デラシネの呟き: 2005年1月アーカイブ

タイ航空が派手に遅れてくれたおかげで、バンコク空港イミグレを出たらすでに「今日」になっていた。風邪がまだ完全に直っていないせいで、気圧の変化をもろに受けて、今日になってもまだ耳がよく聞こえない。

よくあることなのだが、隣に座ったカナダ人青年(カナダ航空との共同運航便のせい)が巨大だったので、わたしは自分のシートの2/3しか使えなかった。わたしの荷物を率先して頭上の荷物ケースにいれてくれたり、窓際のわたしのグラスやトレイを自分のに重ねて片付けてくれたりと、知らん顔をすることの多い日本人男性に爪のアカでも煎じて飲ませてやりたいくらいシツケのいいひとだったが、いかにせんデカイ。太っているというのではないが、腕だけでシートの半分ぐらいの幅だ。足も長いから、膝が前のシート背につかえちゃっている。それでも起きているときは意識して小さくなろうとしているのがありありとわかり、かわいそうなくらいだ。
しかし、寝てしまったらもう弛緩状態である。左膝はでれんとわたしのほうに倒れてくる。腕がわたしの肩をぐいぐいと押してくる。知らないひとの「Tシャツからにょっきり出た棍棒のような腕、それも薔薇と槍の刺青付」にべったりくっつくというのは、あまり気持ちのよいものではない。どうにか枕を間に入れて肌の接触を回避したが、そのまま何時間も同じ姿勢でいたため肩がこってしまった。
まあ、彼は隣のわたしの咳と鼻水を知るでもなく、鼻と口を全開にして回りの空気を吸い込みながら寝ていたから、もしかしたら今ごろくしゃみが止まらず首をかしげているかもしれない。

わたしは飛行機という乗り物自体がまずダイキライだが、飛行機の中で腹を立てることも多い。筆頭にあげられるのが、「通路側に座っていて、窓側のひとがトイレに立つときに決して立とうとしないひと」だ。このため、「日本往復の便」でわたしが窓側の席をとることはほとんどない、と言っていい。

飛行機に乗ったことがあるひとなら誰でも思い浮かぶだろうが、ほとんどのひとが長時間のフライトに、シートの背を倒す。この30度ほど自分のほうに傾いた前の座席シートは、ほんの30センチほどの座席と座席の間の空間を完全に斜めに断ち切ってしまうのだ。つまり、まっすぐに自分のシートから立ち上がることは不可能に近い。その状態で「スミマセン」と言ったのに、ただ足をひっこめて席を立たないのは、わたしが見た中では日本人だけである。そりゃあ、頭に乗せたヘッドフォンをとって、毛布をまくり、座席ベルトをはずして立ち上がるのは、マコトにめんどくさい。しかし、足を引っ込められたとは言え、立っているひとが足を割り込ませられるのはなんと15センチほどの空間だ。しかも、斜めになって横切らなければならない。足をすり、ぶつかり、その「座ったままのひと」の膝に腰掛けてしまいそうになることもある。時間もかかる。
「袖摺りあうも多少の縁」とうたった日本人のうちに、隣に座ったひとにさえ思いやりと手間を出し惜しむひとがいるのは、なんだか悲しい。

ぐっすり眠っていたカナダ人青年は、わたしが生理的欲求のために揺り起こしたとき(いや、そんな、アッチの生理的欲求ではなくて、トイレのことだが)はじかれたように飛び起きて、「ごめんなさい」とねぼけ声でつぶやき、席から急いで立ち上がった。
こういう時には、意識しなくても心からの「ありがとう」が口をついて出る。

熱もようやく下がり、鼻みずも咳も前ほどではなくなった。鼻はまだ生々しくもマッカッカで、声もしゃがれているが、とにかく熱がない。明後日の月曜日はもうバンコクに戻るのに、買いたい本やその他もろもろが山ほどある。さあこそ外出だと思っていたのに、雪ならぬ雨がじゃんじゃん降っているではないか。もう。

それでも傘を手にお勝手の戸を開けようとしたら、母に首っ玉をつかまれて引き戻された。
「病み上がりに、そんなカッコで出かけちゃイケマセンッ」
改めて、セーターの下には暖かい下着が追加され、わたしの半身を覆うほどデカイ毛糸のストールがコートの首から巻きつけられ、最後にマスクが渡される。い、いやだ、マスクなんかー。
「そんな痰混じりの咳をしていたら、回りのひとから嫌がられるでしょ」と母は言うが、まるでわたしが伝染病患者みたいではないか。日本以外には、こんな真っ白なマスクをかけているひとなんぞ見たことがない。般若のような形相で睨まれたので、仕方なくマスクをかけ、まるで風船のように着ぶくれたわたしはやっと外に出た。

向こうから隣のオジサンが歩いてきた。挨拶をしたが、いぶかるように見つめるだけ。「あのう」とストールをかき分けてマスクをおろしたら、やっと「なんだよ、がびちゃんじゃないか」と気づいてくれた。変装しているわけじゃないのだが、メガネにマスクをかけた顔は半分ストールに埋まっている。誰も気づかないよなあ、これじゃ。
しかし、近所の商店街には、結構マスクをかけた買い物客が多い。別に風邪をひいていなくても防寒の意味もあるらしい。久しく見なかった「日本の冬とマスク姿のひとびと」をすっかり忘れていた。

この風景から、いきなり明後日はバンコクの暑い南国風ごちゃごちゃへ、そしてそれから1週間で、パースだ。

いよいよ風邪も本格的になり、今日は「鼻水たら~り」まで「ごおっほごほごほごほ」に加わって真実味を増した。熱は現在、37.9度ということで、かなり節々が痛い。それなのになぜコンピュータに向かっているかというと、眠れないのである。咳がひどくて、ね。眠れないのをよいことに、接続がスムースに行く(と言っても、28.8kbps)深夜にはどうしても津波関連を伝える各国報道サイトに行ってしまう。しかしよく考えてみたら、こんなことがゆっくりできるのも、風邪ぎみとは言え「休暇中」だからなのだ。普段のセンセイ生活でこんなにたくさんエントリをアップしていたら、寝る時間が全くなくなる。

しかし、わたしは何のために東京まで7時間もかけて来たんだろう…。「オカアサンのせいよー」と嘆いてみても、母はこれまた咳混じりの返事をするばかり。
近くに住む妹夫婦には立ち入り禁止令が出ているため、今だに会えずもっぱら電話で話している。わたしは6日晩に着いて以来、母以外のニンゲンに接触していないのだ(七草粥を持ってきてくれた近所のオバサン以外は)。いくら「母の顔を見るため」の里帰りとはいえ、これはちょっと「見すぎ」じゃないのか。

鼻をかみながらふくれッ面をしていると、「いいじゃない、今日は蟹だからねっ」と母は言う。妹夫婦が週末に来ると思っていたから、正月の冷凍モノを宴会用に残しておいたのだ。
よし、今晩は蟹四人前を母と「山分け」だ。咳こんこん、鼻ずるずるの間に、黙々と蟹の足を割り、肉をせせり、風邪引き母子の夜は静かに更けていった。

「あらまー、がびちゃん。来てたのねー。おめでとうございますぅ。なんだ、やだ、オカアサンひとりだと思ったから、一人分しか持ってこなかったわー、やだわー、ちょっと待っててね。すぐ、持ってくるから」
お隣のおばさんがこれだけ話している間、わたしがモゴモゴとはさみこめた言葉は「おめでとうございます」だけだ。その後「いえ、とんでもないです。母と半分こしますから」などと言ってはみたが、すでにお勝手の戸をばったんと閉めて、小走りの足音を響かせていたセッカチなおばさんには聞こえない。しかし、2分もたたないうちに戻ってきて、わたしの手に大きなドンブリ鉢を押し付けた。「あんまり美味しくないかもしれないけど、縁起モノだからっ」と一応笑いながら付け加えるが、おばさんの目は「ほんとは美味しいからねっ」と物語っている。

今日は1月7日、お隣のおばさんが持ってきたのはほかほかの七草粥だ。何日か前から、母は風邪をこじらせて寝込んでいる。昔からの隣近所は、そんな母に昔ながらの「隣近所のよしみ」を運んできたのだった。
普段あまり粥が好きではないわたしだが、このたっぷりと野菜のはいった「縁起モノ」は温かく美味しい。

七草の節句は、過去の1年の厄払いをしてこれから1年の無病息災と招福を祈願する日だ。そんな日に親子で苦しい空咳の合唱をしているのだから、全くもって情けない。昨日いきなり寒さの中に帰ってきたせいか、それとも母の風邪に呼応してしまったのか、わたしの喉の痛みと咳が戻ってきたようだ。夜になって熱の上がった母の顔を見ていたら、自分もまた熱っぽくなっていることに気づいた。やばいぞ。

スイス・チューリッヒにいる日本人の親友から、メイルが届いた。「このメイルを読んだら、すぐに連絡してください」
今ごろ、わたしたちがタイにいることに気づいたらしい。そして、もしかしたら休暇で南の島辺りに行っていたかもしれない、と思ったのだ。まったく、もう。

夜になってから電話すると、案の定「いやー、生きていたのねえ。ホント、よかったねえ」なんぞと言う。
「アナタねえ、今ごろ消息確認なんかやったって、遅いんだからねっ。もう1週間以上たっちゃって、タイではすでに捜索活動は打ち切り、復旧活動に移行してるのよっ」
「ま、いいじゃん。生きてたんだから。ホント、よかったねえ」
わたしは、彼女のこういうノーテンキな温かさが大好きである。

「実はさ、ウチの娘にボーイフレンドができちゃったのよ。だから、あなたみたいなひとの助けが必要なのよね。性教育なんて、わたしにゃできないもん」
「13歳になったばかりの娘に性教育かい。そんなとこまで、話が進んでるの?」
「いやいや、備えあればウレイなし、っていうでしょ。いちおう、180度線は越えちゃイケマセン、って言ってあるけど」
「なによ、それ。180度線って、180度の角度で、ふたりが重なって横になっちゃったらいけない、ってこと?」
がはははは、と笑い出した彼女は、「もー、あなたってひとはっ。違うわよ。あのさ、北朝鮮と韓国の間に線があって、そこは越えちゃいけない、って確かあったじゃない。180度じゃなかった?」
それは、北緯38度の軍事境界線のことだろうが。

彼女と話をすると、どうも掛け合い漫才のようになってしまってイケナイ。

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