オジロクロオウムの鳴き声はかなりウルサイ…

長い6週間の夏休みを経て、パースに戻ってきた。
零度以下にもなった日本滞在から一気に乾期の熱帯バンコクに戻ってからだったので、それほど気温の違いを感じはしない。それでも乾期のバンコクよりは暑く、外に出ればジリジリとくる日差しだ。

昼ゴハンを食べようと外に出たら、オジロクロオウムのぎゃあぎゃあという鳴き声が聞こえる。
以前写真だけは撮ってブログ記事にしていたが、今度は映像も撮れた。

かなり大きい鳥なので、群れていると壮観だ。遠目で恐る恐る撮ったので大きさがあまりわからないだろうが、どれだけうるさいか。隣の家の芝刈り機の轟音に負けていないのがすごいや。

プロンポン・MクオーティエのD’ARK

冷たい珈琲のときには必ずブラックで注文する。
オーストラリアではIced Long Black(アイスド・ロングブラック)と言うが、アメリカではIced Americano(アイスド・アメリカーノ)と言うらしい。エスプレッソ珈琲に水を加えたものをこう呼ぶ。タイ・バンコクではアメリカ英語が主流だが、オーストラリアからのカフェもかなり増えているので、Iced Long Blackと呼んでいる場所もあり少々ややこしい。

昔の日本の喫茶店では、店を開ける1時間ほど前に大きなフィルターで大鍋一杯のコーヒーを作り、注文が出るたびにそれを小鍋に移して温めて出したものだ。アメリカンはさらにお湯を加え、底が見えるほど薄くしたものをそう呼んでいた。なんでこんなことを知っているかというと、そういう店で大学生のときにアルバイトをしていたからだ。まだ秋葉原に野菜市場があったころの話である。オタクなんて言葉もメイド喫茶なんて店もなかった。

さて、戻ってバンコクの話だ。
高架鉄道で二駅という近さなので、プロンポンのエンポリアムかその向かいのMクオーティエにはよく行く。エンポリアムの場合は5階のKuppadeli(クッパデリ)でIced Long Blackを、Mクオーティエの場合は1階のD’ARK(ダーク)でIced Americanoを頼むことが多い。

さて、今日はそのD’ARKでヘアカット後の午後を楽しんだ。
最近のバンコクのカフェはエスプレッソマシーンが主流だが、こちらではコールドプレスの珈琲も注文できる。アメリカーノと言えども、きちんとエスプレッソマシーンを使ってエスプレッソをつくってからグラスの氷の上に注ぎ、水を加えている。香りもいいし、味もいい。

隣のひとが美味しそうにケーキを食べていたので、マネをしてわたしもレモンタルトを。

レモンジュースをたっぷりと使って仕上げていて、とろりとしたレモンクリームが美味しい。甘さに加減がないところが日本のケーキと違うが、わたしはこういう甘々のケーキも大好きなのだ。「あんまり甘くなくて美味しいね」という感想はタイやオーストラリアでは賞賛にならない。

この店は美味しい珈琲を提供してくれるが、実は夜になれば酒も食事も楽しめるれっきとしたレストランだ。わたしはまだ夜に来たことはないが、一度は試してみたい料理がメニューに並んでいるので次の機会に必ず。

スイス大使公邸でのコンサートと日本の「ヘルプマーク」への疑問

行きたくなーいとブツクサ言いながら出かけたカクテルパーティーは、スイス大使館の大使公邸が会場だった。

駄々をこねていたのは、すでに10年以上バンコクに住んでいないので、知っているひとがもうほとんどいないから。でも諸事情でどうしても行かなければならない羽目になり、ため息を百回ほどつきながら出かけていった。

40人ほどの小規模のカクテルパーティーで、言われていたとおり本当に極少数のひとしか招待されていないようだった。つまり、わたしの普段から知っているスイス人は誰もいない。1番多かったのはSWISS(旧スイス航空)の関係者たち。そしてネストレのタイ支社長とその次にエライひとたち。コンサートの協賛にそのふたつの大会社があるので当然と言えば当然だ。

パーティーには知っているひとがふたりだけいた。ひとりはスイス大使そのひとだ。20数年前わたしが北タイ・チェンマイで仕事をしていた当時、一等書記官としてバンコクに赴任していたのでかなり頻繁に交流があった。そのひとが20年の歳月を経て大使として戻っていたのだ。
もうひとりは旧スイス航空のタイ駐在支社長としてバンコクにいたスイス人だ。現在はバンコク・エアウェイズの副支社長として勤務している。彼には当時一度だけビジネスクラスからファーストクラスにアップグレードしてもらったことがある。たぶん最初で最後のファーストクラス体験だったので、これには今でも感謝している。

さて簡単なカクテルパーティーは1時間ほどで終わり、コンサートが始まった。ピアノ、ヴァイオリン、チェロの室内楽トリオ「ARS ET LABOR TRIO」だ。20世紀の音楽を得意とし、ヨーロッパではかなり高い評価を受けているトリオだ。曲目はロバート・シューマン、エルネスト・ブロッホ、そして休憩を挟んでベートーベンのDell Arciduca。

わたしの席は前から2番めの真ん中で、あまりにも近くてドキドキしてしまった。何しろ楽譜をめくる音まで聞こえるほどの近さだ。音楽が始まると、わたしはたぶんポカンと口を開けたまま聴き入っていたと思うが、美しい音が後から後から洪水のように部屋全体を満たし始め、もうあっと言う間に終わってしまった。素晴らしかった。

あまり周りを見るヒマもなかったが、たぶん大きなミーティングルームであろう部屋には至るところに芸術品やアンティーク家具が置かれている。

外に出ると…そりゃあもうスイス大使館の名物、スイス国旗をほどこした真っ赤な「乳牛」だ。写真は撮ったが、わたしは手だけでご勘弁を。

余談だが、この国旗を見ればなぜわたしが日本でデザインされた身障者支援の「ヘルプマーク」に疑問を持ったかわかるだろうと思う。

助け合いのしるし「ヘルプマーク」(リンク)

赤に白十字はスイス国旗なのだ。その国旗の配色を反転したものが白に赤い十字の「赤十字」である。そうした歴史的な事実を無視して、スイス国旗を「あたかも新しくデザインされたヘルプマーク」に組み込んで大々的に宣伝しているが、大丈夫なのだろうか。ヨーロッパでこのカードを見せたら、まずほとんどのひとが「I ♥LOVE SWITZERLAND」のことかと判断してしまうだろうに、「外国人観光客にもより分かりやすい案内用カード」としてパラリンピックに向けて全国共通のカードとしていくとは…。それがヘルプカードだとわかるのは日本人だけ、ということになってしまうのではないか。
身障者支援の意図はすばらしいのだが、このデザインだけはパラリンピックまでに何とかしてほしいと思う。