主人公は僕だった (2007)

ウィル・フェレルというコメディー俳優は、あまり日本では知られていないような気がする。どちらかというと「アタマがちょっとどこかおかしくて、子供っぽくてバカげたことばかりやるヤツをニコリともせず演じる俳優」というイメージが強い。いくつか彼が主演する映画は観ているが、それほど面白いと感じたこともない。つまり、わたしの中の「笑い」の感性に合っていなかったのかもしれない。

その彼が演じるのが国税局の監査官ハロルド・クリックだ。
ある日突然、自分の生活を「文学的に」表現する「声」を聞くようになる。その「声」は彼の頭の中にだけ響くものらしく、誰もハロルドを信じようとしない。
その彼が恋をするのがマギー・ギレンホール演じるアナ・パスカル、税金を払うことが信条に反するとする菓子屋のオーナー。このふたりが段々と惹かれ合っていく様が、なんとも柔らかく甘く切ない。まさか、ウィル・フェレルとマギー・ギレンホールが…と思ったが、息の合ったカップルで心が暖かくなるシーンをいくつも見せてくれた。

そして、「声」は何とスランプ中の小説家(エマ・トンプソン)の「小説としてのハロルド・クリックの人生」だったのだ。しかも彼女のヒット小説の数々は、スランプの始まった10年前まで、主人公が必ず最後に死ぬという結末。さて、実在の人物であるハロルドの運命は…。

コメディーではあるが、ウィル・フェレルがいつもの「やり過ぎのバカなオッサン」を抑えて、外から与えられた喜劇(または悲劇)に悲しくもおかしくオロオロとするさまが実にいい。こんなにいい俳優だったのか、と少々驚いた。
そして、これはストーリーの勝利でもある。10年に一度の傑作か、実在のひとの幸福か。芸術か、市井のささやかな人生か。視聴者への問いかけに考えさせられる。

英語名は「Stranger than Fiction」(直訳すれば、「フィクションよりも奇妙な…」)で、たぶんジム・ジャームッシュ監督の1986年の名作「Stranger than Paradise」をもじっているのだろう。ただし日本語名を探したら「主人公は僕だった」になっていた。

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