母の手

バンコクに戻ったら、なぜか寒い東京では一度もなかった咳が出る。乾期でかなり涼しく、夜はエアコンを切っているから理由がわからない。飛行機の中でうつったのかな。コンコンコン。

東京の母に電話をしたら、「まだお寺の会計をしているのよ」と言う。82歳になってもまだアタマがしっかりしているのは、このお寺の檀家の寄付会計を一手に引き受けているからだとも思うが、あまり根を詰めすぎてまた心臓が苦しくなるのではないかとバンコクでヤキモキしてしまう。コンピューターを使う時代に、古風にも手書きでひとりひとりの封筒に月々の会計を記し、ソロバンで計算する。これまた古風にも礼状などの手紙を書く。おぼつかない漢字があれば、ソファの手の届く所に置いてある辞書を手に取る。毎月の会計のために母を訪れる信者さんたちも多く、わたしより訪問者の多い独り暮らしだ。

handsだが、高齢者に多い変形性関節症を患っているので、このごろでは指がかなり曲がってきた。目の前で大きく書類を広げて書きものをしている手には老人斑も見えるし、乾燥した冬にはアカギレまで出来てしまう。

この手はわたしたち兄弟3人を育て、ゴハンを作り、家の隅々まで掃除し、様々なペットたちの世話をし、優しくわたしたちを抱き、時にはおシリを叩いた。結婚前には銀行員だったので、昔から何十年もしてきた寺の会計をするときには、片手でお札の束を持ちながら扇のように広げて見せて、幼いわたしたちを喜ばせた。
左利きだった母は昔ながらの教育で箸もペンも右手を使うようになっていたが、兄弟唯一の左利きであったわたしには決して強制しようとしなかった。だから、わたしは学校で習った習字、マッチの擦り方、ソロバン以外は全て左手が利き手である。

お金の整理を終えた母は、たぶん今日もゆっくりとソファーの背もたれによりかかり「はあ」とため息をついているだろう。長いことペンを使って痛くなった手をすりあわせて、乾いた音をたてているだろう。「若いころはシラウオのようなきれいな手って言われていたんだけどねえ。指も長いし」と独りつぶやいているかもしれない。

いやいや、お母さん。
その手はわたしたちにとってはいつも1番きれいで1番懐かしい手なんだよ。

 

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