鏡開きにあべかわ餅を食べる

今日1月11日は「鏡開き」だ。

私が10代のころはまだ父も母も若かったから、実家では毎年餅をついていた。伯父も伯母も従兄弟も来て、全員朝から忙しい日だ。「くんち餅」(29日)はいけないし、「一夜餅」もいけない。だから、うちでは毎年12月30日は1日中「餅つきの日」だった。
大釜で餅米を蒸し、のし板を用意し、あんころ餅用のあずきとおろし餅用の大根おろしもつくる。そして、蒸しあがった餅米を臼に開けたら、餅つきの始まりだ。リズミカルな母の掛け声に合わせて、父が杵を下ろす。杵が振り上がったら、母が水をつけた手で餅を返す。
「はいよー」「もう一丁」「よいしょー」「おっと」「はい、もういっこー」

できた餅をのし板に広げる。ひと臼は、あんころ餅とおろし餅用だ。もう一臼は、鏡餅用にとっておく。みんながあんころ餅をほうばるころには、縁側から居間にかけて全部で20ほどののし餅が広げてあった。

うちでついた餅は、防腐剤もなにも入っていなかったから、1月11日の鏡開きの日になると、鏡餅にはすでにヒビが入ってかなり硬くなっていた。こういう餅はトンカチでカチ割り、そのままでは硬くて焼けないので「あべかわ餅」になる。このきなこをふんだんにまぶした「あべかわ」はわたしの大好物だった。

餅はすでにもう20年以上前から、つかなくなっていた。それでも、餅つき器を使って母は餅をつくっていたが、わたしたちが実家を離れるころには母も市販のもので済ませるようになった。それに伴って、鏡餅も不自然に丸いスーパーで買う小さいものになった。

このごろの市販の餅は柔らかい。それは磯辺焼きをつくるときに顕著だ。つまりあのカリカリとした角がない。焼いてもなかなかパリパリの表面にはならない。そして、四角い餅は全てきちんとした長方形だし、その長方形の餅は角も真ん中もすべて柔らかく焼きあがる。柔らかいだけにすぐにぐんにゃりとしてしまうのは、どうもいけない。カビもつかないし、硬くなったものを水餅にする必要もない。プラスチックのパックになっている餅を取り出すたびに、便利になった代わりに、何かが確実に失われてしまったように思う。

杵も臼もそしてセイロやのし板も、わたしが産湯をつかったタライとともに物置に眠っている。いつか誰かが使うのだろうか。それとも、それはそのまま物置で朽ち果てていくのだろうか。

今日、母は昔と同じように、でもとてもゆっくりと鏡開きのあべかわ餅をつくる。
「ええっ、お母さん。もうお腹イッパイだよう。」
「いやいや、縁起ものだから。ひとつぐらい食べられるでしょ」
渋々と小さな皿を受け取ったが、柔らかく湯がいた餅とその懐かしいきな粉の香りについ箸をとった。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA