扇のように広がる紙幣は母の得意技

88歳の母は昔旧富士銀行で「ミス富士銀行」と呼ばれた美人だ。いや正確に言えば「だった」。
出向していた国鉄で父と出会い恋に落ちたが、その時代は結婚したら寿退職が当たり前。周りに隠してひっそりとデートに出かけ、と言ってもそんな優雅でロマンチックでは決してなく、いつもラーメン屋か駅のホームのベンチだったそうだ。それでもオフィスでお茶くみをする母が湯呑みを下げようとすると、中にはデートの約束のメモがちょんと入っていたという。

そんな母はちょっと紙幣の束があるとこうやって広げて昔の腕前を披露した。そして、小さかったわたしたちはいつも感嘆の声をあげたものだ。機械がなかった時代には、銀行員はこうして紙幣を手で大きく広げて数えていたのだった。

今回わけあってオーストラリアドルを100枚ほど持ってきていたので、「お母さん、昔取った杵柄ってヤツをまた見せてよ」と言ってみた。

昔よりはかなりスピードが落ちているが、それでもキレイに広げてみせたのはさすがだ。すごいや、お母さん。

今100枚の紙幣をこんなふうに数えられる銀行員はまずいない。こうした小さな技はいずれ消える運命なのだろう。たぶん母とともに。
そう思いながら、わたしと母は懐かしい昔に戻ったように微笑んだ。

 

懐かしい母のカレーライス

妹が母の介護のため正社員の職を辞した。
フルタイムの夕方からの仕事をしながら、昼間は母の病院へ付き添い、毎晩夕食をつくってから出社し、週末は母を風呂に入れ、ケアマネージャーと話し合い、様々な手続きと書類を提出し、睡眠時間は毎日5時間を切っていた。わたしはずっと彼女の身体のほうが心配だった。

そんな妹がよくつくっていたのがカレーライスだ。これなら、温めるだけで母も食べることができる。

先日も「カレーライスをつくったよ」と電話(Facetime)で話し、そう言えば和風のカレーなんてここ何年も食べていなかったな、と気づいた。本格的なインド料理店には足を運ぶが、和風カレーはちょっと違うのだ。

母も昔はよくカレーをつくった。乱切りの玉ねぎ、ジャガイモ、ニンジンに、角切りの豚肉。バーモントカレーの板チョコのようなブロックを、少しずつ折りながら最後に加える。わたしが東京に住んでいた10代のころは、まだそうしたインスタントカレーのCMもテレビではさかんに見られた。いつごろから、そうしたCMが全く出なくなってしまったのだろう。

さっそくアジア食品店でバーモントカレーを見つけ、中辛を買い求めた。

ひとくち口に含むと、懐かしい味が広がる。中辛だというのに、激辛タイ料理やインド料理に慣れた今のわたしの口には、甘くて優しい。
ご飯はカレーに使うバスマティ米ではなく、いつも食べている自作五穀のカリフォルニア米。日本のカレーにはこちらのほうが似合う。

母がよくつくってくれたもので覚えているのは、このカレーライスと豆腐入りの豚肉生姜焼き、そしてハンバーグ。とっておきのご馳走はちらし寿司かあんまり甘くない稲荷ずし。子供のときの母の料理は今でもよく覚えていて、そうだ、あのころは母とわたしたち姉弟4人で食卓を囲むことが多かったっけ。亡き父はあのころ毎晩遅くまで仕事か、または飲んで帰ってきていた。

母はもう今では指があまりよく動かなくなってしまい、料理は電子レンジで何か温めるぐらいしかできない。昨日食べたものも忘れることが多くなった。でも昔のことはハッキリと覚えているので、次の1時帰国では「お母さん、今日はお稲荷さんにしようよ。分量を教えてくれれば、わたしがお母さんの味でつくるから」と言ってみよう。

もうひとくちカレーを口に運んだら、昔の食卓とわたしたちに背を向けてカレーをつくっている母の姿がはっきりと目の前に浮かんだ。懐かしさで手が止まってしまった。

母はあと5日で88歳になる。

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カートを押す母にタクシーは止まるか

わたしの母は85歳になった。

もちろん85年間も使ってきた身体は「修理」をすることも多くなり、今では弱い膝と腰のせいで何となく前かがみの姿勢だ。外出には折りたたみの椅子にもなるカートを押している。カートがなければほとんど歩けない。杖ではバランスが悪くてほとんど進めないのだ。

そんな母の交通手段はタクシーだ。段差の多い地下鉄やバスにはもう乗れない。
病院に定期的に行かなければならないので、タクシーは行き帰りにはかかせない。

今日は昔からの整形外科で痛む膝に注射を打ってもらう日だが、「いつものことだから付き添わなくてもいいからね」と言うので、タクシーを呼んでひとりで行かせた。

ところが、何時間も帰って来ない。心配になってきたところようやく電話があり「どうしたのよ」と訊くと「タクシーが来ないし、来ても止まってくれないのよ」と言う。「行きはよいよい、帰りはこわい」だ。その小さな病院にはタクシー乗り場もなく、外に出て大通りで流しのタクシーを拾わなければならない。
その後やっと止まってくれたタクシーの運転手はとても親切で、カートをトランクに入れてくれたりと色々世話を焼いてくれたらしい。ほっとした。

「運転手さん、どうして他の運転手さんたちは止まってくれないんでしょうね。わたしがカートを押すオバアサンだからでしょうかね」
「いや、年には関係ないけれど、このごろではお年寄りが増えて、どこに行くにもタクシーに乗るでしょう。ほとんど基本料金の距離で、しかも降りてカートを載せたり降ろしたりしなくちゃならないんで、めんどくさいってひともいるんでしょうね」

その話を聞いて「回送だったとか、ひとが乗っていたってことだってあるでしょ」と笑って言ったら、今度は「いくらオバアサンだからって、そのぐらいは読めるし見える」と怒りだしたので、黙ってしまった。

日陰だったとはいえ、30度以上の4車線道路の隅で20分もタクシーを待っていた母。そして、カートにちょこんと座って「空車」のサインを見るたびに必死で手を振る母。そんな母を無視するタクシーだけとは思いたくないし、わたしだって親切な運転手に遭遇することは多い。

手軽にタクシーを使うお年寄りがこれからも増え続けることを考えると、この年齢限定の乗車拒否が「巷の常識」にならないことを願うばかりだ。