スビアコの週末マーケット

日曜日になると、週末マーケットに出かける。
スーパーで整然と包まれ ているシナシナしている野菜や果物と違い、ここのは客の呼び込みに忙しい中国系野菜売り場のひとたちと同じように、元気がよくて生き生きとしている。ひと つ手にとると、「それそれそれ、美味しいんだから。1kg2ドルっ。甘いのは保証付っ。ささささ、食べてみてたべてみてっ」と鼻先にぶつ切りにしたばかり の柿がつきつけられる。大きなミカンにそっと触れるとまた「それそれそれも美味しいっ。ここにあるから、試食試食っ。」とまたもやみかんの大きな房がつき つけられる。

いつも「明日と明後日食べる分だけ買おう」と勇んで出かけるのだが、結果は重い袋をいくつも提げての帰宅となってしまうのだ。

1896年に建てられた家

買い物の帰り道、大きな看板に気づいて車を止めた。
Home Openと書かれた不動産屋の売家開放の日らしい。草はボウボウと生え、屋根はサビだらけ、煉瓦は色あせているが、通るたびに「昔は堂々たる邸宅だったんだろうな」と思っていた家である。
中 に入ってみると、こりゃひどい。安易に取り付けた増築部分は安っぽくて汚く、台所も広いだけで、キャビネット類は使いものにならないほど汚れ、壊れてい る。だが、正面のドアには緻密なステンドグラスがはめ込まれ、どっしりと厚い木の床が薄汚れたネズミ色のカーペットの下から覗いている。正面には6本の柱 がベランダの上に立ち、フェデレーションスタイルと呼ばれる1800年代の面影を確かに残していた。
800m2の敷地込みで、この1896年築の邸宅の価格は27万豪ドル(約1900万円)だから、日本のことを考えたらびっくりするような安さだ。

欲しい。

喉 から手が出るほど欲しかったが、理性を取り戻したアタマで考えたら、邸宅の復元に倍の費用がかかると気がついた。屋根、内装、庭から全てが使いものになら ないからだ。不動産屋のオニイサンが香水の匂いぷんぷんさせながら語ったところによると、年々古い家は少なくなり、この家は近辺では一番古い家で、しかも 50年以上まったく修復されていない、ということだ。まあ、だから安いのだろうが、趣味でアンチック家屋の修復をしているならともかく、シロウトではとて もどこから手をつけたらいいか迷うだろう、とも付け加え、わたしをじっと見た。
完全に復元されたその邸宅の素晴らしさを想像して、また喉で手がざわざわと指を動かしはじめたので、早々に退散。「風と共に去りぬ」の邸宅は、またもやわずかに残っていた理性と共にアタマから去っていった。

パーティー・パーティー

カジュアルで盛大なパーティに招かれた。スワン川の一周をしながら船の中で食事と飲み物と音楽を楽しむ、と聞いてはもちろん「行く行くっ」。

総 勢100人ほどの招待客は、半分以上が主催会社で働く従業員である。ビュッフェ形式のテーブルから好きなだけ好きなものをとって空いている席につく、とい う豪州式シンプルスタイルなので、もぐりこませてもらったわたしもゆっくりくつろいでしまった。食事もまあまあ、ワインも安物ではない。
ただこれ だけはやめてほしいなあと思うのは、どこのビュッフェでも目にする、「一皿に触れなば落ちんばかりに盛られた食べ物」だ。とても安いレストランのランチで もないかぎり、何度でも好きなだけ取りに行ってよいのがこのビュッフェ形式である。招待客しかいないパーティでは、言わずもがなだ。それなのになぜ、 フォークを入れただけでぼろぼろと皿の周りに食べ物がこぼれ落ちるほど、一度に盛るのか。サラダ用ドレッシングとローストの肉汁がまざりあい、魚と肉はど ちらがどちらだかわからない。オマケにその大盛りの皿のてっぺんには、ちょこんとパンまで乗っかっていて、落とさないようにそろりそろりと歩く姿も情けな い。そんなに色々な料理を一度に盛ってしまっては、それぞれの味を見つけ出すのも大変じゃないのかなあ、と日本語で呟く。

コートをとって外に出たら、船に当たる風が冷たい。見上げると、満天の星だった。