ドイツ風「豚足」、タイ風「豚足」

あ、アイスバインだ、と思ったのはわたしが初めてタイの屋台でこの料理を見たときだから、もう10年以上前のことだ。

それ以前にヨーロッパではす でに見たことも食べたこともあった。ドイツ語を話すスイス人を含むゲルマン民族は、このサッカーボールほどの大きさのデカイ豚足ローストを1本、一人前と して皿に盛る。真ん中にかなり太い骨があるので、「サッカーボール」はその骨を取ると半分くらいになるが、それでも特大胃袋の持ち主でないかぎりココロし て注文したほうがよいドイツ料理である。日本ではあまり見かけないので、これをタイで見たときにはびっくりしたものだ。どうやって食べるのだろう、とおそ るおそる注文してみたら、皿ご飯のうえにちょんちょんと細切りにした肉を乗せ、ふたつに切った味付け卵、そしてパッカートドーンというタイのすっぱい野菜 の漬物を添えて、煮つめた煮汁をかけてくれた。八角の香りがして、とろとろに煮込んだ豚足は、皮も脂も柔らかく美味しい。タイ料理というと大変辛いものば かりだと思いがちだが、この「カオ・カームー」のように優しい味の甘辛煮込みもある。屋台のテーブルには、もっと辛いのが好きなひとのために緑の唐辛子 (これが一番辛い)が深皿の中で待っている。

一度、バンコクの老舗ドイツレストランに行ったとき、隣のテーブルでタイ人のグループが「ドイツ風」 豚足を注文したのを見たことがある。カオ・カームーのようなものを期待していたらしく、運ばれてきた「サッカーボール」を見て、皆口をぽかんと開けたまま しばしの沈黙。そして大爆笑になった。初めてそれを見たタイ人の驚きはわかる。胃袋の大きさが違うと、食べ方も違ってくるものなのだ。

口にはしなくても気になっていること

若いときから「欧州白人」たちの間で暮らしてきたので、言葉と姿形のせいで誤解され無視され差別されることが数限りなくあった。仏語しか話せないときにス イスドイツ語圏に移ったので、標準ドイツ語だけでは全く意味がわからない「スイスドイツ語」にも苦労した。しかし、周りが皆ドイツ系スイス人なのに、わた しだけのために会話がフランス語や標準ドイツ語で進められるという、なんだか申し訳ないような親切もそのころずいぶん経験した。だから、わたしは「集団の 中の少数民族」がないがしろにされると、いまだに自分のことのようにイライラとしてしまうのかもしれない。

わたしのパートナーはスイス人 だが、長年一緒にいるため多少の挨拶程度の日本語はできる。だが複雑な会話になるとお手上げなので、何人かの日本人が一緒にいると、半分以上の時間意味不 明な言葉の会話に退屈しているのだろうな、と思う。ほとんどのひとが、少しは英語ができるにもかかわらず彼を完全に無視し、ひたすらわたしにのみ日本語で 話しかけるからだ。そして彼らが全く日本語以外話そうとしなかったら、「少数民族」は口をつぐんで煙草を吸うだけである。ここで英語でぺらぺらと話しだし て自分の存在を主張するほど、わたしのパートナーはアホウではない。
バンコクでは運転しないわたしのために、急遽友人をホテルまで送っていくこと になったときも、運転した彼に礼を言うわけでもなく完全に無視し、わたしにのみ軽く「じゃあね」と言って、日本からの友人はホテルの中に消えた。わざわざ 彼が車から降りて、友人がホテルにはいるのを見送っているのに、だ。付け加えると、この日本人は10歳の小学生ではない。だから「サンキューベリマッチと グッドバイくらいの英語は知ってるんだから、それくらい言いなさい」などと、わたしがたしなめるわけにもいかない。そしてちょうど同乗していたもうひとり の日本人は、「あなたのダンナさんってxxさん(=ホテルで降りた友人)のことキライなの?」とわたしに聞いた。びっくりすると「なんだかそんな気がした から」とだけ答える。踏んだり蹴ったり、とはこのことだ。ほとんどわたしのパートナーに話しかけたこともないのに、なぜ彼のスキキライを感じることができ るのか、そして誰も彼に話しかけもしなかったら、必然的に仏頂面でじっと黙っているしかなく、またキライになるほど話したことすらない、という事実には全 く考えが及ばないらしい。無視されてもただひたすら曖昧にニコニコしていられるのは、日本人とタイ人くらいのものだ。

何十回タイに来よう とも、何年タイに住もうとも、「集団の中の少数民族」の痛みに全く無関心なのは、自分たちがそのような痛みを経験したことがないからなのだろう。言葉の問 題ではない。個人主義で全くの他人には完璧に無関心なヨーロッパのヤツラさえ、たとえ片言のコミュニケーションであろうとも、一度知り合ったひとにこうい う態度はとらない。
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写 真は、まるでタコ焼きかと見まごう形だがタイのココナッツ菓子である。片栗粉と砂糖をまぜたココナッツ汁を流しこんで、半円形になったふたつを重ねて円盤 型にし、箱につめてくれる。暖かくて柔らかく、優しい味のおやつだ。この中にトウモロコシやタロイモの千切りを入れる店もあるが、わたしはこのココナッツ だけのプレーンなものがお気に入りである。イライラしたときでも、何故か甘いものを口にすると少しづつ気持ちが楽になる。

みかんとクレープのばっちいお店

タイのみかんはタンジェリンと呼ばれ、緑色の薄い皮と沢山の大きな種を持つとても甘い種類だが、どちらかというとこのまま食べるよりジュースにしたほうがそのコクのある甘味を楽しめる。
こ のみかんを買うためにわたしが時々寄るのが近くのバッチイ果物屋である。いや、これはわたしがもっぱら果物を買うために寄るから、便宜上「果物屋」と呼ん でいるだけであって、実はスナック類から様々なお菓子、煙草に清涼飲料水まで買えるからちょっとした「なんでも屋さん」なのだ。おまけにこのすぐ左隣に は、マレーシア風(本当にマレーシアにこのお菓子があるのかは不明だが)クレープ屋の屋台がくっついていて、ここで目の綺麗なオネエサンが拳固の上でくる くると生地を回して丸く薄いクレープを作り、鉄板で焼いてコンデンスミルクをたっぷりふくませて折りたたんでいる。「スペシャル」は卵やらバナナならを入 れてくれるが、わたしはただコンデンスミルクだけのほうがさっぱりしていて好みである。写真を撮ったら、この直後オネエサンはわたしの方に目を向け、「や だー、写真を撮るんだったら口紅塗ったのにー」と身振りでわたしに示し、大きな口を開けてがははと笑った。