熱心な読書家

わたしの住んでいるアパートは、昔モルツ(ビールの「素」ですね)工場だったところで、1900年代初頭の建物を改造して敷地ごとアパートメントハウスに 改造したうちのひとつだ。長いウナギの寝床のようなレンガ造りの建物が、入り組んで敷地を這っている。街のドマンナカということもあって、中はかなりトレ ンディな作りだ。プールには温水のジャグジがあり、ジムもサウナもそろっている。

去年は全く使わなかったそのジムに、今年にはいってから週に2回は行くようにしている。わたしの使う遅い午前中はほとんど人気がないからだ。
今日も誰もいないだろうと、勢いよくドアを開けたら、いた。30代の男性が本をハンドルに乗せて読みながら、ゆっくりゆっくりフィットネスバイクを漕いでいる。
わたしのスレッドミルとマシンのエクササイズは30分でソソクサと終わったが、彼はまだゆっくりゆっくりと漕いでいる。あのスピードでは、歩いたほうが速いのではと思うくらいの「ゆっくり」だ。
午後にショッピングセンターで買い物を済ませ、帰りにまたジムを通りかかると、今度は大きな泡を噴出しているプールのジャグジに座って、彼はまだ本を読んでいた。
自転車もプールのぶくぶく風呂も、本を読むには絶好の環境ではない。ましてや、わたしが最初に彼を見たときから、ゆうに4時間はたっている。
マコトに不思議なひともいるもんだ、と妙に感心してしまった。

ノンちゃん、雲に乗る

パースの図書館は、大きなガラスの入り口をはいると、すぐ横に古本コーナーがある。
本棚もあるにはあるが、そこかしこに山積みになった古本は、皆図書館からの処分品なのである。全てコインで買える値段の本だが、普段はあまり興味深い本は見つからない。

と ころが今日は、延々と続く英語の背表紙の中に、ひょこっと日本語が浮かんで消えた。あらと思ってもう一度引き返すと、そこにあったのはみず色の表紙の「ノ ンちゃん、雲に乗る」。石井桃子の古典的児童書だ。表紙の扉を開いてみると、そこにはまだ図書カードや、貸し出しカードがついたままである。85年購入 で、実に様々なスタンプとひとのサインが並んでいる。高校や大学の図書館に直接貸し出された形跡もある。15年以上たったにしてはまだまだきれいなその本 を、日本語学習のために一生懸命読んだ学生もいたのだろうか。
わずかな金額と引き換えに、わたしのものになったその小さなみず色の本は、小学校の ときに読んだきりだ。だから、細部は覚えていない。ぱらぱらとめくると、小学校の図書館の匂いがした。そして今はあまり見かけない活字も、ぼろぼろになる まで読んだ同じ時代の児童書と同じもので、クリーム色のすべらかな紙の上で、優しく丸みをおびて光っていた。
懐かしくて懐かしくて、そうっと触れてみる。

ちいさな親切、大きなお世話?

時々雨交じりの風が吹いて、いや寒いのなんの。それでも気を取り直して出かけてはみたものの、普段はすいている美術館にわざわざ日曜日にはいりたくはない。

まあ、ちょっとだけ買い物をして帰るか、と駅の構内を抜けてショッピングアーケイドに向かったら、3人ほどの日本人の若いグループがお決まりのようにバックパックをしょって、電車のチケット販売機の前で話し込んでいる。何やら困っているらしい。
近づいて「どうしたの?」と聞くと、やはり買い方がわからないということ。どこまで行くのか聞いてから、これこれこうやって買うのよ、と教えてあげたら、もちろんぽんとチケットが現れ、つり銭も出てきた。
「やっだー、だから言ったじゃない。やっぱりこうすればよかったのよぅ。」「お前だって、こうこうしたからお金もどってきちゃったじゃんかよぅ。」
で、これまたお決まりのようにわたしの存在を完全に忘れている。「それじゃ、もう大丈夫ね」と言うと、「あ、どうもー」とひとりだけがわたしに向かってささっと答え、3人の大声でのおしゃべりに戻ってしまった。

だから、嫌なのだ。

わたしはオセッカイなので、どうも外国で困っている日本人を見かけると声をかけてしまう。そして、3人のうち2人までが、きちんとお礼の言葉を言わない。
「どうもありがとう」という言葉は、一体どこへ行ってしまったのか。「どうもー」はThank youではないし、言わないよりまし、という程度の価値しかない。「どうもすいません」のほうが、まだ可愛げがある。
毎度同じような不愉快な経験を今まで住んだ国々でしてきたから、今度こそ絶対助けてあげないからねっ、と固くココロに誓うのだが、またしてもやってしまった。
オセッカイは遺伝である。煙草は絶てたけれど、これは直らないのかもしれない。

気 を取り直して、ささっと作った夕食はこれ、Caperattiというまあラビオリを大きくしたようなパスタ。ドライトマトとチキンが詰まっているから、皮 を赤くしてあるらしい。昨日イタリア食品店で買った生パスタなので、さっとゆでてから、熱くしたオリーブオイル、にんにく、タラゴンと混ぜ、イタリアンパ セリを散らして出来上がり。サラダを添えて、ついでにワインを一杯くいっと飲む。いいね。