一歩も外にでない一時帰国@東京

いよいよ風邪も本格的になり、今日は「鼻水たら〜り」まで「ごおっほごほごほごほ」に加わって真実味を増した。

熱は現在、37.9度ということで、かなり節々が痛い。それなのになぜコンピュータに向かっているかというと、眠れないのである。咳がひどくて、ね。眠れないのをよいことに、接続がスムースに行く(と言っても、28.8kbps)深夜にはどうしても津波関連を伝える各国報道サイトに行ってしまう。しかしよく考えてみたら、こんなことがゆっくりできるのも、風邪ぎみとは言え「休暇中」だからなのだ。普段のセンセイ生活でこんなにたくさんエントリをアップしていたら、寝る時間が全くなくなる。

しかし、わたしは何のために東京まで7時間もかけて来たんだろう…。「オカアサンのせいよー」と嘆いてみても、母はこれまた咳混じりの返事をするばかり。
近くに住む妹夫婦には立ち入り禁止令が出ているため、今だに会えずもっぱら電話で話している。わたしは6日晩に着いて以来、母以外のニンゲンに接触していないのだ(七草粥を持ってきてくれた近所のオバサン以外は)。いくら「母の顔を見るため」の里帰りとはいえ、これはちょっと「見すぎ」じゃないのか。

鼻をかみながらふくれッ面をしていると、「いいじゃない、今日は蟹だからねっ」と母は言う。妹夫婦が週末に来ると思っていたから、正月の冷凍モノを宴会用に残しておいたのだ。

よし、今晩は蟹四人前を母と「山分け」だ。咳こんこん、鼻ずるずるの間に、黙々と蟹の足を割り、肉をせせり、風邪引き母子の夜は静かに更けていった。

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七草の節句に咳の合唱

「あらまー、がびちゃん。来てたのねー。おめでとうございますぅ。なんだ、やだ、オカアサンひとりだと思ったから、一人分しか持ってこなかったわー、やだわー、ちょっと待っててね。すぐ、持ってくるから」

お隣のおばさんがこれだけ話している間、わたしがモゴモゴとはさみこめた言葉は「おめでとうございます」だけだ。その後「いえ、とんでもないです。母と半分こしますから」などと言ってはみたが、すでにお勝手の戸をばったんと閉めて、小走りの足音を響かせていたセッカチなおばさんには聞こえない。しかし、2分もたたないうちに戻ってきて、わたしの手に大きなドンブリ鉢を押し付けた。「あんまり美味しくないかもしれないけど、縁起モノだからっ」と一応笑いながら付け加えるが、おばさんの目は「ほんとは美味しいからねっ」と物語っている。

今日は1月7日、お隣のおばさんが持ってきたのはほかほかの七草粥だ。何日か前から、母は風邪をこじらせて寝込んでいる。昔からの隣近所は、そんな母に昔ながらの「隣近所のよしみ」を運んできたのだった。
普段あまり粥が好きではないわたしだが、このたっぷりと野菜のはいった「縁起モノ」は温かく美味しい。

七草の節句は、過去の1年の厄払いをしてこれから1年の無病息災と招福を祈願する日だ。そんな日に親子で苦しい空咳の合唱をしているのだから、全くもって情けない。昨日いきなり寒さの中に帰ってきたせいか、それとも母の風邪に呼応してしまったのか、わたしの喉の痛みと咳が戻ってきたようだ。夜になって熱の上がった母の顔を見ていたら、自分もまた熱っぽくなっていることに気づいた。やばいぞ。