ウチの七草粥はすすれない

1月もすでに7日目となり、午前中ゆっくりと買い物に行った母が「七草パック」を買ってきた。
わたしたち兄弟が小さかったころは、何だか大根の薄切りとその葉っぱ、そしてセリの葉が入っていただけのような気がするが、それはあまり余裕のなかった5人家族の台所の「縁起モノ」だったからだろう。それから月日がたち、子供たちは全員家を出て、父が亡くなり、ひとりになった母は手軽な「七草パック」を買う。その小さなパックを使って、母は自分とわたしのためだけに七草粥をつくる。

で、その出来上がった粥を見て思わず笑ってしまった。
「お母さん、汁気が全然ないじゃないの。これじゃお粥じゃなくて、ちょっと柔らかめの御飯みたい」
「だって、ドロドロのお粥って好きじゃないんだもん」

そうだった。母が嫌々ながらも粥をつくるのは1年に1度、この「縁起モノ」の七草粥のときだけだった。

実は、わたしもドロドロ御飯(=おかゆ)はあまり好きじゃない。お茶漬けやオジヤは食べるが、薄く膜が張るような水っぽいお粥は自分でも決してつくらない。
食生活って遺伝するんだなあ、と改めて母の顔をまじまじと見てしまった。

 

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