切り身じゃない魚も食べよう

日本のスーパーのように小魚以外は皆切り身で売っているわけではない。パースでは、大きな魚も丸ごと細かく真っ白な氷の上に並べられている。そして、買っ たときに頼めば、その場で内臓を抜き鱗を取って調理しやすくしてくれる。日本にいると、元の魚が本当はどのくらいの大きさでどんな顔をしているのかちっと もわからないが、ここでは魚屋に行けば切り身コーナーと丸ごと魚のコーナーがあるので一目瞭然だ。

そう言えば、いつも欲しい欲しいと思い ながら、つい今まで買ったことがないのが、中国料理によく使う巨大な蒸篭である。中華なべの上で大きな魚も丸ごと蒸せる。これがないために、わたしの魚料 理はもっぱらオーブンを使って、アルミホイルにくるんだ魚を蒸すことになる。今日の魚はどんな味付けにも合う白身のスナッパーなので、レモン、根つき香 菜、タマネギをお腹につめてから周りにも散らし、酒とレモン汁を豪勢にふりかけてオーブンで30分。これにしょうゆとごま油をかけたら、もうご飯の進むこ と進むこと。切り身魚は便利で食べやすいのだが、蒸魚にはやはり丸のままがウマイ。

机の下の居心地は

昨日の飽食がたたって今日は朝から胸やけがひどく、冷凍しておいた野菜スープで軽い食事となった。もちろん休肝日でもある。だが、だからと言って日曜日の マーケットを見逃すわたしではない。Red Snapperと呼ばれる鯛の一種を丸ごと一匹買ってきたので明日の晩のおかずに。

最近 もっぱらデスクワークが主になってしまったので、ゆきちゃんも仕方なく書斎にいることが多いが、どうも色々な場所の居心地を試しているらしい。巨大な豪州 人サイズのデスクに向かっているとやはり足置きが必要なので、先週オットマンを買ったのだが、さきほど足を乗せようとしたらデニムの触感がいきなり滑らか な毛皮になっていた。ひょいと下を覗いたら、同時に金色の目がふたつこちらを見上げている。自分の重さでナナメになってしまった小さなオットマンに、かろ うじて丸くなっている。書斎にはもっと大きくて快適なソファも置いてあるのに何でまた、という人間サマのため息は聞こえるはずもない。

賑やかなカラブリアの夜

垂涎の日々にもひとつ書いたが、またもや「イタリア式、ニギヤカな隠れ家レストラン」に行ってきた。

隅 のテーブルに座るのは、近くに住む常連たち。近所の小さなイタリアンカフェにもよく座っているオヤジサンは、実は何を隠そう西豪州オペラ座の引退した団員 で、堂々たる恰幅、若いころはさぞや見栄えのいいオペラ歌手だったろうと想像させる男性だ。このオヤジサンにアコーディオン弾きが加わって、イタリア・グ ルメの旅のライブが始まる。

今晩はカラブリアの夜ということで、サラミ、チーズにナスのマリネを添えたアンティパスト、小魚のミンチケーキ、パスタに、魚 のトマトソース、そして鴨のローストという腹イッパイのコース。料理の間には、もちろんオヤジサンのオペラアリアが楽しめる。ところが、今日はなんと彼の 若い息子が加わった。西豪州サッカーの選手だったらしいが、どうやらオヤジサンにオペラの世界に引き込まれたらしい。堂々たる体躯に、しかし甘いマスクの 美丈夫である。見回してみたら、いや他のテーブルの女性たちもウットリと彼を見つめているではないか。そのせいか、小さなイタリアンレストランはいつもよ り熱気に包まれ、「フニクラフニクラ」や「ボラーレ」「リゴレット」のアリアなどにヤンヤの喝采。

美丈夫の息子は、ささっと3曲ほど歌って涼やかな笑顔を残して消え去り、口を開けて見とれていたわたしは、写真を撮るのを忘れたことに後で気がついた。