がびのテラス - 軽妙にして辛辣、独断にして優雅に

パース市内のPetition(ペティション)

パース中心地 St. George’s Terrace(セント・ジョージズ・テラス)は、ショッピングで有名な街なかをスワン川に向かって北に2ブロックほど降りたところにある。市庁舎やホテル、大使館などが密集したビジネス街だ。

そこに昨年新しいホテルが誕生した。19世紀の市庁舎を改造して建設されたComo The Treasuryだ。外観はヴィクトリア朝の美しいレンガ造りだが、一歩中に入ると近代的で明るい超高級ホテルである。なぜ「超」がつくかというと、一番小さい部屋でも50平方Mはあり、48室全てのインテリアが違い、しかもその一番小さい部屋が一泊約5万円からだからだ。うーむ。

ホテル内のレストランも開館当時からすでに賑わっていて、わたしも何度か利用したことがある。中でも友達とよく出入りするのがワインバーを併設したPetitionというレストランだ。

2階のWild Flowerよりカジュアルで、内装はどちらかというとカフェに近い。高い天井とむき出しの鉄パイプなどはヴィクトリア朝当時のものをそのまま使っていて、昔の工場のような雰囲気だ。

ここでのお気に入りは、何といってもオーガニックの牛フィレ肉を使ったステーキ・タルタル。一度友達とシェアして食べたが、あまりの美味しさに「次はひとりで一皿注文しようね!」と固く誓いあったほどの味である。

イギリスで狂牛病が流行ったころは、生肉のステーキ・タルタルを注文するひとがいなくなってしまったが、最近ではオーガニックの牛肉を使って復活してきたヨーロッパの定番料理だ。ここのステーキ・タルタルは、ハリッサという中近東のチリペーストを焼いた薄いパリパリとサワークリーム、煎りゴマなどが入っていて、全部混ぜ合わせてからパンと一緒に口に運ぶ。ピリっとしたハリッサの辛さとその歯ざわりの良さが生肉の生臭さを和らげ、生クリームが深みを出していて、もう一皿注文したいくらいである。

お次はマスの刺し身、コールラビ、西洋わさびの一皿。これに炒った蕎麦の実が散らしてある。コールラビというのはカブのような形をしているが、カブのような苦味がなく、どちらかというとキャベツの芯のような歯ざわりだ。そのままでも煮ても食べられる便利な野菜である。薄くスライスしたこのコールラビとマスの刺し身が絶妙な味のコンビネーションだ。

こちらは揚げたアーティチョーク、クレッソン、チャービルのサラダになんとグリーンピースのアイオリソースが敷いてある。アイオリソースというのはニンニクを使ったマヨネーズのことだが、ここに撹拌したグリーンピースを使っていて、ビックリ。

メインは、前回のときに注文した(そして今回はお腹がはちきれそうで、残念ながら注文できなかった)豚の首肉のスロウローストに酢漬けキュウリ。これにセイジとニンニクでローストしたジャガイモを合わせた。口の中でとろけるほど柔らかく煮込んだ首肉は本当に癖になる美味しさだ。ただし、かなり量が多いのでこれだけを注文するのならまだしも、前菜に続いてメインとして完食できるのは、わたしの倍ぐらいの体つきのオーストラリア人男性に限られると思う。

…………

実は、その食事の最中に美しい若い女性とその連れの男性が隣の席に案内された。男性はわたしの隣に座ったが、斜め前の席の女性に見覚えがある。頭の中の記憶をかき回していたら、あった。ステファニーだ。6年前に10年生として教えたことがある生徒だった。つまり、2012年の卒業生だ。11年生のときに日本語を選択しなかったので、上級生のクラスでは教えていない。

あまりこちらを見ないので「忘れているかな」と思ったが、先に食事を済ませたわたしが席をたつときに、「ステファニー?」と声をかけてみた。

彼女の顔がみるみるうちに大輪の薔薇のような微笑みをいっぱいにたたえ、立ち上がると「センセイ!」と抱きついてきた。
「すぐにわかったんですが、センセイが覚えていないかもしれないと思って声をかけられなかったんです!」「教えた子たちの顔と名前はほとんど忘れたことがないのよ。それにステファニーはクラスでもできる子のグループにいて、はっきり覚えていますよ」

今はすでに大学を卒業して、栄養士として働いていると言う。相手の男性はもちろんボーイフレンドだった。12年生のときのダンスパーティーにも彼と一緒に行って、それから離れたことがないらしい。

パースは小さい都市なので、こういう再会がかなり頻繁に起こる。
教師としての歳月が重なるにつれて増えていく教え子たちの成長した姿に、センセイはまたひとつ嬉しいため息をついた。

 

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