オレンジと海老のタリアテッレ

スーパーに行くと、オレンジの季節になったのがわかる。まだハシリなので高価だが、みずみずしく輝くオレンジは食欲をそそるものだ。
大量購入はひとまず日曜日の市まで待つことにして、ひとつだけバスケットに入れた。

ニンニクと輪切りのズッキーニをオリーブオイルで軽く炒め、解凍した海老を加える。オレンジ半分のジュースとすりおろした皮は、少し前からサフランを沈めてあるので色がもっと鮮やかになった。これを最後に鍋肌からそろりと入れる。煮立ったら、ぱっとイタリアンパセリを加えて火をとめ、タリアテッレをざっと混ぜ合わせる。
殻ごと炒めた海老のコクがオレンジの香りに微妙な深みを与えていて、美味しい。
今度は果肉も入れてみよう。そのほうが爽やかさが増して、もてなしの前菜にも使えそうだ。

丸ごと出てきた豚の角煮に舌鼓

近くにできた居酒屋の「豚の角煮」が旨いらしい。昼がラーメンで夜が居酒屋では、まるで単身赴任中の日本人のような食生活だが、パースに戻れば「気軽に和食」と言うわけにはいかないのだ。

さて。注文した角煮は驚くほど大きい。食べやすいように切ってあるのかと思ったら、丸のままだ。500gはありそうなそれは、しかし箸をすっと通すほど柔らかい。味もほどよくしみて、甘すぎず辛すぎず。
熱燗を口にしながらひょいと周りを見ると、どうもここは仕事帰りの日本人が寄るところらしい。わたし以外は皆男性で、会社(工場)のユニフォーム姿も多い。そして、1時間あまりパートナーとちびちびやっていたら、8時を過ぎたころからかなり話し声がやかましくなってきた。隣からも後ろからも、仕事のウサばらしをする酔いのまじった声が飛ぶ。

タイ人従業員を別にすれば、東京の片隅の居酒屋かと錯覚してしまいそうな雰囲気だった。

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甘栗を買う人民服のウェイトレス

北京の街には、乾いた砂埃とともに冬が訪れます。静電気がびりびりと光を放つほどの低い湿度は、この街に独特の香りと色を漂わせながら、薄く黄土色の幕をおろしはじめるのです。
こんなふうに寒くなると、人民服の下にたくさんの下着をつける中国人は皆ころころと丸くなります。20年前の北京では、防寒コートと呼べるものは人民兵の着る緑色の大きなもの以外見かけることがありませんでした。

そして、街の市場にはちらほらと甘栗の屋台が立つようになります。ヨーロッパでよく見かける焼き栗ではなく、日本でもおなじみの甘く焦げ臭い甘栗です。
そのころ住んでいたホテルの近くにはそんな大きな市場があり、そうした甘栗の香りが散歩していたわたしの鼻をくすぐりました。身振りでひとつ欲しいと伝えて、札を出すと屋台のおばさんは困ったような顔をしながらも、おつりを渡してくれます。その当時の外人は皆、外貨から両替した特別紙幣しか持っていなかったので、街中でもそのお金を出すことで人だかりを作ってしまうのでした。

「あなたも甘栗が好きなんですね」と後ろから声をかけられて振り向くと、なんとわたしの住むホテルのレストランのウェイトレスです。
首から上は毎日見る頬の赤い顔なのですが、その下は粗末な人民服がパンパンになるほど着こんでいるのです。普段は真っ赤な刺繍のはいったチャイナドレスを着ている、すらりとした女性ですが、そのなまめかしいスリットから見えるのは赤い毛糸のパンツというのが、その当時のちぐはぐな北京の現代化を物語っていました。

北京に着いてまだ1ヶ月とたっていなかったころのことですが、初めて見る普段着の彼女の素朴な笑顔と温かい甘栗のぬくもりを、今でもよく覚えています。

(初出:AVANCE!No.125, 18/04/2004)
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