焼き鳥で晩酌を

わたしの家の近くに鶏肉専門店があり、昼を過ぎると店の一角で焼き鳥が始ま ります。 通り掛かりに一本買って立ち食いをしたり、買い物帰りに何本か包んでもらう ひとたちの姿が多くなるのは、夕方です。昔はよく、わたしも晩酌用に包んで もらうことがありました。「ハサミの塩焼きを5本とレバーのたれを5本ね」と 頼んだのに、家に帰って開けてみると必ず11本入っています。沢山買ったひと へのサービスでしたが、母は「あれはね、若い子にだけなのよっ」と固く信じ ていて、いつも買いに行かされるのはわたしなのでした。

夕方の晩御飯には少々早い時間には、この焼き鳥と冷蔵庫の残り物で晩酌を始 めてしまうこともあります。父はレバー4本とハサミ1本。わたしはハサミ5本 にレバー1本。枝豆に、母の漬物。ひじきの煮物。テレビのニュースはもうひ とつのツマミです。ささいな事件を見ることから、時事討論に移ってしまう父 とわたしでした。母はそんなとき、台所で晩御飯の用意をしながら「え、何が どうしたって?」と聞き返します。

父が亡くなってから、実家に帰っても晩酌をすることがなくなりました。母は 全く飲まないので、自然に消滅してしまったのです。そうして焼き鳥のことな ど忘れていた今回の里帰りでしたが、ある日、母が懐かしい包みを抱えて、夕 方の買い物から帰ってきました。 母は風邪をわたしにうつしてから一足先に元気になっていましたが、わたしは そのおかげで息もつけないほどの咳と熱に悩まされています。しかし、わたし に何か好きなものを食べさせたい、と思った母のオミヤゲに「あら、あそこの 焼き鳥じゃない」と思わずうれしそうなしゃがれ声が出ました。「いいから、 まず数えてごらんなさい」全部で、11本あります。 「オカアサンだって、満更じゃないでしょ」母はそう言うと、笑いをかみ殺し て鼻をツンと誇らしげに上げました。

初出:メルマガ「AVANCE!」No. 143

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA