濃密な空間をつくる

日曜日に蕾がまだ固い百合を市場で買ってきたのだが、それが昨日あたりからぽつぽつと開きだした。開くと馥郁たる香りがあたりに蔓延して、むせかえるくら いだ。俗にタイガーリリーと呼ばれるこの濃いピンクの大きな百合は、パースから南下すると野生のものが街道伝いにも見られる。

買ったときに、これ だけじゃあ寂しいかな、と一緒に活けたいものを探していたら、花屋の屋台のオジサンから、ブルーガムがすっと差し出された。ユーカリの一種で、木は10m にもなる大きなものだが、その丸くて青みがかった葉は、独特の煙ったスパイスのような香りを持つ。2-3本注文したら、「これは束じゃなきゃ売れない」と 言う。約150円という値段で一体どれほどの「たば」なのか、と待っていたら、いきなり一抱えのそれはそれは大きな「たば」が目の前にあった。長さもかな りなもので、そのまま下向きにかかえたら、もちろん160cmのわたしは引きずることになる。

家に持ち帰って4つの花瓶に移し変え、そして大輪の百合がそのすきまに開いてみると、濃密で甘い煙のようなスパイスが混じり合って、どこの部屋に行っても香る、香る。
タイガーリリーとブルーガムの目に見えない華やかな襲撃に、猫のゆきちゃんが「くちゅん」とくしゃみをした。

火を灯さない新しい蝋燭

蝋燭は好きだが、買ってからまだしばらくは灯をともさないこともある。忘れていたり、またはそんな気分にならないときなどが、そうだ。

昨日友達を 何人か呼んだときに、スコットランド出身のボブが座って飲み物を手にとったとたん、いきなり「マッチかライターある?」とわたしに聞いた。「あら、煙草 すってたっけ」とびっくりしたら、「いや、蝋燭に灯をともさなきゃ」と言う。珈琲テーブルの上には、まだ新しい蝋燭が二本、白い芯もそのままに置いてあ る。その両方にマッチで灯をつけたボブは、ふわっと明るくなったテーブルから目を上げると、驚くほど深みのある緑色の眼をわたしに向けた。
「灯をともしていない蝋燭はよくないんだ、迷信なのかもしれないけど。。。僕の母は蝋燭を台に置いたら、たとえすぐに使わなくても灯をともして芯を黒くしたよ。」でも引き出しにいれてある蝋燭はいいんだ、とも付け加えた。

昨 日のことだが、強く印象に残ってしまったらしい。テレビ用ソファのテーブルにも蝋燭があるのだが、ニュースを見ようとテレビをつけたとたん、目にはいっ た。さっそくマッチをとって灯をともす。マッチを手にしたまま見回したら、キャビネットの上にも新しい蝋燭がある。これにも灯をともす。部屋中の蝋燭をつ けて、やっと落ち着いてソファに身をしずめた。

離れている恋人に、余韻を残す会話を

SARSのせいで、悲観している友達がいる。彼、マークの恋人は香港の近くに住む中国人なのだ。カンタス航空が香港へのフライトをキャンセルしてしまった 現在、恋人がパースに来るためには高騰してしまったキャセイ航空を使うしかない。彼女の2週間の休暇のためにそのフライトを予約すると、あまりの高額に次 回のめどがたたないくらいだ。

ため息をつく彼のために、軽い夕食を作って何人か呼んだ。メニューは、洋ナシと生食ほうれん草のサラダ、バジルとマッシュルーム入りトマトソース、そしてリコッタチーズとチキンのはいったアニオロッティ(ラビオリの丸い大型のようなパスタ)。
シンプルで全て30分以内に準備できてしまう料理だが、これにすっきりと喉越しのよいセミヨンをぽんと開ける。

ま だしょぼんとしているマークに、横に
座ったボブが声をかけた。「でもね、会わないってことが、君たちの愛情を高めるってことも考えられる。だって、ほとん ど2日置きくらいに電話してるんでしょ?僕がその証拠だ。」彼は今パースに長期出張中のスコットランド人である。「食べたものとか、見たもの、読んだ本と か、話し出すともう30分じゃ足りないくらいだ。一緒にいたら、いるだけで満足してしまうけれど、離れていて話すと余韻が続くんだ。」楽しいゲストとこん な美味しい食事をしたってこと、話したら彼女うらやましがるよ、と付け加える。
ひとしきり笑いとざわめきの後、マークは「いや、だけどこのサラダとパスタ、ほんとに美味しいや。今夜も遅くに電話をするから、このこと言わなくちゃ」と微笑んで、本格的に口に運び始めた。