暴風雨に外出という愚行

パースではあまりお目にかかったことのない暴風雨が、ここ数日間間隔をおいて続いている。パティオの煉瓦敷など落ち葉だらけで、ひどい状態だ。電話をして きた友達に「まるで、北のダーウィンあたりにやって来るサイクロンみたい」とため息をついたら、パース西のスカボロ海岸に風速100kmという「ホンモ ノ」のサイクロンが上陸していると言う。なんだ、そのせいだったんだ。

西豪教育省から連絡があり、フルタイムの教師の契約がはいった。来 月から半年間ということで、直接学校へ面接に行ってきたのだが、不幸なことに太い街路樹がナナメになるほどの暴風雨の時間にちょうど当たってしまった。高 速道路など、ハンドルをしっかり握っていないと車があらぬ方向へ走りそうになる。おまけに雨は高速ワイパーでもぬぐえぬほどの量。正直なところ、引き返し たくなった。

学校で様々な話し合いと書類手続きを終えると、また暴風雨が戻ってきている。コピーしてもらった資料をかかえて駐車場まで走ったら、 あまりに強い風に腕の中の書類が飛ばされた。舞い上がった書類は、駐車場のフェンスにべたりと一枚づつ張り付く。風のせいで落ちないのはいいが、高すぎて 届かない。情けないなあ。通りかかった高校部の男子生徒にとってもらう。こちらの16歳くらいの「少年」は、まるでプロレスラーのように大きいのだ。「ど うもありがとう」とお礼を言ったら、「ノーウォリーズ(no worries)」。豪州英語特有の「どういたしまして」だが、いまだに慣れない。「ご心配なく」って言われてもピンと来ないじゃないか。ゆえに、わたし には使えない言い回しでもある。つらつらとそんなことを考えながら、そろそろと車を走らせていたら、今度は迷った。
倍の時間をかけて家にたどり着くと、もうグッタリだ。暴風雨の真っ只中に外出なんて、いいことヒトツもなく、ただただ情けないものである。ふう。

写真は、情けない日の終わりに気分転換をもたらす小さな陶器の象。香炉になっているので、ゆらゆらする細い煙を眺めながら寝酒の一杯を。

美食飽食と楽しいおしゃべりの夕べ

豪州の洒落たグルメレストランでは、シェフが腕をふるう「おまかせティスティングメニュー」が近頃のハヤリだ。7-8皿の料理が前菜からデザートまで供さ れ、その各一皿ごとにレストランで選ばれたワイン(もしくは今晩の前菜のように、豪州産日本酒)がグラスで楽しめる。各料理の量はほんの少しづつなのだ が、なにしろそれを延べ4時間にわたって、様々なグラスワインと共に食するとなると、結構ハラにもたれるものでもある。

わたしが「キミってほん とに少ししか食べないんだね」と言われたのは遠い昔、まだ10代の初恋のときだけだ。ましてやシドニーからはるばるやってきたワインとグルメの御大マイク が今晩のデートの相手ときては、「ええーわたし小食なんですぅ」などと言っても呵呵大笑されるのがオチである。その二人が揃いも揃って、最後のデザートと デザートワインを半分残したというのだから、どのくらいの量がわたしたちのイブクロに収まったか想像できるだろう。げにオソロシきかな、ティスティングメ ニュー。

「るずぱーぞぐじ」の誘惑

パティオの椅子がずずっと動くほどの暴風雨となり、水の少ない西豪州ではほっとするひとたちも多いことだろう。しかし、1日中ウチにいなければならない身 としては退屈な日でもある。「あそぼうよー」とばかりに足にかじりついたゆきちゃんを、そのままずるずると引き摺りながら、ついに書斎の片付けを始めた。 猫シッターに甘んじているわけにはいかないのだ。
しかしわたしの片付けは、始まったら最後どんどんどんどんと横道にそれていくのが常だ。「お や、こんなとこにあったんだ」「おお、それもすっかり忘れていた」「やだやだ、ナツカシイ」などと独り言を呟きながら、進むどころかだんだんと自分の回り に紙の山が増えていく。戸棚の中の整理しなければならない書類の束をどっこいしょとどかしたら、その下にこんな箱が隠れていた。

1月に10日間 ほど車で南下したときに、ひょんなことから買ってしまったジグゾーパズルである。森林の中の小さな村にある玩具屋の店先に、貸し出し用として並んでいたう ちのひとつだった。長期休暇を楽しむひとたちがその西豪州で一番古い村ですることと言ったら。。。昼間の散歩と夜のジグゾーパズルなのかもしれない。風景 やカラフルなイラストなどのパズルを眺めていたら、この箱が目に止まった。ジグゾーという言葉が反対から書かれている。要するにこの箱の表面の絵は、パズ ルの完成画像ではなく、これをもとに車の前方から来る荷馬車のオジサンの目から見た絵を想像して、完成させなければならないのだ。車の正面とか、自転車を こぐオジサンの後姿などがそこになくてはならない。なんて、ややこしいんだ。

しかし箱の角が擦り切れていたりして、結構使われたものと見える。 いや、ジグゾーパズルを完成させるというのも立派な休暇なのかもしれない。毎日の仕事に追われるフツウのひとびとが、そんなまとまった時間を普段とれるは ずがないのだ。感心して眺めていたら、店のひとがでてきて「借りる?」と聞く。いや南下する旅の途中なんで、と言うと「じゃ10ドルで、どう?」本当に全 部のピースがあるかどうかも怪しいものだが、つい安さに負けて買ってしまった。

以来、もちろんそんな「まとまった」ゆとりができるはずもなく、日々の雑用にまぎれて戸棚の隅に忘れていたパズルである。手にとったら、なんだか箱の中身を全て床にぶちまけて、とりあえず隅っこのピースから始めてみたくなった。