デラシネの呟き: 2004年10月アーカイブ
明日大学入学共通試験のスピーキングで試験官をしてくれないか、と電話を受けた。担当の教師が身内の急病で、オーストラリアにいないらしい。
そんな急に言われてもー、と断れないところがつらい。なにせ、もうひとりの試験官はわたしの同僚なのだ。と言うことは、日曜日だというのに「出勤」である。明日は非常勤教師を頼むので、授業の準備のためだ。
休日の学校は静寂がハバをきかせていて、真昼間だというのにちょいと不気味でさえある。そんなオフィスにはいり、練習問題のコピーやらをしていたら、デスクに先週やった九年生のライティング答案が一枚。名前がWになっている。ひっくり返してみたら、やはり来週から田舎の学校のTAになるWさんだった。お礼の手紙だ。
「まだセンセイのように天職と言えるものは見つかっていないけれど、とりあえず英語の勉強をがんばるつもり」とある。本当にやりたいことがまだわからなくって、と書く彼は二十四歳だ。
「行けば何とかなるだろう」「行けば何かが見つかるかもしれない」と毎年大勢の日本人が外国へと飛ぶ。もうふた昔も前にわたしが渡仏したときも、大義名分はあれど気持ちは同じだった。
ひやりとすることにも遭遇し、またどきりとすることに自ら足をつっこんでしまったこともある。現在のわたしから見れば、バカなことをしたものだなあ、といまさらながら思い出して苦笑いしてしまうことも多い。
そして、実に様々なことを学んだ。
わたしの友達のアメリカ人は、ベトナム戦争を体験している。輸送機のパイロットだった彼は、隣に座る砲手を銃撃で失った。
「どうしてそんな恐ろしい所へ志願して行ったの」というわたしの素朴な疑問に、彼は笑ってこう答えた。
「若かったんだよ。何も怖くなかったんだ、本当に何も。あるのは高揚感だけだった。そして、帰国してから怖くて怖くて眠れなくなった」
Wさんも普通の若者だし、わたしとわたしより一世代上である友人も、皆普通の若者だった。未来の夢はあいまいだし、かと言ってたった今歩いている場所も、なんだか雲の中のようにたよりない。しかし、何でもできそうな気がする。そして次の瞬間には、何にもできそうもない気がする。
用意周到なんて言葉は、ロシア語より理解しがたい。
若いということは、切ないね。
Wさん、手紙をどうもありがとう。
田舎のTA生活で何かを見つけて帰ってきてください。
昨日のCNN日本語版で、コンドームメーカー・デュレックスのアンケートの結果がでていた。
フランス人の1年間のセックス回数は平均137回だそうである。日本は41カ国中最下位の46回。回数じゃないよ内容だよ、と言うひともいるだろうが、「セックスの度にオルガズムを感じるか」では、またもや世界平均を下回り、日本は下から4位。
この記事を読んでいたら、数年前クリントンの不倫疑惑が大陪審まで行っちゃったときにに、あるひとが言った言葉を思い出した。
「あんなことフランスでやったら、閣僚がひとりもいなくなっちまうぜ。」
さすがだ。
お知らせ: 「ある日、パースで」 第二話・ Fremantle (1) をアップしました。
バンコクに帰ると必ず寄るブティックがある。
タイ産の美しい絹やその他の趣味のよい工芸品が並んでいて、見ているだけでも飽きないからだ。最近では香りの品々も多くなり、石鹸や蝋燭に加えてオイルなども置いてある。
オリエンタルの香りはどことなく気持ちを落ち着かせるもので、おだやかな気持ちのまま絹製品を手にとっていたわたしは、ふっとわたしの前を通り過ぎた白人女性にいきなり心を乱された。官能的で濃厚な香りがしたからだった。クリスチャン・ディオールのポワゾンだ。
この香水が全盛期を極めていたとき、わたしはパリにいた。チューリッヒからパリへの旅行は、飛行機を使えば2時間もかからない。そのころのパリでは、どこへ行ってもこの香りが鼻をさした。ねっとりとからみつくような香りで、たぶん体臭と混ざり合ってよけい動物的な挑発を秘めるのかもしれない。ひとに寄って香りが微妙に違うのも、刺激的だった。そして、それはまさに白人女性の体臭のために作られたような香水だった。
そのことに気づいたのは、その後に里帰りした日本でもやはりポワゾンをつけている女性が大勢いたからだ。
当時はバブルの真っ只中で、挑発的で高価なドレスを身につけた若い女性たちが、六本木を闊歩していた。そしてこの香水がむせかえるように振りまかれていたのだが、香りが違う。面白みがないのだ。どの女性も同じ強くセクシーな香りを放っていたが、いかにせん日本人は体臭がない。からみつく刺激的な体臭がないので、このポワゾンは行き場を失って毒のないただの「よい香り」になってしまっていた。
わたしも実は一本持っているのだが、あまりに強くてほとんどつけたことがない。それに悲しむべきか喜ぶべきか、わたしも日本人のひとりであるから、ほとんど体臭がないのだ。引っ張り出して手首にちょいとつけてみたが、やはりあの原始の欲望を目覚めさせるような香りにはならない。宝のモチグサレ、とはこのことである。


