気づかれない被災者たち、被害者たち

プーケットとその周辺で被災して亡くなり、あるいは傷ついて何もかも失ったひとびとは、なにも現地タイ人と各国からの観光客ばかりではない。

タイ英字紙バンコク・ポストによると、タイの隣国ビルマ(わたしはミャンマーという国名は使わない。理由は、まあいつかどこかで述べることがあるかもしれないけれど)から,登録されているだけでも6万人のビルマ人が、カオラック、プーケットなどの津波の被害を受けた6つの県で働いていたのだ。加えて、ビルマ政府から逃れてタイの不法滞在者となった数千人からのビルマ人が、身元をごまかしタイ人よりはるかに少ない給料で細々と生活しているのは衆知の事実だ。判明しているだけでもビルマ人の死者は100人、ということになっているが、これはもちろん不法滞在者であったために家族が尻ごみして名乗り出ないような死者たちを含んでいない。

運の悪いことに、津波により全ての所持品を失ったのはビルマ人も同じだ。就労ビザ書類さえ発見できないのだ。現在の混乱した状況では、彼らが合法的に滞在していたかあるいは不法滞在者であったかという証明すらできない、ということである。
そのため、タイ警察は先週までに1500人のビルマ人をビルマに送還、そして今週にはさらに500人が強制的に帰国させられる。警察は、身元確認のできないビルマ人たちが津波後犯罪の予備軍となる恐れのため、と公言しているが、実際判明した津波後犯罪27件のうち20件がタイ人によって引き起こされたことが、明らかになっている。後の7件はまだタイ人が起こしたのかあるいは外国人が起こしたのか確認できない。
このランダムな更送の結果、合法的に就労していたビルマ人まで福利厚生の権利を剥奪されることになる、と人権擁護団体のスラポーン氏は語る。
ガイジンであるわたしが気づいただけでも、いたるところでビルマ人の労働者が働いている。一番多いのがやはりホテル・レストランンの掃除や皿洗い、そして土木関係、メイド業などだろう。就労ビザがないため、あるいはあっても事情に疎いため、安い日給で使われ福祉の対象外となるひとびとだ。そして、自然災害後の混乱に乗じて、権力を持つものたちが一番に迫害の対象として選ぶのも、声高に権利を叫ばない、また叫ぶことさえ知らないビルマからの単純労働者たちなのだ。
記事を載せたのはバンコク・ポストのみ、対する英字紙ネ—ションはビルマ人の被災者に関してはまだ一度も言及していない。

余談だが、バンコク・ポストは、1992年五月強引にスチンダー軍事政権が誕生し、反対する市民を弾圧し始めたときにも、その気概を見せた。記事を政府に検閲され差し替えを要求されたときに、その日の新聞一面に出すべき記事を抜いた。しかし差し替えはせず、真っ白なままの新聞一面を読者にさらし、沈黙のうちに政府を糾弾したのだった。
政府のメディア弾圧が徹底していたため、わたしは、母から電話があるまで外で何が起こっているのか知らなかった。日本大使館の緊急連絡を受けて、外出しないようにしていたせいもある。だから、その日の朝刊を受け取ったときの驚きを、今もはっきりと覚えているのだ。

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