垂涎の日々: 2004年5月アーカイブ
目前に迫った引越し用にダンボール箱を山のように積み上げていたとき電話が鳴りました。
「ねえ、麻婆豆腐を食べに行かない?」 中国系の教師友達でした。
このお誘いの意味するところは、中華街の片隅にあるいつもの小さな中華料理屋です。わたしたちが注文するのもこれまたいつも「麻婆豆腐」と「ホタテ貝と絹サヤのXO醤炒め」。色々なものを試しましたが、この二品が一番美味しく、ここに来るときの定番になってしまったのです。
麻婆豆腐は日本のものよりピリリと辛く、挽肉ではなくて豚肉のザク切りが沢山はいっていますし、ホタテ貝も新鮮でいつもプリプリと歯ごたえが楽しめるので、もちろんわたしが断るわけがありません。
お腹をすかせてレストランにはいるとすでに満席状態。大テーブルのはじっこに座らされたわたしたちの目の前に、3人の日本人留学生らしき若者たちが座りました。もちろん、相席です。
固焼きソバらしきものを全員が食べていましたが、わたしたちの前に来た麻婆豆腐を見て、「おい、麻婆豆腐だよ。美味しそうだなあ。」「食べてみようか。」「でも違ったら、どうする?」
こそこそと日本語でこちらを盗み見ながら話していますが、どうやら英語で会話をしているわたしが日本人だとは気づいていないようです。
「とても美味しいから試してみたら? 何しろ、わたしたちがここに来るたびに注文する定番メニュウなんだから。」とそっと声をかけたら、麺をすすっていた手を止めた3人はひゅうと息を止めてビックリし、全員揃って真っ赤になりました。そして一人が「あ、ありがとうございます」と言うと、後の二人も揃ってぴょこんとお辞儀をします。その礼儀正しさがあんまり可愛らしくて、なんだか嬉しくなってしまいました。
豪州パースでは朝晩冷えることが多くなり、店先にも蜜柑が出回るようになりました。
「マンダリン」と呼ばれる蜜柑が、黄金色の輝きを見せて冬の訪れをひとびとに知らせるのは日本と同じです。
さっそく買ってきた蜜柑のひとふさを口に含むと、爽やかな香りと甘い汁がたっぷりと広がります。蜜柑は昔から好きなもののひとつですが、今回のそれは房も大きくどっしりと汁が詰まっていて、大きな種がたくさん入っているのも気になりません。
しかし残りの蜜柑をよく見ると、買い物袋の中で何かに押されたのか、底の部分の皮が少々破れているものがあります。
何の気なしにそこに人差し指で触れたときに、ああ祖母がこうして人形劇をしてくれたな、と思い出しました。
祖母が亡くなったのはわたしが6歳のときですから、彼女を覚えているのは長女であるわたしだけ、妹と弟はほとんど記憶がないと言います。
母が食事の支度をしている間、祖母はこたつの中に入り、よく3人の孫の面倒を見ていました。そしてこたつの上にある冬の蜜柑を手に取り、ひとつひとつに色々な顔を描いてから蜜柑を人差し指に突き刺して頭のように見せかけるのです。両手を使って巧みに猿や犬、そして太ったオジサンなどに芸をさせる祖母に、幼いわたしたちは手を叩いて喜びました。
「おばあちゃん、もうすぐゴハンだから蜜柑を食べさせるのはあとね」という台所所の母の声を聞きながら、わたしたちはよくどの蜜柑が自分のものか争ったものです。そして最後には、泣き出した弟に一番よく描けている「おさるさん」を譲るのはわたしでした。
大昔を思い出して楽しくなり、愛猫の鼻先で蜜柑人形を踊らせてみたら、柑橘類のダイキライな彼女はびっくりして逃げていってしまいました。


