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「介護」という名の新しい生き方

母が「要介護1」と認定を受けた。
今まで「要支援2」だったので、ひとつランクが上になったわけだ。介護保険被保険者証が新しくなり、デイサービスの内容も広範囲に渡る。それが喜べないのは、結局母が衰え始めたということだからだ。

そして、わたしは海外住まいで、日本の高齢者福祉については何も知らない初心者だ。今回、こうして介護休暇をとって母の世話をしつつ生活しているが、勝手の違う「日本の」家の家事だけではなく「介護」に関しても新しく学ぶことが多い。

母は普段は「独居高齢者」なので、居宅サービスが受けられる。
そのために、先週に引き続き、今週は4人ものひとたちが実家を訪問し、すでに設置してあった様々な手すりの他に、新たにもう3つの手すり、そして風呂場の浴槽グリップ、浴槽内と浴槽外に置くそれぞれ形の違ったいすなどについて話し合った。福祉用有料借与か1割負担の購入かは、器具によって違う。
こうした介護支援器具は、見積もりを出してもらい、デモ用の器具を使ってみて具合を試し、最終的に自治体から許可をもらって設置となる。

例えば、手すりをつけてもらえる「入口」はひとつだ。勝手口と玄関両方につけたくても、許可はおりない。「両方使わなければならない理由」が必要とされる。

そういう話が延々と続き、母はもうそれだけで疲れてしまい、椅子に座ってため息をつく。だから、ほとんどの話はわたしが代わって手続きをし、母には夜になってから少しずつ説明した。

そして次の日、診察で手術後の傷口の化膿が発覚し、母は再入院。青天の霹靂。

そんなわけで、いまだ入院中の母のために、毎日病院に行き、洗濯物を持って帰り、家事をし、犬の世話をし、電話をかけ、銀行に走り、自治体に行き、書類を書き、母が動きやすいように自宅の「ありすぎるモノ」を片づけ、そして介護支援事務所からの訪問にも応対しなければならなくなった。介護とはそんな「設定」のためのマネージメントでもあると、初めてわかった。母は身体機能が衰えてきただけではなく、そうした身の回りの管理も難しくなっているのだった。

「でも、いいですよ。家族がこれだけ心配して遠くから来れるのだし」とスタッフのHさんは言う。彼女が訪問する独居高齢者たちには、家族と疎遠になりもう数十年も電話さえないひとたちも多い。そんな高齢者たちには入院の際の保証人さえいない。
「時々、病院から保証人になってくれと頼まれるんですが、そんな責任を負うことは介護サービスの事業所としてはできないんです」

そうした居宅サービスを受ける独居高齢者が増えているにもかかわらず、介護講習を終了した若いひとたちはそのほとんどがデイサービスに勤める道を選ぶという。
「居宅高齢者サービスは9時から5時までの仕事ではないし、、毎日ひとりひとりの家を回らなければならないし、あまり興味が持てないんでしょうねえ」とHさんはため息をつく。「だから、このごろではアシスタントとしてどこの介護サービスでも何人か外国人がいますよ」

外国人アシスタントは、実際の介護講習で認定を受けたスタッフではない。まだ日本語も片言のひとが多く、大半は補助的な仕事を担うそうだ。母の通う病院でも何人かいると、Hさんは言う。そうでもしなければひとが足りない。サービスを願う高齢者は増えているのに、実際の介護スタッフは減っている。

「でも、わたしはこの仕事に生きがいを感じているんですよ。実はわたしも家には非介護者がいるんです。主人の母ですけど。88歳で要介護5。つまり、もう腰から下は全く動きません。居宅サービスも受けているし、受けられないときはわたしが介護の責任者ですよ」

国のケア施設に入居するためには、要介護5の認定が必要だ。そして、それでも待つ。Hさんの場合も複数の施設に願書を提出しているが、すでに3年どこからも音沙汰がない。
わたしの伯母は認知症を患っていて現在特別養育施設にいるが、ネットで確認しただけでもその施設に入居するためには280人待ちという数字が出ている。

有料ホームはどんどん新しくつくられているし、彼女の事業所にもパンフレットが来る。が、2000万円近い入居費と月40−60万円を払い続けられるひとがそれほど多いとは思えない、とわたしたちは顔を見合わせてため息をついた。

「わたしが介護を受けなければならない年齢になるころには、さらに独居高齢者が増えて、さらに介護者が少なくなりますよね。年金は下がり、介護費は上がるんですから、もうどうやって生活していけるのか、考えたら怖くなります。明日は我が身、どころか明日の状況は悪くなりそうですから」

Hさんはそんなふうに言って、時計を見て「あら、話し込んじゃった」と照れ笑いをし、次の老人の家へと颯爽を自転車を走らせて行った。

 

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4件のコメント

  1. がびさん、お久しぶりです。
    東京に戻ってらしたんですね… のんびり休暇でないのが残念ですね。
    パースの秋から、懐かしの梅雨時になってしまいましたね。

    「要支援2」の間はなんとか一人暮らしが可能でも、「要介護1」の認定を受けると
    本人も周りも意識をリセットして、出来る事・出来ない事・頼む事・使う事・etc.
    上手に使い分けてくださいね。私の父は日本の介護保険のスタートと共に脳梗塞で倒れ、
    ケアマネージャーさん達のOJTと共に自宅を直して母の老々介護で10年、ついには
    母も倒れて最後の2年は施設で過ごしました。折々のミーティングや申請に同席した事など
    泣き笑いの12年を思い出しています…

    休暇の限られた期間でしょうが、お二人とも穏やかに過ごせます様に…

    1. こんにちは!
      今日は再入院中の母と「ヘルパーさんに何をしてもらいたいか」を箇条書きにしておこうと、メモパッドを持っていくことにしました。今週から来週には、母のケアマネさんとのミーティングが待っていますから。

      FRKさんのご両親も「老老介護」の生活があったのですね…。ご苦労をお察しします。

      わたしも滞在はあと残すところ2週間ぐらいですが、もう少し延ばそうかとも思っています。なにしろ母があとどのくらい入院しているのかわからない状態で。
      近くに住んでいないのは、こういうとき不便です。

  2. がびさま、ご無沙汰しております! その後お母さまのお具合はいかがでしょうか?

    わたしの母(2006年に父が他界してから一人暮らし)は数年前から「物忘れってレベルじゃないかもしれないぞ」ってくらい物忘れがひどくなり、ようやく去年の初めに神経内科を受診したところ認知症との診断。兄嫁と2人で(単身赴任していた兄はようやく今年の4月に帰国)なんだかんだ手配し夏には「要介護1」として自宅にヘルパーさんに来ていただけるようになりました。が、お医者さまからは「一人暮らしには限界があります」と再三言われ、兄の一時帰国に合わせてホームを決めて、去年の12月に入居しました。タイミングよく空きがあったこと、父が残してくれた貯えがあったこと、すべてうまいこといって、母にとって(家族にとっては、かしら…)ベストな結果となりました。

    んと、すみません、長々と。 オーストラリアに戻られるまでお母さまとの時間をゆっくりお過ごしくださいませ。

    1. プーさん、お久しぶりです!

      お母様も認知症でホーム入りですか…わたしの伯母もそうです。でも、皆さんにベストな結果になってよかったですね。

      わたしは母の再入院で計画が狂ってしまいましたが、今週中にはヘルパーさんに「何をしてもらうか」をケアマネさんと決めなければなりません。できることには限界があるので、これは仕方がありませんね。でも、腰と膝が悪いといっても歩かないと筋肉が萎縮してしまいますので、何とか近くまでは出かけてほしいと思っています。

      中年以降のひとがいずれは経験しなければならない親の介護と支援ですが、どこで誰と話しても必ず身内の誰かが体験しているので、身につまされます。

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