローストし、ついでに季節のアスパラガスもさっと隣で焼く。付け合せはなんとなく食べたくなった玄米。わたしはこの歯ごたえが嫌いじゃないのだ。玄米は水に浸しておいてから電子レンジで炊くと、手間がかからずに柔らかくそして食べやすくなる。
このチキンロールは、詰め物もただのパン粉ミックスではなくきちんとレバーとセイジが刻んで混ぜてあり、思いのほか美味しい。