抵抗出来ない生牡蠣

近くの魚屋さんでは、常連客である。外でその店のオネエサンたちが煙草を吸っているところを通りかかると、ニコニコと手を挙げて挨拶されるくらいだ。
今 日も今日とて、スーパーの帰りにウィンドウから覗くと、美味しそうな生牡蠣がずらっと並んでいる。これにきゅっとレモンを絞って、白のシャルドネでもく くっと飲んだら美味しそうだな、と思ったらもう我慢できない。普段は、週末マーケットで殻の開けていないのを買ってくるのだが、まあこの店のははずれたこ とがないのだ。
さっそく1ダース頼んで包んでもらうと、「レモンもいれときましょうね」と籠に山盛りになっていた大粒のレモンを3つほど放り込んでくれた。まだ枝と葉のついているものも籠にある。「店主の家が大豊作だったのよ、今年」と言って、オネエサンは笑った。

It Had To Be You…

先月、バンコクから買ってきたこの一枚。ロッド・スチュアートの “It Had To Be You – THE GREAT AMERICAN SONGBOOK”である。
テ レビのトークショウにナタリー・コールとともに出ていたので、いや彼も年取ったなあ、と感慨深げに見ていたら、番組の最後にデュエットで1曲歌った。それ がこのアルバムのタイトルにもなっている往年のスタンダードジャズ”It Had To Be You”である。40を過ぎてますます磨きのかかったナタリー・コールのベルベットのようななめらかな声で始まった曲、さあロッド・スチュアートどうもっ ていくか、と思ったら、なんと完全にナタリー・コールを食ってしまった。
あの例の独特のしゃがれ声は、彼の年とともにいい具合に枯れてきていた のだった。笑みを含んで軽く流しながらも、そのリズム感と間のとり方は洗練の極みであり、とても若者にはまねのできない風格がある。派手な服に身をつつん で叫び、舞台を走り回る「ロックの王者」と呼ばれた昔が想像できないくらいだ。

さっそく買ってきたアルバムは、全曲すべてどこかで聞いたことのあるスタンダードジャズばかりだが、囁くようにそして語りかけるように静かに流れる曲は、大人の時間と空間にとてもよく似合っている。

英語と外国語

懐かしいひとから電話がかかってきた。
ここ半年ほど連絡のなかった教師仲間だが、なんとパースではなく車で4時間ほど南下した町で、非常勤講師になっていた。今年イッパイの契約だから年末には戻るけどね、とのことである。もう子供たちを教えるのは疲れたよ、と言う彼は、来年また大学院に戻るらしい。
田舎での語学教師は大変だ。都市に比べると、外国語を学ぶということがまだまだ必修としてひとびとの心には浸透していない。ましてや、英語すらまんぞくに読み書きのできないアボリジナルの子供たちに、どうして見たこともない国の言葉を学ぶ意義を納得させられるだろうか。

昨年、子供たちのテストの添削をしていて、英語のミススペリングに辟易したことを思い出した。英語も日本語も訂正していたら、次の日になっても添削は終わらなかっただろう。それほど、ひどい。なるほど、クラスの中で必ず何人かは、英語の補習に通っている新移民の子女だ。
しかし、教師になるためには、英語を母国語とする豪州人言えども、外国人と同じく英語の試験に合格する必要があるという事実から、いかにまともな英語を書けるひとが少ないかとため息のひとつもつきたくなる。
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午後遅くにお茶をいれてパティオに出たら、小さな花が満開。友達が1月末にくれた苗木を植えておいたものだが、なんの手入れもしないのに、あれよあれよという間にカラフルな一角になってしまった。
しかしこの花、一体なんて名前なんだろう。