タスマニアへ:州第二の都市ローンセストン…の前に「パース」に寄る

4月19日(火)
ぐっすり寝たおかげで爽やかな目覚め。
支度をして外へ出るといい天気だ。近くのカフェでスモークサーモンとポーチドエッグの朝食…っていつも思うんだが、なんでこんなに1人分がデカイんだろう。わたしは大食いだと思っていたが、朝からこんなに食べられるほど身体が大きくないってことか。

bicheno12

町の外に出ると、やはり広大な自然に牛の群れが。タスマニアという州は絶対牛と羊の数のほうがニンゲンの人口を上回っていると思う。

perth_tas2

そのまま今日は寄り道もなしにLaunceston(ローンセストン)まで一直線…と思っていたが、途中にはなんとPerth(パース)という町がある。西オーストラリア州のパースではなく、タスマニア州のパースである。それならやはり寄り道しなくてはなるまい、と少しだけ。

perth_tas3

なんにもない原っぱの角にあった「ようこそ、パースへ」の情けない看板。もうちょっと置く場所を考えようよ。

perth_tas4

タスマニア第二の都市ローンセストンまで20キロぐらいのところにある人口2200人ほどのごく小さな町だが、そのドマンナカを通る主要道路沿いには何と歴史的建造物で保存対象となっている建物が33もある。

例えばパースの郵便局。これも1800年代に建てられたものだ。

perth_tas5

アンチックと古いガラクタを扱っている店があったので、覗いてみた。店自体も古い建物だが、ドアを開けると「ちりん」とベルが鳴り、中年の店主が出てきた。古い家具の補修も引き受けているそうで、手のあちこちにペンキがついている。

perth_tas6

中は本当に色々なものがごちゃごちゃに置いてあったが、タンスとランプには喉から手が出るほど欲しいものがいくつか。パースより安いぞ…と言っても持って帰れるわけもなし。

perth_tas7

目をひいた小さなガラス製ピッチャーを手にとってみると、これがまたおもしろい。緑色で花びらを型どっている部分もあって、珈琲用のミルクを入れたら細かい模様が浮き上がって綺麗だろう。そして、上のほうには「from Aunt Emma」という文字が読める。反対側には「To Myrtle」と1913という年号。古風な綴りだ。つまり、1913年にエマ伯母さんからマートルという姪へ贈ったプレゼントだったらしい。店主に訊くと、こういうものはたぶんどこぞの村の品評会で買って、その場で彫ってもらったんだろうと言う。手頃な大きさと値段だったので迷わず購入した。

IMG_0594

どこから来たのかと尋ねる店主に、西オーストラリアのパースからと言うと、「遠いパースからこちらのパースへようこそ」とニッコリ笑って返してくれた。白い歯が1本欠けているのが見えたが、いい笑顔だった。

 

タスマニアへ:ビチェノでタスマニアデビルのナイトツアーに参加

4月18日(月)
こんな何もない鄙びた町に何しに来たの?と思うかもしれないが、ここは絶景のフレイシネ国立公園にも近く、タスマニア東部の旅の拠点なのだ。夏はマリンスポーツと美しいビーチの休暇を楽しむ家族連れで賑わうというが、今はすでに冬の始まり。観光客と言えば、つまり「ペンギン」か「タスマニアデビル」のために滞在しているひとが多い。

ビチェノの北側ダイヤモンドアイランドの対岸に、世界で最も小さいリトルペンギンのコロニーがある。そして、毎晩この巣に帰るペンギンの群れを観察するナイトツアーがあるのだ。わたしもどちらにするか迷ったが、ペンギンはリトルペンギンではないにせよ、実はパース近郊のロッキンハムにもツアーがある。タスマニアデビルはパース動物園にはいるが、昼間は寝ているので起きている姿を見たことはない。
そんなわけで、今回はタスマニアデビルのナイトツアーをすでに予約しておいた。

TasmanianDevil_1888Mike Lehmann, Own work, copyleft: Multi-license with GFDL and Creative Commons CC-BY-SA-2.5 and older versions (2.0 and 1.0)

すでに軽い夕食を済ませ、ミニバスの待つ町でただひとつのスーパーマーケット駐車場へ。客は全部で11人。最後に乗り込んできた中年の女性は子供を4人連れてきていて、「お子さんにもシートベルトをつけさせてくださいね」という運転手(兼ガイド)の男性の言葉にやんわりと「孫なんですよ」と。ずいぶん若いおばあちゃんだなあ、と思ったのは誰しも同じとみえて、ひとりの年取ったご婦人が「お若いおばあちゃんねえ」とニッコリ。悪い気はしない「おばあちゃん」もニッコリ。車内の雰囲気も和やかになった。

さてバスで向かったのは、アプスリー保護地区と呼ばれる野生動物保護区域。昼間はハイキングをするひとや野鳥を観察するひとも多いが、夜は闇に包まれて夜行性動物たちの独壇場と化す。もちろん夜は鍵がかけられていて、一般のひとは入れない。鍵を開けた運転手(兼ガイド)が乗り込んで出発すると、そのヘッドライトに照らされて、カンガルー、ワラビー、ウォンバット、ポッサム、ガチョウ、ウサギなどが目を光らせてこちらを見る。

保護地区内にはさらにもうひとつゲートがあって、ここからはタスマニアデビル保護区となる。現在のところ、オスが4匹メスが6匹。1941年にはすでに保護法が成立しているが、25年前にたった1匹のデビルが突然変異を起こして、病気を次々と伝染させていった。1996年に初めて公式発表された「デビル顔面腫瘍性疾患(DFTD)」がそれだ。この病気のため、ここ10年で個体数は30%にまで激減し、2006年にはオーストラリア政府から絶滅危惧種(最も絶滅が危険視されている種)の認定を受けている。

devil1

その後、保護区と研究所共同で予防接種を開発、現在保護されている10匹に投与し、数ヶ月で発病を見なければ保護区から野生に戻すという。ただし、獲物または死骸を「その場」で食べる習性があるため、車に轢かれることが非常に多く、去年離した75匹のうち22匹が交通事故により死亡したと報告されている。

明け方と夕方の車の運転には細心の注意が必要、と言われるのはそのためだ。そしてもし野生動物を轢いたら必ず死骸を路肩に移動させなければいけない、という暗黙の野生動物保護の常識が地元にはある。タスマニアデビルだけではなく、そのほかの野生動物たちもその場で死骸を食べることが多いからだ。

今回のタスマニアの旅でもかなり沢山の動物の死骸を見た。全て交通事故である。いかにタスマニアに野生動物が多いかの証拠でもあるが、今回わたしがあまり運転しなかったのは、1日に何度も死骸を見つめ、それを避けながら運転するのが耐え難かったからだ。

devil3

デビル保護区には小さな小屋があり、中に入ると半円形にカーテンをひかれた舞台(のようなもの)を囲んでカウンターとスツール。まるでバーだ…と思ったらホントにチーズのおつまみと白か赤の地元ワインが提供された。運転手兼ガイドはそれだけでなくウェイターからお土産の売り子まで全てひとりで務めている。
そして、「この見学は静かにしていないとデビルに逃げられてしまいますからね」と念を押され、カーテンがさらさらと開くと…そこにはスポットライトに照らされたタスマニアデビルがワラビーの死骸をむさぼっていた。

devil2

静かに解説をするガイドの声だけが柔らかく響き、それ以外に聞こえるのはスピーカーから流れるデビルのお食事の音。歯がするどく、骨を砕く音までマイクで捉えている。
なんだかよく映画で見る「踊るストリッパーたちの丸い舞台を囲んで見上げるカウンターの客たち」のようだが、音楽があるでもなくしーんとした不思議な雰囲気である。

こちらは1匹目のデビルが食べ飽きるのを待っている2匹目。ガイドの話では、デビルは自分の身体の半分の重さの獲物を1日に摂る。だから、ワラビー1匹の死骸は朝になるまでにあとかたもなくなっているという。

devil5

タスマニアデビルはカンガルーと同じく有袋類だが、袋はお腹ではなく背中についている。そして、約30匹生まれた子のうち育つのはなんと4匹以下だという。生まれたときは、目も見えず耳も聞こえず、後ろ脚が2本しかない。前脚はまだできあがっていないのだ。

こちらはなんとか撮影できた動画。暗いのであまりハッキリとは見えないが、それでもタスマニアデビルのお食事風景はわかると思う。

獲物を取り合って喧嘩することもあるらしいが、今晩はそんなこともなく、客たちはワインを飲みチーズをつまみ、デビルの食事風景を見ているだけだ。でも、その1時間半の間じゅうガイドが話し続けているので、結構楽しく過ごすことができた。

またミニバスに乗ってモーテルに戻るとすでに10時過ぎ。疲れ果ててベッドに倒れこんだあとのことは全く覚えていない。わたしの不眠症は一体どこに行ってしまったのだろう…。

 

 

タスマニアへ:ビチェノに向かってひたすらデコボコ道を辿る

4月18日(月)
昨日はポート・アーサーのゴーストツアーで、モーテルに戻ったのが10時過ぎ。1日じゅう歩きまわったせいで、足が棒のよう。疲れきってベッドに倒れこんだら、もう朝までぐっすりだ。ベッドが変わると寝られないと言いながらも、これだけ疲れると夢さえみない熟睡だった。

朝はまた荷造りをして、近くのラベンダー農場のカフェで朝食。何でも中国人の女優がラベンター入り「紫色の」クマのぬいぐるみを「大好き!」とFacebookで紹介してから、中国では爆発的人気を呼んだという。タスマニアでの数日間、アジア系の顔の団体客はそのほとんどが中国人という経験をしているので、昔は日本人だったアジアからの観光客が今では中国人に取って代わられているのだなあと実感。観光客の行きそうな場所には、必ず中国語表記がある。
わたしは、タンスの引き出しに入れるラベンダー入り匂い袋を購入。

lavender

さて、今日から北上開始。タスマニアン・デビル見学のナイトツアーがあるのはビチェノの小さな町。きちんと舗装された道があるが、上の地図を見てもわかるように、大きく左に迂回している。この部分に直線の道はないのかと思ったら…あった。

bicheno1

コッピングからオルフォードまで、もはや地図を拡大しないとわからないほど狭い道が灰色で記されている。別に急いでいるわけでもないので、またもや予定変更、田舎の村々を巡る一本道をたどることにした。
そして期待した通り舗装していないデコボコ道に、ちょっと話をしようとすると舌を噛みそうになる。

to_bicheno2

もちろん牛と羊はまたも大量に散らばっている。「めええ」と「もおお」。

to_bicheno3

で、橋だって木製だ。

to_bicheno6

そして、また時速70キロの標識があるが、こんな細くて対向車が来たらそろそろとすれ違わなければならない道で70キロ出せるわけもない。地元のひとで慣れているなら別なのだろうけど。つまり30−40キロでノロノロと進むので時間もかかり、そして…飽きてきた。音楽をかけて踊ったり歌ったりしてみる。田舎のひなびた風景に全く似合わない車内の騒ぎである。窓はピッタリ閉めていたけれどね。

to_bicheno4

ようやくオルフォード到着。ここからは舗装された道のりだ。今までも村ごとに小さな教会があったが、ここの教会は大きい。墓地も整頓されていて、1900年代初頭の百年ほど前の墓が多い。

to_bicheno5

美しい入江を見ながら北上中。

reuben

舗装道路になってからの海岸線は美しい。途中のRocky Hillsあたりで降りて写真を撮ったがあまり天気がよくない。雨こそ降らないが雲が多く風が強い。外に降りて写真を撮るだけでヤマンバのように髪の毛がザンバラになってしまった。

to_bicheno9

タスマン海をこのままずっと泳いで行けば、ニュージーランドにたどり着ける。いや泳いだら死ぬよ、この荒波と寒さで。

to_bicheno10

彼方に見えるのはフレイシネ国立公園。行きたかったけれど、ここで1日潰すわけにもいかず、またひたすら北上してSwanseaに到着。いくらなんでも少しは休んでランチもとったほうがいいと、最初にあったレストラン(というより持ち帰り用食事の小さなカフェ)に飛び込んだ。

申し訳ないが、生ガキ以外は値段が高いわりに美味しくなかった。車で止まる観光客用の店かもしれない。

oyster_swansea

特にひどかったのは、わたしが注文したタイココナッツカレー「もどき」。

swansea

ココナッツミルクに魚の切れっぱしとエビをつっこんで、塩コショウしただけと思われる。不味い。だいたい「カレー」がなんでこんなに白いんだよ。カレーの味など全くしない、タイカレーと名前をつけるのも不届きな珍妙料理。ただしあまりにも疲れているので文句をつける気力もない。
Swanseaを出てしばらく行くと、また羊と目が合ってしまった。めええ。タスマニアは実に羊が多い。

to_bicheno8

ようやく着いたビチェノのモーテルは今年オープンしたばかりの新しいキャビンが立ち並んでいて、清潔で設備もいい。今回泊まったホテルの中ではダントツだった。

bicheno10

少しだけゆっくりしてから…と思ったが、結局ぐっすり1時間ほど昼寝(というより夕寝)をしてしまった。これからまたもやナイトツアーだ。そのために来たビチェノである。まだ一度も見たことがないタスマニアデビルの生態が見られるツアーなのだ。