同時進行で日本語と英語の授業をする無謀

宝塚市から何人かの高校生が、わたしの働く地元高校に来ている。2週間の予定で、同じ年頃の高校生の家にホームスティし、観光を楽しみ、そして何日かはこちらの授業を見学するのだ。交換留学生と言うのだろうか、こちらの高校からも9月に何人かが宝塚市に派遣されるそうだ。
こ ういったプログラムの常で言葉の壁もあり、連絡が行き届かなかったり突然の変更が起こったりする不手際もそりゃあ出てくる。5時限目のわたしの授業は10 年生の日本語アカデミックコース(これは1年の選抜コースだが、残りの生徒は商業日本語半年コースが必修となる)だったのだが、ぞろぞろと10人ほどの日 本人生徒も入ってきた。確かもうひとりの日本語の先生のクラスに行くはずだったんじゃあ、と思ったら、実はわたしの担当になっていたのだ。なーんにも準備 していないのは当然。ただ黙って見学させておくのも何だからと、急遽授業を変更、お互い自己紹介するトピックにした。日本人生徒には英語で質問させ、こち らの生徒には日本語で質問させる。まあまあ和気アイアイと楽しいクラスになったが、大変だったのはわたしだ。日本からの高校生はわたしの英語の説明が理解 できないので、日本語に切り替えなくてはならない。同トピック同時進行の英語・日本語授業というわけで、1時間後にはクタクタである。いやはや。

「垂涎の日々」にも書いた金柑だが、こうしてわざわざ枝をちょいと残して10時のおやつに持っていく。いかにも自分のウチでこさえてます、という雰囲気でなかなか自慢なのだ。

西豪州で終身雇用教師になる方法

西オーストラリアは大きい。日本の国土の7倍、そしてオーストラリアのほとんど半分近い州面積を持つ。しかし、大都市と賑やかな観光地が密集する東海岸と 違い、一番大きな都市、州都パースでさえ人口は140万人ほどである。従って、広大な砂漠地帯、そして鉱山を持つ小さな村々は、万年教師不足に悩まされる 地域でもある。

そして、西豪教育省が出した苦肉の策は「終身雇用教師制度」という奇妙なもの。パースなどの都市部でも取得できるが、非常 に難しい。なにしろ、「同じ公立高校で3年間」30%以上のパートタイムで持続して仕事があれば「仮終身雇用教師」となり、それから2年間じっと待たなけ ればならない。3年間持続というのが、なにしろ不可能に近い。終身雇用教師は優先権があるので、パートタイムの仕事だろうがなんだろうが、自分の仕事先が ないときは、教育省を通して非常勤教師のその30%の仕事をもぎとってしまうこともできるからだ。そしてもちろん終身雇用である。特別な理由がない限り学 校から肩をたたかれることもないから、居心地がよければ定年まで同じ学校で働ける。
知り合いの仏語非常勤教師はそうして転々と公立校を渡り歩き、 ついに12年目にしてようやく仮終身雇用教師になることができた。また、ある終身雇用教師が「家庭と仕事の両立」という理由で60%のパートタイムの仕事 を要求したため、ちょうど彼女の要求に合う仕事についていたわたしは、今年1月からの契約を去年12月にキャンセルされた。

しかし都市に しがみつかないなら、もっとテットリバヤイ方法もあるのだ。いわゆる砂漠地帯、過疎地に派遣される教師たちに与えられる特権を利用することである。過疎地 の教師不足を解消するための、3年以上そうした地域で仕事をすればすぐに「終身教師」となってパースに戻れますよ、という甘いオサソイだ。生易しい仕事で はないが「石の上にも3年」である。もっとスバラシイ仕事もある。「モバイル教師」だ。これは、四輪駆動で過疎地の村を回る巡回教師である。学校を作るこ とさえできない小さな村を次々と回り、子供たちに必修科目を教える。週に1回このまるでインディージョーンズかクロコダイルダンディー風の「センセイ」に 教えてもらう以外、こういった子供たちはもっぱらインターネット利用の遠隔指導を受けるしかない。

これまた別の知り合いはその過疎地教師 として、3年間パースから車で8時間という鉄鋼採掘の町で歴史教師として働いていた。行く前に、四輪駆動「バス」の免許を取らされたという。子供たちを遠 足に連れていくために、である。住むのは採掘人たちの独身寮だ。「ええっヒドイね」と言ったら、「いや、このほうがかえって安全なのよ。レイプの被害にあ うこともないから」と彼女はいとも簡単に答えた。もちろん荒くれオトコたちの町だから、女性の遊ぶ場所なんぞ皆無である。3ヶ月に1度パースに帰るのだけ が楽しみだったわ、と懐かしそうに語ったが、こりゃだめだ。わたしにはできない。

早々に大学院に戻ることも考えたが、もう少し「教えること」を楽しみたい。かくして現状に甘んじる非常勤教師のわたしは、今年末までのフルタイム契約で、来年契約更新のめどはもちろん立っていない。
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生鮭の切り身が冷凍してあったのでそれを解凍して、クリームパスタを作る。しかし、どうも毎日炭水化物が多すぎるような気がしないでもない。

食べることを忘れる哀しさ

たまっていたバンコクからのビジネスワークを片付けていたら、夜になってしまった。夜になってはイケナイわけではないのだが、日用品の買い物を忘れていた ことに気づく。考えてみたら、珈琲を飲むためのミルクがない。パンも切らしている。パスタさえない。習慣になっていた分厚い新聞を買うのも忘れた。冷蔵庫 を漁ってみても、哀しいかな「オカズ」として食欲をそそるものが全くない。それに今から解凍して料理を作っていたら餓死しそうだ。
で、ガサゴソと食料品の棚をかき回してみたら、やっとインスタントラーメンがひとつ。実はオーストラリアでもタイやマレーシア製のちょっとエキゾチックなラーメンではなく、懐かしい「出前一丁」香港製なんてものが安く出回っているのだ。
これに、萎びる寸前のモヤシとマッシュルーム、そしてニンジンを加えてみる。インスタントラーメンが嫌いというわけではないのだが、土曜日こそはもっとマシなものを食べたい、ゆっくり料理を楽しみたい、とあれこれレシピを考えていたのに、情けないなあ。

半 年ほどパースで仕事が見つからなかったせいもあるが、ほとんど生活の足しになる仕事はインターネットを通してバンコクから来ていた。つまり、自宅ででき る、コンピュータに向かった仕事である。暇というわけではなかったが、時間の分割はかなり自由だったと思う。そういう生活から離れてフルタイム拘束の教師 となって一週間、気がついたらまた食べることを忘れていた。愕然。バンコクでビジネスばりばりのころはよくそうして食べることを考える暇がなかったが、昨 年3つの高校カケモチのときでさえいろいろ料理は作っていたのだ。そりゃあ、5年ほど前からつかないでいいところについてきた「ヤワラカイもの」が減るの はよいことだろうが、わたしは美味しいものが大好きだし、そのことをを考えるのさえ大好きなのだ。
この一心不乱の時期が一時的なものであることを祈るばかりである。