茄子に古釘

日本への里帰りで楽しみなものに、もちろん母の手料理がある。朝ご飯に添えてある小茄子の漬物もそのひとつで、さっぱりとして色も艶も鮮やかだ。美味しい なあ、と言うと、お祖父さんの代から作り方は同じだからねえ、と母もにっこり。水に塩をたっぷりいれて煮立たせ、冷ましてからカメの小茄子の七分目くらい までざんぶとかけ、最後に古釘をぱらぱらといれて、母の生まれる前から家にある漬物石を乗せる。そして次の日くらいから、紫色に輝く小さな茄子が食卓にの ぼるのだ。古釘をいれると何故か色が綺麗なまま出来あがるのよ、と昔母が教えてくれた記憶がある。しかし年取った母には年々漬物石が重くなってきたよう で、今年はとうとうネジでまわして圧力をかける小さな漬物用容器を買ったらしい。
それでも台所をのぞいたら、容器の中に古釘が何本か浮かんでいるのが見えた。母の漬物は、容器が新しくなろうと作り方も味も変わらない。

近視で乱視で老眼も、一度の矯正

夜雨戸を閉めようと思ったら、白いものが戸袋の先で揺れた。軒から落ちる雨水に 打たれたくちなしの花のつぼみだ。もうすぐ開きそうな気配である。今日のような霧雨は、傘をさしていても身体中にまとわりつくようであまり気持ちのよいも のではないが、夜の裏庭で濡れそぼった真っ白い花をいっそう可憐に見せる。

その「傘を使わせるのか使わせないのかハッキリしてくれっ」と 言いたくなるほどのふわふわ霧雨と雑用の合間を縫って、コンタクトレンズを買いに街へ出る。わたしの目は、眼鏡の厚みがデコボコになるくらいのトンデモナ イ乱視なので、今ハヤリのソフトコンタクトレンズでは視力がきちんと出ない。だから20年以上もっぱらハードコンタクトレンズを愛用している。
様々な検査のあと、最後に「それでは近い距離の検査をします」と言われて、初めてわたしにも「老眼」がこっそりと訪れたことを知る。わたしの知り合いのように コンタクトレンズを着けたまま、その上にさらに読書用眼鏡をかけるのかと思って憂鬱になったら、今はもっと便利なマルチコンタクトレンズなどというものが あるらしい。眼鏡とは違う構造の「累進多焦点方式」(何という難しい日本語)で、下を見ながら階段を降りても、遠近両用眼鏡のように踏み外してコロゲ落ち ることはないという。
ド近眼だった亡き父が新聞を読むときに眼鏡をはずすのを笑ったとき、「近視で乱視で老眼」の三重苦は今にあなたにも訪れるよ、と言われたことを思い出した。三重苦は訪れたが、ひとつで三役のコンタクトレンズをつけるだけで視力は矯正できる。便利になったものだ。

いや「百円ショップ」って楽しいですね

大型の100円ショップなるものが実家近くの商店街にできたのは知っていたが、中に入ってみたのは今回が初めてだ。
広い店内のものがなんと全て100円! とは思えないほどの品質と品揃えに、気がついたら山のように買いこんでいた。住んでいるひとたちはもう珍しくもなんともないのだろうが、外国からたまに 戻ってくるわたしには大変新鮮である。確か5-6年前からとても小さなそれらのショップがあったことは記憶しているが、「初めての一人暮し」または「新婚 生活」に必要なものが全て買えるような店ではなかった。
昔なら、100円という値段を聞いただけで「安かろう悪かろう」で消費者のほうが鼻もひっかけなかったに違いないが、時代は変わってしまったようだ。確かに庶民の通う店、居酒屋、小売店などは、数年前に比べると段々と安価なものを提供するようになってきている。

来 学期からパースの公立学校でまた教鞭をとることになっているので、お弁当用具一式をそこで購入した。今までは現地で買った普通のタッパーウェアで間に合わ せていたのだが、どうも底が深すぎて間が抜けている。「わ、なんてカワイラシイのを買ったのっ」と妹に笑われたが、実用性は高いのだ。ふん。