食話休題: 2008年2月アーカイブ
気温が三十度以下に下がってきた。もうそろそろ秋にはいると言ってもいいのだろうが、二十人以上の子供たちとともに狭い教室に詰め込まれていたら、やっぱりまだまだ暑い。だが、冷房の効いた八百屋に行くと、そこはもう「秋」。色々な果物が出てきた。ストーンフルーツと呼ばれる、デカイ種を持つ果物はわたしの好物でもある。桃にネクタリン、プラムにアンズ。葡萄も段々と棚に並ぶようになった。もはや、天国だ。
昨日も、買い物に行ったスーパーで、そんなネクタリンを幾つか籠に放り込んだ。冷蔵庫で保存し、今日の休み時間にひとつ持って行ってガブリとやったら、ああ何ということだろう。いつもならプリプリの皮の下には柔らかくジューシィな果肉が待っているべきなのに、まるで歯ざわりはリンゴだ。そして果汁なんぞ固すぎて出てこない。外側はオレンジ色のベースに鮮やかな赤が刷かれているというのに、中味は似ても似つかぬものだ。大失敗。
捨てるのも悔しいので、今日はそれを使って豚肉の晩ごはんにする。
いつもはリンゴを使うのだが、これだって固さと歯ざわりは同じだ。
バターは使わない。フライパンに油をごく薄く引き、スライスしたネクタリンにシナモン、クーミン、そして砂糖を軽く振りかけて裏表が透き通ってくるまで焼く。取り出してから、また油(わたしはオリーブオイルを使う)を足して、今度は常備しているデュカを振りかけた豚肉のステーキを焼く。これだけだ。
焼いている間に茹でたアスパラガスを添えて、記念撮影。
昔から果物は好きだったが、何年か前に果物をサラダや豚肉料理に使うことを覚え、それからはヤミツキなのだ。豚肉は臭みのある肉だが、果物に漬け込むと臭みがとれて肉も柔らかくなる。今回は漬けこんではいないが、一緒に食べるネクタリンの柔らかさと中近東の香りは大当たり。
生で食べたときにはあんなに失望した固いネクタリンに、ちょっと手を加えただけで「ザマミロ」という気分になるのは、わたしがやっぱり単純だからだね。
腰の具合がかなりよくなったとは言え、お腹にあまり力がはいらないことに変わりはない。血のしたたるような肉でも食べて、精力挽回を図るか……なーんて、実はそんな悲壮な理由があるわけじゃなくって、ただ単に閉店直前に駆けこんだスーパーで「今日食べるんだったら、30%引き」についフラフラと手が伸びてしまったのだった。わたしの晩ごはんは、いつもそうした行き当たりバッタリの思いつきと、どこかで見たうろ覚えのレシピが合体しちゃっただけにすぎない。
だが、ステーキを焼くためには、どんなに腰が痛くたってこれだけは譲れないというものがある。鉄製フライパンだ。テフロン加工のフライパンでは、強火にすると焦げ目がたちどころに表面につくだけ、火を弱めれば時間がかかって硬くひからびるだけ。わたしの好みのミディアムレアには、残念ながら決してならない。
難点は、油をひいてから保存しなければならないことと、鉄製ゆえのトンデモナイ重さだ。「お箸より重いものは持ったことがございませんの」という育ちではないが、片手で自分の肘より上に持ち上げようとすると、腕の筋肉がぶるぶる震えてしまうほどだ。そんなわけで、ふたつある鉄製フライパンは肘ぐらいの高さの棚にしまってある。
今回はどちらにしても腰をかばいながらなので、持ち上げるときは両手だ。
油をうすく引いてから熱し、ステーキをじゅわっと言わせながら載せる。買ってきたときに、すぐ塩コショウ、バルサミコ酢、ニンニクの漬け汁に三十分ぐらいつけておいたものだ。炒め物じゃないので、そのままじっと油の焦げる音を聞きながら数分。ちょいと持ち上げてみて、きれいな焼き目がついているようなら裏返してこちらもじっくり。このフライパンの癖では、表に返したほうの面にちょいと油が浮いてきたらちょうどミディアムレアだ。
ステーキを焼いている間に、庭にすっ飛んで行ってバジルを片手に一杯むしる。洗っててざく切りにしたものをモルター(調理用石臼)に入れ、レモンの皮、ハーゼルナッツ、白コショウの粒、塩、そして最後にたっぷりとレモン汁を絞りいれ、あとはオリーブオイルをたらしながら、がんがんと叩いてつぶす。これはもちろん自動ブレンダーでスイッチをいれながらやってもいいんだけれど、わたしはどうも力まかせにたたきつぶすほうが、ストレス解消にも味にもいいような気がする。
できたステーキは、すぐには切らない。これも鉄則。ローストも同じだけれど、火からおろしてすぐナイフを入れると、肉汁が全部外に出てしまうからだ。アルミホイルにくるんで数分待つ。ステーキを切らずにそのままテーブルに運ぶなら、もちろんそんなことをする必要はない。が、今回はステーキサラダなので。
新鮮なレタスのベッドにスライスしたステーキを置き、上からたっぷりとバジルドレッシングをたらす。きりりと爽やかなレモン風味で、わたし好みに焼けたステーキはさっぱりと仕上がった。
ギックリ腰になったお陰で、便秘になってしまった。もちろん医者から薬ももらっているが、結構強い薬のようで飲んだら一時間以内に今度は下痢だ。それもこれも腰に力がはいらないからなのだが、厄介なものである。土曜日で時間もあるし、こういうときはゆっくりと豆料理でも作るに限る。豆をしっかり食べれば、薬のお世話になることもない(と、信じたい)。
ひよこ豆は、昨日から鍋にたっぷりの水に浸しておいた。水を取り替えて茹ではじめ、沸騰したら今度は蓋をして弱火で三十分ほどコトコトと煮る。その間に、玉ねぎ、ニンニク、ショウガを刻み、モルター(調理用石臼)でがんがんと叩いて潰し、ペースト状に。
ここで登場するのがル・クルーゼの厚手鍋だ。ひどく重いが、火にかけるだけではなく、オーブンに直接いれることもできるので重宝している。もっとも、活躍するのは寒い冬のことが多いけれど、ね。
この鍋にオリーブオイルを熱し、さきほどの玉ねぎその他のペーストを入れ、さらにベイリーフ、ガラムマサラ、シナモンを加え、焦げないように混ぜ合わせる。さらに、皮を湯むきしたトマトを刻んで加え、ナチュラルヨーグルトもたっぷりと(と言っても、半リットルいりのものの三分の一ぐらい)落とす。ベジタブルスープも同じ分量。そして、ターメリック、オクラ、カボチャ、、ひよこ豆を加え、蓋をして三十分ぐらい弱火で煮るだけ。最後に塩コショウして、刻んだイタリアンパセリを散らしたら、あとは食べるだけだ。
ご飯にかけてもよいのだけれど、ちょっと重くなってしまうのでここではクスクスを使う。わたしはクスクスの調理には、バターを決していれない。バターの味と香りはカレーの風味に合わないような気がするのだ。たまに、スープの素を使うこともあるが、今日は極々普通に同量の沸騰した湯をいれただけで、蓋をして蒸した。
ターメリックやらガラムマサラやらを入れているスロウフードは、味は素朴ながらどこかエキゾチックな香りがあって悪くない。そして、夕食の間はいつもわたしの膝に手をおき、「たまにツメをたてて自分の存在を知らしめる」猫のゆきちゃんだが、今晩はほんの少し鼻をひくひくさせただけでわかったらしい。「なあんだ、肉も魚も食べてないじゃん」ということで、ベジタリアン料理に全く理解を示さずにさっさと自分専用のドライフードをつまみに行ってしまった。
日本にはケンタッキーフライドチキンしかないけれど、こちらアメリカに次いで肥満大国であるオーストラリアには、チキンのファストフードショップも多い。このごろでは、「ヘルシーフード」を目指しているらしく、半分ぐらいのメニューがローストになっているが、それでもまだ油ギトギトのフライドチキンを注文するひとたちも多い。Nando(ナンド)という店もチキン専門のチェーンのひとつだ。ポルトガル風チキンを売りにしており、値段も高いが、味はほかの安いファストチェーンと比べるとかなり美味しい。スーパーに行けば、このチェーン店の名を冠した「ペリペリチキンソース」なる瓶詰めのソースも買える。これをちょいちょいと鶏肉にかけてマリネしてから焼くと、本格的なペリペリチキンが食べられるというわけだ。
いや、本格的と言っても、なんでポルトガルでは「ピリピリ」というのに、オーストラリアではそれが「ペリペリ」になっちゃったのか、今もってわからない。「ピリピリ」自体ポルトガル語ではなく、実はアフリカのスワヒリ語。「チリ」(唐辛子)の意味らしい。
日本でも、唐辛子の辛さは「ピリピリするぅ」などと表現されることがあるけれど、もしかしたら同じ語源なのかもしれないね。
さて、ピリピリチキン。
市販のマリネソースが存在するのに、なぜわたしはギックリ腰をさすりながら自分でつくるのか。答えは簡単、やはり新鮮なハーブとスパイスを使うと味と風味が格段に違うからだ。それに、何も難しいわけでもない。
今回わたしが使ったのは、皮がすでにむいてあるドラムスティック。普段はあまりこういう風に売っているものを手にとらないのだけれど、土曜日の肉売り場は戦争なのだ。つまり、わたしの欲しかったフリーレンジ・チキン(棚で育てられているのではなく、放し飼いの鶏のこと)の棚には、これと丸ごと一羽しかなかった。丸ごとをさばくのは、腰にひびいてツライ。そして、生臭い普通の鶏肉を買うくらいなら、皮がむいてあったってこっちのほうだ。
マリネソースは、簡単だ。わたしのいつも使うモルター(調理用石臼)に入れるのは、唐辛子、ニンニク、オレガノ、レモンの皮、粒コショウ、塩。ここにオリーブオイルを注ぎ、がんがんと叩きつぶす。あ、今日使わないともうダメだな、という香菜もついでに入れてつぶす。ホントは入れないのだけれど、まあいいや。そこにレモン汁をざざっと絞り、さらに叩き、パプリカをぱらぱらとふりかける。これでおしまい。
ジップロックのビニール袋に鶏肉をいれ、マリネソースを注ぎ、ぴっちりと閉めて冷蔵庫に放り込むだけだ。今日は日曜日だから午前中にやってしまったが、普段は前の日の晩にやることが多い。
鶏肉はオーブンで焼いてもいいし、庭でバーべキューにしてもいい。今回は、庭でバーベキュー台を引きずり出すほどの「腰力」がないので、キッチンのオーブンで焼いた。
焼きたては、もちろん「ピリピリ」してとびきり美味しい。
里帰りの東京でいやというほど刺身と寿司を堪能してきたので、丸顔の中国人に声をかけられたときにも、どうしようかなと迷った。「刺身にできる新鮮なレッドスナッパーがあるよっ」
中国人は、常連になってしまった魚屋のご主人だ。「これならゼッタイ買う」という期待をこめて、すでにビニール袋を手に待ち構えている。ギックリ腰をかかえてようやく車を運転してきたんだから、美味しいものなら買ってしまおうという気になった。
レッドスナッパーは鯛の一種で、日本の真鯛によく似ているが本当は違う種類らしい、とこないだ何かの本で読んだ。しかし、西洋の和食屋で出る「鯛の刺身」はまず間違いなくこれだ。わたしもよく買うが、味は日本で食べる鯛刺しとほとんど同じ。
わさび醤油で食べてもよかったが、今日はちょいと趣向を変えることにした。
「カルパッチオ」はよくイタリア料理の前菜として出てくるが、普通は牛のフィレ肉を使う。イタリア人は元々魚を生で食べる習慣がないが、実はこんな風に刺身用の魚を使ってもできるのだ。謂わば、食のクロスカルチャーだね。
作り方はいたって簡単、まず上等なバージンオリーブオイルとレモン汁を同量混ぜ合わせ、そこにイタリアンパセリとディルのみじん切りを加えて、さらに塩コショウするだけ。これが漬け汁だ。わたしはディルを買うのを忘れてしまったので、今回はビン入りの乾燥ディルで代用した。薄く切ったレッドスナッパーを漬けて、冷蔵庫で十五分。ほんの少し身が締まったところでベビーリーフのサラダを添える。汁はたっぷりかけるから、大盛りのサラダもぺろりと食べられる。
これにキリリとした白のシャルドネなんか合わせたら、もう美味しくって頬っぺたが落ちる。実は、ゆきちゃんが恨めしそうに手をわたしの膝にかけるが、これだけは「レモンが入っているからだめねー」と言いながらやらないんだ。
南イタリアは、悲しいかな、北に比べると生活水準が昔も今も低い。だから、十九世紀の終わりから二十世紀の初めに夢を持ってアメリカに渡ったのは、大半が南イタリアからの人々だった。そして、ブーツの形をしたイタリアの爪先にあるシシリア島は、その南イタリアの中でも特に貧困層の多い地域だ。マフィアを生み出したことでも有名なこの地域は、嘘かマコトか、チーズすら買えないほどの貧乏な生活の中で、代用品としてパンくずを入れることを発明したという。なるほど、見た目には「チーズを入れたような」雰囲気かもしれない。
かくして、料理の世界では「シシリア風」と名がつくと、スープだろうがパスタだろうが、ちぎったパンがはいるようになったというわけ。
今晩は、このシシリア風のスパゲッティ・アルオーリオ。トマトソースを使わない、ニンニクオイルのパスタだ。大海老のプリプリと、ついでにパルミジャーノチーズ、グラナ・パダーノ(Grana Padano)のかけらも買ったので、「大貧民」スパゲッティじゃなくなってしまったが仕方がない。
湯を沸かしている間に、ニンニクと赤唐辛子を刻み、ほうれん草とパセリを洗ってざく切りにする。レモンの皮を削って刻む。レモン汁も絞っておく。パンはトースターでカリカリに焼き、あとはブレンダーで一気にざっと砕く。パン粉じゃないのだから、あまり細かくしない。
スパゲッティは六分ほどでゆであがるものだから、それと同時に出来上がるくらいに気をつけないと、ね。だから、ここからはフライパンがふたつ登場。
ひとつめのフライパンには、オリーブオイルで塩コショウした海老をさっと焼く。
ふたつめのフライパンには、これまたオリーブオイルをたっぷりいれてニンニクと赤唐辛子を放りこむ。香りが出たら、ほうれん草とパセリだ。すぐにしなってくるから、塩コショウしてゆであがったスパゲッティをすばやく混ぜ合わせ、レモン汁をざっとかけ、最後に砕いたトーストをばらばらとかけて、出来上がり。
スパゲッティを盛って、海老をちょんとテッペンに乗せ、パルミジャーノをそろりそろりと削る。「さて」と立ち上がって海老の下ごしらえから始め、テーブルでフォークを口に運ぶまで、実は三十分以下の料理だ。
パルメザンチーズは日本のスーパーでも手にはいるが、イチバンよく見かけるのはあの円筒形の容器に入った粉チーズだ。あれは、いただけない。香りも味も全く違う。まぶしただけで、トマトソースさえどろどろと濁るシロモノだ。
紙にしっかりと包んで冷蔵庫にしまっておけばかなり持つので、わたしは必ずイタリア食品店で本物をひとかけら買う。パスタやサラダ、そしてオーブン料理などにも使えるし、何よりピーラーでそうっと薄く切って加えるだけで、味に深みが出る。お試しを。
ギックリ腰だって、腹は減る。病院に行ったあと、家でストレッチをしながら少し来週の準備をしていたが、やっぱり何かつくらなければ。幸い、ストレッチで筋肉を伸ばしているうちに痛みも昨日よりはマシになった。
スナッパー(タイの一種)のフィレを解凍し、オーブンを温める。その間に、にんにくをつぶし、たまねぎをスライスし、庭からむしってきたバジリコとオレガノを刻む。赤唐辛子もちょんちょんと刻む。フライパンにオリーブオイルを熱し、まずにんにく、たまねぎ、そして赤唐辛子。にんにくに色がついたぐらいで、バジリコとオレガノを入れてさっと混ぜ、ケイパーをぱらぱら、白ワインをざっと注いでアルコールを飛ばす。その間にトマトをサイコロに切り、これも放り込む。天板にスナッパーを並べて塩コショウし、、フライパンの中身を均等に置いてから、オーブンで七-八分。
サラダとレモンをひときれ添えれば、立派な金曜日のディナーの出来上がりだ。魚のオーブン料理というとどうも大掛かりなものを想像してしまうが、何もデカイ魚の丸焼きばかりではない。こんなふうな切り身だって、どちらかというと「もてなし料理」風にもなるのだ。
そう言えば、敬虔なクリスチャンはみな金曜日に魚を食べる。キリスト教社会では、金曜日のディナーは必ず魚なのだ。以前住んでいたスイスでは、金曜日になると夕飯の支度の時間に魚の匂いが界隈にただよったものだ。まあ、スイス人の作る魚料理なんてものはフライとバタームニエルぐらいなので、魚と「油」の匂いといったほうがいいかもしれないが。
さて、料理に使った白ワインがまだ残っていた。痛み止めに白ワインなんか飲んでいいのかなあ、と思いながらも、まあいいや、金曜日なんだから。


