乾物なら何でもゴザレの店

時々飲むブラッディメアリは、トマトジュース、ウォッカ、ウスターソース、タバスコを混ぜ、そして塩コショウしてから、セロリスティックをマドラー代わり にさしこむが、そのときにパラパラとセロリの細かい種もふりかける。これは香りがよいがあまり使わないので、いつもバラ売りの店でほんの少し買うことにし ている。

今日はそんなわけで、友達との飲茶ランチの帰り、ギリシア系の乾物屋に寄った。ここは古くからある卸しと小売りを兼ねた店なのだが、間口 の狭さに比べて大きく広がる店内に、皆はいったひとはびっくりするようだ。薄暗い店内には、ところ狭しと乾物の大きな袋が口を開け、むせ返るような香りが 立ちこめている。米、粉、豆、スパイス、ハーブなどありとあらゆる種類の乾物類は全て、客が好きなだけ自分でビニール袋にとり、レジで測って支払うシステ ムになっている。街の繁華街のど真ん中にあり、スーパーに比べても信じられないくらい安い値段で好みの量が選べるとあって、地元のひと、観光客でいつも混 んでいる店だ。

セロリの種をほんの一握り、中華食品店で買うより新鮮で早く煮える小豆も二握りくらい、そしてタプナードと呼ばれるフランス南部の ディップを作るために、種抜き黒オリーブの実をやはり小さな容器に軽く一杯。ギリシャ製の巨大な手作りオリーブ石鹸も欲しくて手にとったが、いかにせん食 パン半斤ほどの大きさである。1年間そればかり使う気もなかったので、今回はあきらめた。

レジに行くと、客とレジのオネエサンがギリシャ語でお しゃべりをしている。「あら、これもしかしてセロリシードねっ。これに挽いたばかりの岩塩を混ぜてグリルした野菜にかけてごらんなさい。美味しいわよー」 とわたしに英語で話しかけたのは客のほうである。「あら、これは種抜いてあるほうのオリーブね。種抜き器を買ったほうが安くできるわよ。種抜いてあるだけ で3ドルも高いんだから。」これには、オネエサンも苦笑気味。
わたしはこうした隣近所に溶け込んだ気安い店が大好きである。

濃密な空間をつくる

日曜日に蕾がまだ固い百合を市場で買ってきたのだが、それが昨日あたりからぽつぽつと開きだした。開くと馥郁たる香りがあたりに蔓延して、むせかえるくら いだ。俗にタイガーリリーと呼ばれるこの濃いピンクの大きな百合は、パースから南下すると野生のものが街道伝いにも見られる。

買ったときに、これ だけじゃあ寂しいかな、と一緒に活けたいものを探していたら、花屋の屋台のオジサンから、ブルーガムがすっと差し出された。ユーカリの一種で、木は10m にもなる大きなものだが、その丸くて青みがかった葉は、独特の煙ったスパイスのような香りを持つ。2-3本注文したら、「これは束じゃなきゃ売れない」と 言う。約150円という値段で一体どれほどの「たば」なのか、と待っていたら、いきなり一抱えのそれはそれは大きな「たば」が目の前にあった。長さもかな りなもので、そのまま下向きにかかえたら、もちろん160cmのわたしは引きずることになる。

家に持ち帰って4つの花瓶に移し変え、そして大輪の百合がそのすきまに開いてみると、濃密で甘い煙のようなスパイスが混じり合って、どこの部屋に行っても香る、香る。
タイガーリリーとブルーガムの目に見えない華やかな襲撃に、猫のゆきちゃんが「くちゅん」とくしゃみをした。

火を灯さない新しい蝋燭

蝋燭は好きだが、買ってからまだしばらくは灯をともさないこともある。忘れていたり、またはそんな気分にならないときなどが、そうだ。

昨日友達を 何人か呼んだときに、スコットランド出身のボブが座って飲み物を手にとったとたん、いきなり「マッチかライターある?」とわたしに聞いた。「あら、煙草 すってたっけ」とびっくりしたら、「いや、蝋燭に灯をともさなきゃ」と言う。珈琲テーブルの上には、まだ新しい蝋燭が二本、白い芯もそのままに置いてあ る。その両方にマッチで灯をつけたボブは、ふわっと明るくなったテーブルから目を上げると、驚くほど深みのある緑色の眼をわたしに向けた。
「灯をともしていない蝋燭はよくないんだ、迷信なのかもしれないけど。。。僕の母は蝋燭を台に置いたら、たとえすぐに使わなくても灯をともして芯を黒くしたよ。」でも引き出しにいれてある蝋燭はいいんだ、とも付け加えた。

昨 日のことだが、強く印象に残ってしまったらしい。テレビ用ソファのテーブルにも蝋燭があるのだが、ニュースを見ようとテレビをつけたとたん、目にはいっ た。さっそくマッチをとって灯をともす。マッチを手にしたまま見回したら、キャビネットの上にも新しい蝋燭がある。これにも灯をともす。部屋中の蝋燭をつ けて、やっと落ち着いてソファに身をしずめた。