牧場主、泥蟹を初めて食す

飲み食い友達が数人集まると、「中華料理屋に行こうよ」が多くなります。
中華料理というものは、二人より四人のほうが、そして四人より六人のほうが格段に密度が濃くなり様々な料理が楽しめるからです。

土曜日にパブで集まった仲間たちは、そんな中華料理好きの仲間たちばかりでしたが、皆顔見知りの中に「友達の友達」が参加していました。西オーストラリアの田舎で牧場を経営しているという彼は、わたしより頭ふたつほど大きく、見上げると日焼けした顔を皺くちゃにして笑うとても素朴なひとです。

牧場のある場所を教えてくれましたが、全く地域の見当がつかないわたしは、「電車でどうやっていくのですか」と変な質問をして大笑いをされてしまいました。彼の牧場は一番近いバス停のあるタウンからでも300km、遠出をするときの乗り物はヘリコプターだそうです。「田舎」という言葉で定義するにはあまりに広大な西オーストラリアでは、彼のように普段は全く外界と接触を絶って暮らしているひとたちも多いのです。

さて、七品もの中華が並ぶ円卓には、泥蟹(マッドクラブ)のチリソースも並んでいます。その爪のひとつを手にとった彼は、どうやって食べたらいいのかわからず、困ったように指先を見つめました。「こうやって爪を割るのよ」と殻割りのピンセットを使ってみせると、「ほう」といかにも感心したように食べ始めました。それからはもう口もきかずに食べることに集中しています。殻をすすり、ねっとりとしたチリソースをすくい、指をなめ、また蟹肉をせせり、見とれてしまうほど丁寧でゆっくりとした食べ方です。そして、ようやくフィンガーボールで手を洗うと、満足そうにわたしに言いました。
「今度パースに来たら、泥蟹を3ダースばかり買って帰るかな。これ、ポンプのある生簀に放しておいたら何ヶ月か大丈夫だよね」
いやはや、西オーストラリアの牧場主は、買い物でもスケールが違うようです。

(初出:メルマガ「AVANCE!」 No. 138, 08/11/04)

 

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