スマトラ沖大地震

扁桃腺をやられてまた高熱を出したのが、バンコクに着いた日の翌日。
それから約一週間にもなるが、そのあいだにエアコンで身体を冷やしすぎたのが間違いのもと、本格的な風邪まで引いてしまった。熱が戻り喉がふさがれて息をするのもゼーゼー、という状態から、抗生物質を飲んでひたすらベッドで寝続け、昨日やっと椅子に座って食事ができるまでに回復した。

その間に、プーケットとその周辺がスマトラ沖大地震でとんでもない被害を受けてしまった。バンコクのわたしの知り合いは、年末休暇を南タイで過ごすことも多い欧米人たちである。

スイスイタリア人の老夫婦は、タイに半年遅れの新婚旅行にやってきた息子夫婦がいる。彼らは「正月はバンコクに帰ってくるね」と言い残してプーケットに出かけた。そして、被災した。消息がわかったのは、昨日のことだ。どちらも無事だったが、大怪我をしていると言う。

スイス人の友人と連絡がとれたのが昨日だ。彼は、プーケットのホテルから、その朝ダイビングツアーに出かける予定だった。他のツアー客と一緒にロビーで待っていたが、一組の夫婦が遅れている。ガイドが呼びに行ってあたふたと客を連れてきたときには、すでに予定の出発時間から20分もたっていた。やれやれと不満を顔に表わしながら全員バスに向かったところ、津波のアナウンスがはいった。海岸はホテルからバスで10分ほどの距離である。時間通り出発していたら、まず間違いなく津波に遭遇していたはずである。

ビジネス契約をしている香港のドイツ系商社からは副支店長と妻が、そして彼らの家族・親類がドイツからプーケットに向かった。総勢11人である。その朝、副支店長の妻は、前日の熱気に疲れを訴える自分の母と、ホテルの部屋で朝食を取っていた。あとの9人は海岸の寝椅子を確保するために早起きをして、すでにホテルにはいない。そしてその妻と母以外の9人を全員、津波が一瞬のうちにさらった。
ドイツ大使館のサイトでは、彼らは依然として行方不明者の名簿に載せられたままである。

その他にもまだ知人についての未確認情報があるが、連絡がとれない。
タイでは、死者、負傷者、そして行方不明者の名簿を政府のサイトで公開しているが、これが1ページ20人しか載っておらず、しかもアクセスが集中しているためか次ページに進むのに五分ほどかかる。何千人もの名を、全てチェックする手間も容易ではない。
プーケットの病院サイトは、これもアクセスと問い合わせが集中したようで現在閉鎖しているところが多い。

サイトでの名簿確認という果てしのない作業をしていると、この延々と続くひとの名前がただの名前ではなく、貴重な命を持つ実在の個人なのだということに改めて愕然とする。

 

エスカレーターに乗る日本人

昨日のことだが、バンコクの日系デパートに行って、エスカレーターをふと見上げるとなぜかスカスカとしているような。二人並んで乗れるエスカレーターなのに、皆一段に一人ずつタテに並んで乗っているのだ。それも十人ほど。

東京のラッシュアワー駅のエスカレーターじゃあるまいし、急いでその脇を走り登っていかねばならないひとはまずいないだろう。しかし、日本人とおぼしき清潔な印象のひとびとは、エスカレーターの上で黙って一列に並んでアチラの方角を眺めている。
習慣とはげにオソロシキものである。

「ハリソン・フォード」は2年で倍になる

バンコクの知人たちは、居をパースに移してから確実に減った。いきなり音信が途絶えるというのではなく、元々転勤族とその家族が多いため、何年もたてば必ず母国に戻ってしまうからだ。それでも何人かバンコクに住みついてしまったひとたちもいて、たまに食事と酒を愉しんでの近況報告となる。

ところが今回、偶然にも2年前帰国したドイツ人の友人が休暇で戻ってきていると言う。それを教えてくれたのは、レストランを開いているスイス人だったが、「うちに来るより、なんだかパブに入り浸っているようだよ」と悔しそうだ。ここが高すぎるんだってば、と言ってやりたかったが、2週間の滞在で貴重なシリアイの機嫌をそこねることもない。

そこを出た帰り道にあるドイツパブなので、ものは試しと寄ってみたら本当にいた。
そして、ビックリした。

スーツ姿の「ハリソン・フォード」だった男が、いきなり屋台の安物シャツを着た「そこらへんのビールっ腹のオジサン」になっているではないか。向こうがわたしの姿をみとめて、信じられないとでも言うように満面の笑みを浮かべなかったら、もう一度ドアを開けて帰っちゃいたいくらいだった。テカテカと光る顔はまん丸だし、顎はたるんだ首にめりこんでいる。どうやらドイツに帰国して2年間、しばらく忘れていた食生活に戻って詰め込みすぎたようだ。と思ったら、デカイ腹の陰から金髪でがっしりした体格の女性が顔を出した。(注:彼女は座っていて、彼は立っていたのでこういう状況になった。)「妻のぺトラだ。新婚旅行なんだよ。」

バンコクに住んでいたとき、彼の横に寄り添っていたのは確か「テレーズ」だった。
離婚して、また結婚して、その間に休みなく食べ続けて体型を完全に変えてしまった、ということか。幸せそうなのはわかるが、以前は実にイイ男だっただけに衝撃は大きいのだ。

「もう、誰も振り返らないから安心ねえ、ぺトラ。」とひそかに心の中で毒づく。