バンコクの雨で綿菓子アタマに変身

パースもバンコクも雨期に突入しているが、地球の南極に近いほう、パースは「冬」真っ只中にある。かたやバンコクは一応「夏」、雨のせいで湿度が高くどん よりと曇った空が鬱陶しい。自宅8階のテラスから辺りを見渡すと、前回の帰国のとき満開だった火焔樹の真紅の花が姿を消し、代わって緑が一層濃くなってき た。湿度のせいで、この時期バンコクの樹木は大変に密度を増すのだ。このマンションの周りは、まだ個人住宅の多い一角なので、まるで樹木の間にかろうじて 家が見え隠れするほどの緑の量である。

そしてその緑の幕の一角から、ちりんちりんと屋台のガイ・ヤーン(焼き鳥)売りの鐘が響き、マン ション前の小道にランチ時のひとびとが集まる。この回りで働くひとびとを狙ってか、5年ほど前からひとつ、またひとつと屋台が増えだし、今では5つほどの 店が開く。汁ビーフン、ぶっかけ飯、チャーハンに焼きそばなど、みな素朴なものであるが、わたしはランチ時になると、よくこれらの屋台を利用する。
今日も、焼き鳥ともち米ご飯を買いたくて、雨がやんだのを見計らって外に出た。包んでもらっているうちに、それまでオフィスの冷房の中でまっすぐだった髪が、突然の湿気を含んでみるみるうちに綿菓子のようなバクダン頭に変身してしまった。

寒いパースから暑いバンコクへ

おや、ゆきちゃんが鳴かないなあ、と思ったらバンコクだった。目が覚めてみるとエアコンが回っている。あまりに寒いのでそれを止めて窓を開けたら、湿度の高く熱い空気が、車の騒音と屋台の呼び声を伴って、どっと部屋に流れこんできた。

昨日の飛行機が遅れたために、家にたどり着くとすでに2時だった。スーツケースを開けたり土産物を取り出したりして、結局寝たのは3時過ぎである。疲れと、猫の「目覚まし時計」がないせいで、大層ネボウしてしまったことに気がついた。
バ タバタと支度をして、オフィスに出てから挨拶と多少のおしゃべりを済ませると、もう仕事である。大量の雑用書類がすでにデスクに置かれているし、珈琲まで 「砂糖なしミルク大さじ2」でその横に鎮座している。こういう二重生活を始めてもう2年以上になるが、豪州で子供相手の教師をしていることがなんだか夢の ようでもある。もちろん、10週間に一度の帰国では大したビジネスもできないので、それ以来「雑用」のみをこなしているわけだが、それでもやることは山の ようにある。隣の部屋でこちらを窺っている秘書は、いまだにわたしにとってコワイ「目の上のタンコブ」だし、働き者であるがゆえにわたしがノンビリしてい ると歯がゆくって仕方がないというふうだ。やれやれ。

夕食は、久しぶりのタイ料理。パースでも食べたことはあるが、正直言って「まず い」。辛さが中途半端だし、何しろ砂糖が効きすぎている。ハーブ類が十分ではないということも致命的だ。その点、このバンコクの自宅から5分ほどの場所に ある老舗のレストランは、どれを食べても美味しい。皿はプラスティックだし、スプーンやフォークは、ちょっと力をこめたらヒン曲がりそうなシロモノ。イン テリアも凝っていないし、従業員も華やかな衣装というわけではない。だが、料理は手を抜いていない。たとえ英語のメニューを置いていようとも、辛いものは あくまで辛く、バジリコとミントの葉もたくさん盛られている。もっとエレガントな店のように、骨なし鶏胸肉なんて使わない。多少食べにくくとも、タイカ レーには骨付きぶつ切りである。砂糖なんぞで、味を隠したりもしない。そして、潔く安い。

裏庭に新しい隣人を

都市化の波はのどかなパースにも押し寄せているようで、近頃では”rear block”と呼ばれる土地が不動産情報の大半を占める。昔は1000㎡ほどの土地付きの家がフツウだったらしいが、それを持ち主が半分に区切り、裏庭 だった場所を土地のまま、あるいは新築の家を建てて売り出すのだ。500㎡もあれば十分じゃないか、と狭い東京の家に育ったわたしなんぞ思ってしまうのだ が、こちらでは違う。

「まず」と、こほんと咳をしてから友達は語り始める。「500㎡の土地と言ったって、それにはオモテの道から自分の裏の家ま での道がそれには含まれているんだ。裏の家にも駐車場は必要だからね。」なるほど。「ということは、それでもうすでに100㎡は少なくなってしまう。そし て、車が裏で切り返せる場所ってのも必要。オシリから入ればいいだろうと思うだろうが、法律で決まっているのさ。そして、左右前後に3m塀から離して家を 建てなきゃならない。」おおそれなら2階建てね、わたしがチャチャをいれると「ちがうっ」とジロリ。「回りが全部平屋なのに、市がいきなり2階建てを許す と思うかい? プライバシー侵害だよ。」おお、そんなこともあるのか。「そんなわけで、庭も作ろう、物置もいるなあ、なんて言ってたら、やっぱり150㎡ くらいの平屋になってしまうんだ。」

しかし、こちらのひとたちは通勤に30分かかるだけで「遠いなあ」などと言うが、実際町から30分離れたとこ ろには、まだ緑も多いエーカー売りの土地がごろごろしているのだ。ちなみに1エーカーとは4047㎡である。ただし、電気とガスがまだ引かれていないなん てところも、まだある。若い夫婦などは、だから少し遠いところにある設備の整った分譲住宅地に新しい家を買って住むことが多い。町の中の家はあまりに高す ぎて、手が届かないからだ。

そういう地元の話をしてくれた友達は、最近南の方に家を建てているらしいが、なんと土地は1500㎡だそうだ。しか し、建築の許可や契約が済んでから、実際に鍵を渡されて住むまでに、9ヶ月かかるという。なんて気の長い話だ。「だから、施工が始まってやっと、ウチは子 作りに励めるってわけさ」さらっと口をすべらせたが、もう後のマツリ。他の連中からヤンヤとはやしたてられ、彼は亀のように首を引っ込めた。

写真:家どころかアパート住まいのわたしの小さなパティオで、暴風雨にも負けず開きだした可憐な白椿のつぼみ。