トゥージェイ:西オーストラリア入植の歴史と小麦ベルト地帯

Toodyay(トゥージェイ)には以前にも行ったことがある。
実は、愛猫あいちゃんが生まれたブリーダーの家があるのだ。わたしが無知だったせいもあるが、こんなひどいブリーダーに当ってしまったのは災難だった。それでも一度家に迎えた子猫はわたしの家族だ。ましてや「あの」ブリーダーだったらあいちゃんはたぶんそれほど長く生きてはいなかっただろうと思うと、まあ、これは運命だったのだと思うことにしている。もらったばかりのころ(2011年2月)の話は「あいちゃんねる」に詳しい。

さて、当時はかわいいあいちゃんを見に一直線にそのブリーダーの家に向かっていたのでトゥージェイの町や史跡などには目もくれなかった。もう少し足を伸ばせばYork(ヨーク)という西オーストラリア内陸部で初めてイギリス人の入植地となった歴史的な町がある。

そんなわけで、今回の小さなドライブ旅行は内陸部に向かうことにした。

トゥージェイはパースから東へ85km。車で約1時間の距離だ。
歴史は1836年の入植から始まり、今ではヨークと並ぶ史跡の多い小さな町である。

最初に来たのはNew Castle Geol Museum(ニューカッスル刑務所博物館)。ほんの少し町の中心部から離れているだけで、土曜日午前中の周辺はしーんと静まり返っている。車もひとも犬もいない。青い空だけがやたら美しい道沿いに車を停めて、中に入ると入場料は手のひらに載るほどの小さな鍵付き金庫だ。ずいぶん不用心だが、誰もこんな小銭を盗むひとなどいないのだろう。「大人3ドル」と書いてあるだけなので、二人分の5ドル札と1ドル硬貨を小さな穴に苦労して押し込んでから中庭を歩く。

ユーカリの花が美しい。牢の前ではイチジクがまだ固い実を風に揺らせていた。

ここは「何度も脱獄した囚人」として有名なムーンダイン・ジョーが「何度も囚人として収監されていた刑務所」でもある。Bushranger(ブッシュレンジャー、脱獄した流れ者の意)として実は本にもなっていて、現地ではお祭りでも彼の格好をした男たちが練り歩く有名人だ。

中庭に面して監房が並んでいる。
ここには重罪人はいなかった、と管理人が話してくれた。どちらかと言うと軽い犯罪で服役している囚人たちで、朝は町に町民の店や工場や農場に働きに出て、夜になると官房に戻るという生活をしていたらしい。前述のムーンダイン・ジョーも、イギリスでの窃盗(パン3斤、ベーコンひとつ、チーズひとつにその他もろもろキッチンの食べ物)の罪で10年の流刑、ここトゥージェイの刑務所に送られた。つまり、脱獄も比較的簡単だったとみえる。

殺人などの重罪人になると、フリーマントル刑務所に送られたという。フリーマントル刑務所のほうが、もちろん観光客の数も違うのでかなり充実しているが、こちらも州の指定文化財となったのでもう少し開発とリサーチが進んでほしいところだ。

博物館を出て町の中心部に入ると、それでもひとが少ない。パースから来ると車とひとの騒音がないメイン通りというのはとても珍しいのだ。

こちらはConor’s Mill(コナーズ・ミル)と呼ばれる製粉所だ。1853年に囚人として送られてきたダニエル・コナーズは、恩赦後しばらく行商人として働き、この土地を買って製粉所にし、事業を大きく拡大した。囚人から成功者へ。

中には製粉関係の機械が歴史順に並んでいて、どのように小麦を製粉していたのかがわかってとても興味深い。

トゥージェイ周辺は海に面したパースと違って内陸部のなだらかな丘陵もあり、西オーストラリアのWheat Belt(小麦生産地帯)に当たる。余談だが、西オーストラリアは小麦生産量では全オーストラリアの50%を占め、そのうち95%がアジアと中近東に輸出されている。日本で作られるウドン用小麦粉はそのほとんどがオーストラリアからの輸入で賄われているのだ。

雨量による違いはあるが、小麦は大半が雨の多い冬(南半球の冬は日本の夏に当たる)に育ち、小麦列車と呼ばれる鉄道でフリーマントル港に輸送される。
トゥージェイからの主要道は途中から線路と平行しているため、数えただけで40台もの貨車が延々と繋がって走っているのが見えた。壮観である。

遥か彼方まで続く線路は一本だけだ。客車と違って貨物車、それも一回の輸送で何千トンも運ぶので、それほど1日の本数があるわけではない。一本で十分なのだろう。

トゥージェイからヨークに続く道沿いには、巨大な製粉工場のサイロ(小麦倉庫)が並び、裏には線路が引かれていて直接パースに輸送できるようになっている。
CBHグループのこのサイロの大きさにビックリした。他にも色々な工場があるが、この会社のものは群を抜いている。ひとつのサイロだけで高さ36m、幅11m。それが15本だ。

2015年に完成したサイロ上に描かれた絵画は740リットルもの絵の具を必要とし、総計470時間かけて完成した。今では州道120号線のトゥージェイ、ノーサム間の名物ともなっている。

ヨークに行く途中、ノーサムという小さな町を通った。
なぜかここでは迂回道となっていきなり車の混雑が見られ、一体何が起きているのかと思ったら、どうやら小さなキットカー(キットで作る自家製スポーツカー)のラリーが行われるらしい。

正午になろうかという時間帯だったので、まだランチには早い。
予定にはなかったが、ちょっと立ち寄ってみようと迂回路に沿ってグルグル回ったあと、やっとのことでお目当ての広場近くに駐車した。

小さいけれど手入れの行き届いた車が何十台もあちこちに並んでいる。ラリーは午後からとのことでそれまでいる気はなかったけれど、様々な形のスポーツカーらしき小型車をぶらぶらと見ているのも楽しい。

広場には土曜日の朝市がたっていたが、ちょうど正午で終了らしく皆片付け始めていた。

アクセサリーや手芸品、庭用の植物の出店が多いのはどこも同じらしい。ただし、パースの市場に多い珈琲や軽食を売る店が全くない。もう片付けてしまったのか、または広場から1−2分のメイン通りに出て買うひとが多いからか。

もう少し町を見てみたかったが、ラリーのための迂回路が多すぎて土地勘のないわたしは右往左往。結局そのまま町を出てヨークに向かう。(続く)