垂涎の日々: 2004年11月アーカイブ
「秋刀魚が出ると按摩が引っ込む」という諺を、ひょいと思い出しました。栄養たっぷりの秋刀魚が食べられる秋には、病気のひとも体調がよくなることから、こう言われていたそうです。
もうここ何年も秋刀魚を食べたことがありませんが、魚の好きな家庭に育ったこともあり、実家に住んでいたときには秋になるとそれこそ飽きるほど秋刀魚が食卓にのぼりました。
脂ののった秋刀魚を焼くと気持ちのいいほどもうもうと煙が立ち昇ります。その独特の香りは、隣近所のどこが秋刀魚を焼いているのかすぐにわかってしまうほどでした。そしてツマの大根をおろすのは、いつも父かわたし。母はせっかちなので、眼にも止まらぬ速さで一気におろしてしまうのです。
「お前のすった大根は辛いよ。ゆっくりゆっくりすらなくちゃ美味くて甘い大根おろしは出来ないんだ」とよく父がこぼしていました。殊更ゆっくりと大根をおろす父の姿を、今でもはっきり覚えています。
焼き上がってきれいな焦げ目に縁取られた秋刀魚は、たっぷりの大根おろしを添えて一人一尾ずつでした。醤油をたらした大根おろしは脂っこい魚にとてもよく似合います。それをちょんと秋刀魚のひときれの上に置いて口に運ぶと、瑞々しい大根と醤油と焼き秋刀魚の味が一体となって、それはそれは美味しいものでした。
父はすでに亡くなり、妹は結婚して家を離れ、そのころ「秋刀魚の目が怖いんだよう」と言って魚の皮で頭を覆わないと食べられなかった弟は、もうすでに二児の父です。今でも秋刀魚の眼を避けながら食べているのかしら、と思ったら何だかニヤニヤ笑いが止まらなくなりました。
「いらっしゃい、いらっしゃい、今日はこいつが安いよー」という、賑やかな呼び声が響く夕食前の商店街は、ああ日本に帰ってきたなあ、としみじみと感じてしまう風景のひとつです。
わたしの実家のある住宅街にも、そうした古い商店街があり、野球帽をかぶったオジサンが、少々突き出てきたお腹に屋号のはいった前掛けをつけて、買い物のひとびとに板についた呼び声をかけています。
「いやーオネエサン、美人だからマケちゃうよっ。ええい、400円のところ、一個オマケしちゃって350円だいっ」
実はこのオジサン、わたしが小学生だったときに、放課後の剣道クラブでアシスタントをしていた中学生なのです。当時剣道を習っていたのは男の子ばかり、女の子はわたしともう一人の子の二人だけでした。わたしたちは体育館のちょうど舞台の陰になるところですばやく着替えていましたが、ませた悪ガキたちがこっそりノゾキに来たりもします。そんな悪ガキたちを怒鳴って、竹刀で追い回したのも彼でした。
別に親しく話したわけでも、うちが近かったわけでもありません。ただ彼はわたしの顔を知っていました。
わたしが中学生になり、やがて大学に入ったときにも、八百屋の前を通ればちょっと会釈をしたり、時々は笑っているんだか怒っているんだかわからないような微笑を送ってよこしました。
今でも、里帰りのときに蜜柑を買うと、一個余計にはいっています。キュウリを一皿買うと、隣の皿から一本とって袋にそっと入れてくれます。キャベツを一個買うと、わたしが選んだのよりはるかに大きい玉を黙って渡してくれます。
彼の得意の呼び声「オネエサン美人だから…」をかけられたことは一度もありません。白髪頭の八百屋のオジサンとわたしは、ちょっと不思議な「幼なじみ」なのです。


