コレラの時代の愛 (2008)

わたしは原作の熱狂的なファンで、最後の船旅のシーンで息ができなくなった読者のひとりである。それほど、美しいシーンだった。それを言葉で表現できる作家、ガルシア・マルケスに心酔した。

その彼が唯一首を縦にふった映像化がこの「コレラの時代の愛」だ。だから期待していたのだが、やはり名作を映像化するのは困難だという良い例。
ラバ商人の娘に恋した郵便局電報係の若者。娘に最高の結婚をと望む父親に引き裂かれ、娘は高名な医者と結婚、若者は娘への愛を保ち続けながら600人以上の女性と関係を持つ。医者が事故で亡くなり、彼女はひとりに。51年と9ヶ月と4日待った、と葬式の日に現れる男。

端々に現れる男の気持ちにはもちろんマルケスの本の表現が用いられているが、何しろ長いときを追わなければならず、必然的に2時間では追いきれていない。と言うより表面的に筋を追っているだけで、原作の重みが感じられないのが残念。

もうひとつ、わたしの愕然とした場面。若いときの彼はハビエル・バルデムではなく無名の若い役者が演じていて、彼女役の女優はそのまま十代から七十代まで。1年のときを経て二人が再び出会う場面での彼女の拒絶は、あまりにもバルデムの顔が若い時の役者と違いすぎるからではないのか、という下賤な想像がアタマをよぎってしまって困った。

最後の船旅シーンは、美しい。だからわたしはこの映画に「駄作」の汚名を着せられないのだと思う。作品は上滑りだが、確かにカメラワークは美しい。
二人が50年を経て結ばれたあとの言葉「永遠なのは死ではなく生なのだ」が、美しい川と客船の情景をともなって、せつなくそして浄化された愛を謳っている。

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