デラシネ@Bangkok: 2006年12月アーカイブ

二十六日の晩起きた台湾大地震の影響は、タイにまで及んだ。国際電話とインターネットが一時、というよりほとんど二十七日いっぱい接続不能という状態に陥ったのだ。アジア・オセアニア地域の通信をつかさどる、台湾沖の海底ケーブルが損傷を受けたためだ。大部分を他のケーブルに迂回させたようで、二十八日と二十九日は速度が非常に遅いものの、一応どのサイトも見られるようになったし、メールもダウンロードできるまでに回復した。

わたしのオフィスはADSLだが、速度は他国と比べると異常に遅い。YouTubeのビデオはリアルタイムで見られない。まずダウンロードしてからだ。プロバイダーは1000Kbpsだと言うが、ダウンロード速度なんてほとんど20-30Kbpsだ。一日に何度も落ちるし、ウィンドウズアップデートなんか始まったら、わたしはもう「さて、食事にするか」とデスクを離れる。ディスプレイの前で、口開けて眠りコケそうになるからだ。それほど、遅い。

だから外資系の大会社はタイの回線を使わず、直接衛星通信で本社とのネット接続をする。つまり、今回の海底ケーブル損傷で二日間イライラしていたのは、弱小オフィス(うちんとこも含む)と個人ユーザーだ。インターネット会議を主催する会社も、またネットを使って株を買っていたひとたちも、ナスビのように青くなった。ネットが使えないため、オフィスに直接書類を持ってきたクライアントは、「これじゃWWWはWorld Wide Waiting だよねえ」と苦笑した。わたしも、実は今月中にインターネット決済をしなければならないものがあったが、オーストラリアの銀行サイトにはもちろん繋がらない。最初のニュースで「海底ケーブル修理には二-三週間必要」と出たときには、冷や汗が出た。今日からは、一応接続に問題はない。

わたしのインターネット歴はもうすでに十年以上になるが、ここまで依存するようになるとは思ってもみなかった。書類にサインをする以外、銀行に直接足を運ぶこともなくなったし、何かの質問をするときにも電話よりメールを選ぶ。時間帯に煩わされないからだ。わたしの働く学校でも、ほとんどメールで連絡が行われる。書類も電子化されているから、ハードコピーが欲しい場合は個人でプリントするだけだ。生徒たちも、最高学年を除く五年間、Macのノートパソコンを支給されている。

事前に決心してコンピュータを持って行かない休暇は別として、いきなり外の世界から遮断されたような不安を覚えたのは、今回わたしだけではないと思う。

行きつけの美容院がフランチャイズ第一号店を出した。車で五分とかからない場所なので、本店を裏切って顧客のわたしも移ってきてしまった。

「忙しいときには、頼んで出張してもらうんです」と言うだけあって、見慣れたタイ人の男の子の顔がある。本店で、シャンプーやカラーの手伝いをしている子だ。可愛い子で鉛筆のように痩せている。仕草も話す態度も柔らかいのだが、いかにせん手と足だけはデカイ。女性用のヒールサンダルを履いていても、カカトが5センチくらい出ちゃっているのだ。
「本人ものすっごく気にしているんで、あまり触れないようにしてるんです」とわたしの担当の日本人美容師が言う。

「いつかお嫁さんになりたい」そうで、日夜自分を磨くこと(美容と料理)にはげんでいるのだが、もうそろそろ兵役の召集状が来るのが大きな悩みだ。タイでは一応全男子に兵役の義務があるのだ。ただ、勉学のためだとか健康のためだとかの理由で、免除になるひとたちも多い。性的趣向はその範疇にはいらないのかと思ったら、どうやら「精神に異常がある」というマコトに不名誉な理由で入隊を免除されるらしい。

「でも、ゲイだからという理由だけじゃだめなんです。証明しなきゃならないんです」
髪を的確にすばやく切りながら、美容師の女性がわたしのアタマの上でささやく。くだんの男の子は隣の席の周りをきれいに掃除している。
「たとえばですね、シリコンいれて胸がぼい~んと大きいとか、オトコの印をちょん切ってしまっているとか、ホルモン注射して体型が変わっちゃっているとか、そんな明らかな証拠が必要ってことです」
へえ。
「**ちゃんは、ちょん切るのもぼい~んもイヤなので、お金貯めて少しの間女性ホルモンを打ってもらおうかと思っているそうです」
なるほど。

もちろん、彼らは同性に性的興味があるわけだから、軍隊のような「オトコの世界」に投げ入れてしまうのは少々無理かもしれない。わたしが長く住んでいたスイスでは、予想される様々な問題のため、「ゲイであること」は立派な兵役辞退の理由となる。「精神に異常がある」とはされない。しかし、日常生活ではまだまだゲイに対する偏見がはびこっていた。

ゲイだろうがストレイトだろうが、女装しようが男装しようが、あまり気にしないのがここタイの日常だ。ノドボトケのとびでた「女性」販売員が、わたしにピッタリの口紅を選んでくれるし、腰に鍵をじゃらじゃらとつけた「男性」エンジニアが、甲高い声で話しながら車の整備をしてくれる。夜の世界の仕事だけではなく、昼間のごく普通の仕事についているひとたちのほうがむしろ多いくらいだから、驚くことでもない。

そんなタイなのに、兵役の免除のための理由となったらいきなり「精神に異常がある」と断罪しちゃうのはずいぶんだなあ。

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